あの煙草の匂いがしない。
小柄な温もりが、いない。
体に燻る寒さが意識を浮上させる。
気だるい体を起こし、瞼をこすりつつ点けっぱなしだったモニターの眩しさを睨んだ。
今日は午前中から決闘の連続だった。勿論、全員に勝利したのだが、思いのほか疲労となっていたのだろう。途中で止まっている編集データは保存すらされていない。
僅かな逡巡。
そして動きの鈍い頭で決め、編集を保存してモニターを切る。
今の状態で作業をしたところで成果は知れている。ならば、この疲労に従い早々に就寝した方が良い。
時刻は……もう少しで日付が変わるか。
僅かな空腹を意識する前にベッドに潜り、重たい瞼を閉じた。
……そういえば。
ふと、先ほどうたた寝を遮った胸の涼しさを思い出す。確かに感じたあの冷えた風を。
風が運ぶのはマイルドな紫煙。
口が寂しいと彼が良く吸う銘柄。
こちらより頭一つ低く、安心する温度の無いベッドはこんなに広かっただろうか。
最後に会ったのはいつ。
こんな夜、彼は何をしているだろう。
らしくない思考が這い回り眠気を外に押しやってしまう。
眠気を期待しつつしばらく天井を眺めても目は冴え切ったまま。仕方なく、ため息ひとつに体を起こし引き出しを探る。
彼のためにストックしてある煙草を一本。それとマッチ箱を掴んでベランダへ。
窓の外に広がる濃紺の空は世界の蓋。
眼下の店店は依然明るく、耳を澄ますと風に乗って賑やかな喧騒が聴こえて来る。
咥えた煙草に火を点ける。
普段から煙草はあまり吸わないし、吸うのは銘柄ではないが。
どうしても、この味が……香りが欲しかった。
「……」
吐くのは煙かため息か。
嗚呼、独りでよかったと思う。
こんな姿、彼には見せられない。