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    ゆうね/ふぃあるさん

    @f10xi_41y

    胃袋の中身

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    【 everyday. 】
    ほしもりふじみやのちょっとした日常。
    ふせったーから移動したやつ

    everyday. 仕事が忙しくなってくると、なかなか家にいる時間が取れなくなってくる。最近だと残業続きで終電を逃すことだって珍しくはない。
     ただ、「帰りたくない」という思いがはっきりとある。
     なぜなら、帰ったところで「何もない」からだ。

     そう、なにもない。
     上京したての頃、なんとか勝ち取ったこの部屋に越してからずっと思っている。
    家具と、そこに収めるにふさわしいものたちはあるのに。綺麗に整頓されているだけ。
    家に帰るとなんとなく空虚に思えてしまう。何もないところに帰るぐらいなら、まだ仕事をしていた方がマシだ。

     のそりのそりと、灯りもつけずにそのまま寝室へと向かう。真っ暗な部屋だが、ベッドの所在はすぐにわかる。
     ぼふん。気が抜けたようにベッドに倒れこむ。コンプレックスである大きくて重たいその身体を乗せたバネは深く沈み、軋みを上げ、数回跳ね返した後マットレスが自分の形にくぼんでいき、そのままその柔らかさに身を委ねる。
     まるで沼みたいだ。
     そして、腹の中のガスが一気に吐き出されて行くような重たいため息。なんとなしに腕を目の上に置く。視界はあっという間に遮られるが、問題ない。なにもないなら見る必要などないから。

     この部屋はまるで自分の精神世界のようだ、と思う。
     必要最低限の教養と、仕事に必要な知識・経験。それだけしかない。
     この部屋は、自分が住まうには広すぎるのだ。

    ------

     今日は珍しく、定時で切り上げることができた。
     というのも、社内体制が最近になって大幅に変わって来たのが理由にある。営業はその脚で客先に行く回数が減った分、社外の人間とのやりとりはテレワークで行うことが増えた。自身が所属している部門も、フレックス制度を取り入れたり、それこそテレワークを希望する者もいる。どの部門も環境が変わったことによって作業効率が幾分か上がったようだった。
     ただ、自分は家にいるよりかは会社にいた方が、精神的にマシなので出社をしている。物珍しそうな目で見られる時もあるが、特に気にすることはない。

    残業慣れしてしまった体に定時上がりというのは、随分と不思議な心地だ。普通なら喜ぶものだろうが、なんとなく落ち着かない。体制が変わる前のこの時間の自分は、帰宅する人を横目に設計を整えたり、不足している部分のチェック等をしている頃だ。
    外食で夕飯を済ませようか、などと考えるが、どうにも気分が乗らない。

    「………帰るか。」

    その重たい足取りは、自分の住まう暗い箱の方へと向かう。

    ------

    「あら~、おかえりなさい~。今日は早かったんですねえ~」

    …ぼんやりと、これまでのことを考えながら帰路に着いていたようだ。
    気付けば自分は、自宅の玄関に立っている。加えて、見知った姿の女性がエプロンをつけながらこちらへパタパタと向かってくる。
    玄関からリビングへと続く道は、橙色に輝くライトで照らされて明るい。リビングの方からはふわりと野菜を煮込んだ香りと、スパイシーないい匂いが漂ってくる。その匂いが鼻をくすぐれば、空腹であることを胃が訴えてくるようにきゅるりと小さく音が鳴った。

    「…あ、え、ほ、星宮さん……!?ど、どうしてこんな時間から……」
    「どうして、って…。今日も遅くに帰ってくるんだろうと思いまして~。夕飯を作っておけば、きっと食べてくれるだろうって、カレーを作りに来たんですよ~」

    「そしたら今日は早くに帰って来たので、びっくりしちゃいました~!」と、目の前の女性は少し大げさに、わあっと手を広げるジェスチャーをしている。

    彼女とは不思議な縁を多く重ねたことがきっかけで一緒に過ごすようになった。不思議、という言葉に収めるには、あまりにも奇妙な体験ばかりをしてきているが。
    最近になって合鍵を渡し、不摂生気味な自分を心配して頻繁に料理をしに来ている。飲み物と冷凍食品ばかりだった冷蔵庫は、彼女が作ったご飯や次に来た時に使う食材で埋まるようになった。

    冷蔵庫だけではない。洗面台には、女性らしい色合いの歯ブラシとコップ。タオルも枚数が増えた。朝はドタバタして滅多に使わない自分のマグカップのそばにも、新しいものが一つ。
    気付けば食器一式も一人分は増えていた。きっと自身の家から持って来たのだろう。

    「さ、ぼうっと立ってないで。あとは盛り付けるだけなんです、折角ですから一緒に食べましょう?」

    そう言って、彼女は嬉しそうに自分の腕を引いてくる。
    いつかの自分からして見れば、想像もつかないくらいに幸せだ。わがままになってしまいそうな程に。
    くしゃっとした顔を隠すように一瞬俯き、すぐに顔を上げて、

    「……そうですね、ありがとうございます。…あ、それから……」
    「それから?」
    「……ただいま。」

    まだ伝えていなかった、きっとこれから言うことはないだろうと思っていた言葉を、彼女へ。
    靴を脱いだなら、引かれるがままに食卓へ向かう。

    何もなかった部屋が、彼女で満たされていく。
    変わらなかった日常が、非日常へと変わりはじめている。
    しかし変わったのは、部屋でも日常でもない。自分自身だ。
    少しだけ窮屈になったこの部屋で、彼女がもたらしてくれる新しい日々をこれから過ごしていく。

    いつの間にか、重たかったその足取りは、彼女の歩幅に合わせて軽やかに動くようになっていた。




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    タイトルは『壊れかけの君へ』で流してもらった曲から。
    ほしみやいつこのやさしさを感じる歌詞なんだよなあ。
    ほしもりふじみやの『毎日』がかけがえのないものになりますように。
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