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    syunenmei5

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    syunenmei5

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    薄氷に触れた

    綺麗な男だ。
    抑えた灯りに浮かぶ影を吐く煙越しにじっくり眺める。

    静かな衣擦れの音。
    微かな吐息。

    紺色の衣を引っかけただけの男は見事な体躯を惜しみなく晒しつつ、視線は気だるげでどこか遠い。
    いつも厳しいくらい生真面目で、鋭い眼光を以て周囲を威圧する様からはかけ離れたこの姿を、彼の朋達とやらはどのくらい知っているのだろうか。
    無表情に力の抜けた横顔は危うい美しさまで醸し出している。
    全身くまなく古傷だらけ。体格に恵まれ、腹立たしくもこちらより頭一つ背の高い裏路地の人間であるはずなのに……今見ている姿はひどく薄い氷板のような、触れようと手を伸ばした途端に溶け消えてしまうような、そんな幻想的な儚さがあった。
    無造作に垂らしたままの長い黒髪がそうさせているのか、二本目の煙草が半分を過ぎてもなお分析できない。

    橙の中で蒼が揺れる。
    時を止めていた視線がこちらに向く。

    「………………見物料を取るぞ」

    ようやっと視線に気づいて寄せられる眉間の皺。
    不愉快さを隠そうともしない声は低く掠れ、これがまた非常に色っぽい。

    「は、視線で穴が開きそうだからって照れんなって。心配しなくても、片方しか無いぶん綺麗に風穴開けてやるよ」
    「……」

    浅く適当な軽口を投げる。すれば呆れたと言わんばかりにため息をつき、視線を切って身支度を始めた。
    冗談に乗らないのは分かっていたこと。なので、特に気にせず重い煙を蓄える。

    肩から羽織りを落とし、無駄を一切削ぎ落した背中へ髪が広がる。
    一枚一枚拾って着つけていく姿の中にも危うい色香が尾を引き、これは名残惜しいと手を伸ばす代わりに煙を遣った。
    長く、世の女達が恨むほど黒く真っ直ぐな髪をさっさとまとめ上げた男は煙に気付き、丁度手に取った羽織で煙をはたき落としてから平然と袖を通す。
    濃く重たいはずの煙があっさりと霧散した。

    「つれねーなぁ」
    「不躾だ。お前もさっさと着替えて帰れ」

    元通りの厳しい視線がひとに邪魔だと訴える。
    ちょっと前まであんなに溶けて気持ちよさそうにしていたのに、なんて薄情なヤツだ。
    とはいえ、確かにそろそろ支度を初めて帰った方がいいだろう。夜が深まるだけ厄介なことには変わらない。

    ……そう分かっていながら、幻のような薄氷に触れ、溶け消えないことを知ってしまった今となっては、そんな勿体ない選択肢など、到底選べなかった。
    欲しい。
    足りない。
    まだ。

    こちらが帰るのを待つ背中を引き倒し、素早く馬乗りになる。斬り合いではなく、かつお互いに刀を携えていないからと油断しすぎな男を取り押さえるなんて簡単だ。
    蒼光が強くなる前に唇を奪い、舌を、唾液を、呼吸を奪い尽くす。

    蒼を煙で黒く。
    欲望のまま。
    願望のままに。

    「……なぁ、朝まで付き合えよ」

    乱れた呼吸を絡ませ合いながらくつくつと笑ってみせる。
    対する男は早速煙に犯されたのか、それとも考えることを放棄したのか、再度呆れたと言わんばかりに視線を切って体から力を抜く。

    話が早くて助かるぜ。
    俺も、もう深く考えることはしない。考えたところで意味が無い。
    このまま最後まで貪り尽くすだけだ。

    この、俺だけの綺麗な男を。
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