胸に抱えた頭を撫でる。
艶やかな黒髪を後ろへ流すように、そっと、指で馴染ませて。
切れ長の目を閉じ、ひとを膝上に乗せて腰を抱く男は何もしゃべらない。
まるでこちらの心音を聞きながら眠る子供のよう。
開け放つ窓辺に小鳥が留まる。ほのかな風がカーテンと遊ぶ。
穏やかな時間が過ぎていった。
連日の決闘による疲労の蓄積を指摘したのが発端だ。表情は陰り、ややしぼんで見えると。
すれば断りの後にひょいと抱え上げられ、今のポジションに収められたのだ。
驚いて声を出そうにも満足気なため息が聴こえれば何も言えない。
柔らかな抱擁から脱走する選択肢も無く、世間でいう所謂『充電』に近い時間。
手持無沙汰になった俺は真下にある黒髪を撫でてみることにした。
さらりと、整髪剤でセットされていない髪をやんわりと崩す。苦情は来なかったので、そのまま好きに後ろへ流しながら指を通していく。
羨ましいくらい真っ直ぐの黒髪。それと、彼の香り。
男性のお客さんからは絶対しない、落ち着く森のような香りはほのかに付けた香水のものか。
それが彼自身の香りと混じり、胸の中を温かくする。
短い黒髪も、もし長く伸ばしたとしたら、嫉妬に狂うくらい真っ直ぐでさらさらで、そう、まるで絹糸のように。
自分の髪型が変わろうが大した差を感じないのに、彼が髪型を想像をしただけでこうも楽しくなってしまう。
全く、不思議なものだ。
思わず小さく笑ってしまい、振動として伝わったらしく彼が顔を上げる。
「?」
「ああ、悪い。何でもないよ」
「……」
多少乱れた前髪を元通りに整えつつ笑いかける。
されるがままの彼はじっと見上げ、やがて再び胸元に顔を埋めたかと思うと器用に唇だけで一番上のボタンを外した。
「えっ」
不意のことに固まる間にもう一つ。
大きく開いた襟に顔を突っ込んだかと思うと、ちりりと。
「んっ……む、ムルソー? どうした?」
「何でもありません」
何でもは、あるだろ。
さっと背中と足に腕が回され、お姫様抱っこされながらツッコむも、急にスイッチが入った男の足は止まらない。
「いい今から⁉ まだ昼!」
弱い抗議も寝室の外に追い出される。
急も急すぎる気がするが……彼が元気になったなら、まあ、いいか。