「雨か……」
滴が軒を叩き始める音に、女は盃を傾ける手を止めた。
夜更け。決して外に出てはならないころ。
横になり、叢雲を鑑賞していると女の興味が酒煙草から雨に移った。
たん、たんと不規則な音に耳を澄ませてうたた寝のように浸っている。
「……とーもくさんは雨好きか?」
おもむろに聞いて来る女の声は穏やか。
盃を煽る姿を見送り、答える。
「好きもなにもない。雨は恵みをもたらすが、打たれたら体は冷え、不快感も生まれる。それだけだ」
「ふぅん。風情がねぇの」
つまらなさそうに煽られる盃。
普段はこちらが作法や趣を解く側なのに、逆にこんな女から風情を解かれてしまうとは。
妙な気ではあったが、特に腹が立つことも無かった。
雨に対して好きも嫌いも無い。ただ、外と自分を切り分けるような簾はかつての後悔を嫌が応にも呼び寄せる。
あの日から刺し続けている己を一層激しく切り刻む。散々に罵倒して踏みつけて、何故、何故護れなかったと喚きがなり散らして責め立てる。
己自身が瀕死にした己の懺悔を叩き斬る。
そんな妄想に囚われてしまいそうで……実を言うと、雨が嫌いだった。
「お前はどうなんだ」
「俺? 俺は好きだぜ、雨」
酒に飽きたらしい女が隣に倒れ素肌を寄せる。
豊満な胸元にこちらの腕を抱き、猫のように肩へ甘えてくる。
「今夜は素直だな」
「肌寒いんだよ、分かるだろ。……俺、雨は好きだ。全部隠してくれるし、全部流してくれる。斬り合いにゃちょっと邪魔だけど、それも一興だと思えば楽しくなるしさ」
シーツを引き上げて剥き出しの肩までかけてやる。ついでに髪をひと房掬い、密かに手触りを味わった。手入れさせられた栗色は柔らかく指に馴染む。
夜明けまではまだあると、ささやかなランプも灯りを落として女の体を引き寄せた。
女の方からも温度を求めて胸元に頭を預ける。
外は未だ雨の幕の中。
より聴こえる音に耳を澄ませてみれば、何故か、いつもの幻想はやって来ず。
ただ、甘い酒の香りと柔らかな体温だけがここにあった。