……キス、を、してみた。
俺の方から、ムルソーに。
いつもいつも、キスのきっかけをくれるのは彼だ。
なんとなくそういう雰囲気になって、もしくは、そういう気分になって声を掛けて。
俺よりも積極的な彼からキスを誘われる。
俺はそれに応えるように瞼を閉じて待つのだ。
全部が全部そうじゃないが、思い返せばほとんど受け身。
俺だって年上としてのプライドがある。そりゃあ、ちゃんとリードしたい。
任せっぱなし、やられっぱなしじゃいられない。
ふつふつと沸きあがる気合いに押されるまま唇を合わせる。
立ったままだと届かないから、ソファに座って目線が近くなったタイミングを見計らって。
「……」
「…………えー、っとぉ?」
キスの結果は果たして硬直。
俺をじっと見つめたまま微動だにしない。
予想外の反応にじわじわと不安が漂ってくる。
何かしくじっただろうか。
俺が一方的にしたかっただけで、今は気分じゃ無かったとか。
もしくは、俺からするのは迷惑だった……とか。
「む、ムルソー……?」
固まったままのムルソーを呼ぶと広く逞しい肩が揺れ、止まった時間が動き出すように瞬きを繰り返す。
「その、わ、悪かったよ、急に変なことして」
「謝らなくて良い。変なことでも無い」
いつもの調子で返されてなんだか拍子抜けしてしまう。
多少俺から仕掛けても平気なら、今度からもっと積極的になってもいいのかもしれない。
と、などと思っていると。
次の視界は背景に天井。
……天井?
「へ」
次いで覆いかぶさってくるムルソー。ハンサムは顔が陰ってもハンサムなんだな。
違う、違う。
「ムルソー、さん?」
自分がソファに押し倒されたことを認識しつつハンサムを伺う。状況的に、まさかここでする気なのかと。
そして後悔した。
その深緑の瞳を見るべきではなかった。
静かな色に灯る情の烈火は簡単に延焼し、背骨を伝って腰を疼かせる。
勝手に漏れた吐息の熱さが恥ずかしい。
「あまり不用意に煽らないで頂きたい。貴方は自身がどれだけ魅力的なのか、もっと自覚するべきだ」
「そんなこと、んっ」
降りて来るキスに反論は溶かされ、甘い激情に抱きしめられた。
酸素が遠い。
胸が痺れる。
ぼやけていく理性の輪郭。
反論も建前も、もう必要ない。
今は心地良い酩酊に身を任せ、彼を存分に求めよう。