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    もったいないおばけ

    仮置場

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    白刃の日ユキアマ。アマツと会うの久しぶり過ぎて若干日和見してるユキノジョウとそういうまどろっこしいのに耐えきれなかったアマツの話。途中で何かちゃうなってなって匙を投げたけど勿体ないので供養。

    白刃の日ユキアマ「どうした。そんなに熱い視線送られちゃあ、流石の俺も溶けちまいそうだ」──ユキノジョウのそれは老若男女を虜にする甘露のような声音だが、いつもと異なるのは舞台ではなく畳六畳の一室でたった一人に向けられた台詞であると言う点だった。
    胃もたれを起こしそうになりながら「別に見てねえよ」と、その言葉をかけられたアマツは目を逸らす。正直見ていたと言うのは事実だ、だがそんな熱っぽい視線を送った覚えは一つもない。
    ただユキノジョウが保湿用だと話しながら顔につけている液体に、就寝前だというのによくも顔にべたべたと塗りたくれるものだと一瞥していたに過ぎなかった。
    もとよりアマツにはユキノジョウの蠱惑的な演技も表情もこれっぽっちも響きはしない。それはユキノジョウ自身が最もよく知っているだろうに、今日はやたらと吐く言葉がわざとらしくそれを掛けられるアマツは若干うんざりしてきたところだった。
    そもそも何故アマツがユキノジョウと狭い部屋に二人だけなのかと言う話は白刃の日の夕刻まで遡る。端的に言ってしまえばお人好しによるありがた迷惑なたった一言がきっかけだった。『ああ、アマツはユキノジョウとも知り合いだったんだね。久しぶりみたいだし今日は同じ部屋にしておくよ、積もる話もあるだろ』と緊張感に欠けた声の主は誰でもない義勇軍の隊長である。
    アマツとしては日中もユキノジョウにもしつこく追い回されて疲れ切っているところに一晩一緒と言うのはあまり気乗りはしなかった。だが、下手に断って理由を聞かれてもアマツは困る。ユキノジョウとは肉体的な関係があって、夜の方もしつこいのだ──などとは言えるはずもなく、考えるよりも先に手が出る頭では断る理由を見つけるよりも要らぬ世話を受け入れてしまう方が楽だった。無論楽なのはその場だけの話だが、いざユキノジョウが二人きりで最悪そういう気を起こしたならば殴ってでも止めればいいかと結局のところは最終的に手が出る方向でアマツの中で結論を出したのだった。
    そして今、幸いなことにユキノジョウの顔の手入れはまだ終わる様子はない。これならさっさと寝てしまえばそういう話にもならないのではないか、アマツは床に就く用意を始めた。
    「ユキノジョウ。俺は先に寝るからよ。そのべたべた塗りたくんのが終わったら蝋燭の火、消しといてくれ」
    そうは言いながらもアマツ自身、別にユキノジョウと性交渉をする事自体を拒否している訳では無いのだ。
    ユキノジョウは雪松屋の舞台がある。アマツはベニガサたちとの旅と義勇軍の定期的に舞い込む厄介事にと慌ただしい日々を送っていて殆ど顔を合わせることはない。だが、ユキノジョウはアマツに対して恋愛的な意味合いで好意を向けており、アマツ自身もユキノジョウの事はわりと気に入っている。酒の勢いやその場の空気に任せて身体を重ねたことは何度かあった。
    実際のところ、アマツは疲れているから性交渉となると面倒だというのは本心ではある。その反面でここを逃せば次に一晩も共に過ごすことができるのはいつになるかも分からない。
    ただ村の宿泊施設を借りている以上、ベニガサとヒトリは当然のことながら今回は他の義勇軍も同じ屋根の下だ。そういう意味ではアマツからユキノジョウに"そういう話"を持ち掛けるのはどうにも気が引けてしまう。
    それに何よりもアマツはこの一日で起きたことの全てを咀嚼しきれていなかった。白刃の日の催し物だけではなく、タルキの人探しに付き合わされ、更にはヤクザの企みに人質騒動。
    村人の好意から予定通り謝礼を受け取り路銀には数日は困らないし、一宿一飯にもありつけたので無報酬というわけではないのでそちらに関しては文句はないが……最大の問題は──。とまできたところでアマツは考えるのを止めた。最後の一件に関しては今すぐどうこうできるものではない。それに考えることは自分の得意とするところではないのだから、あの男の件は本人と面と向かってみないことにはどうしようもない。
    さて薄い布団に掛け布団が一枚、野宿に比べれば十分過ぎる環境にアマツは腰をおろす。そう言えばこの間、ユキノジョウが一言も発していないことに気が付いた。
    「おい、聞いてんのか。ユキノジョ──」
    恐る恐るユキノジョウに視線をやったアマツは目を疑った。舞台の上でなければ化粧もしていない、素顔の筈のユキノジョウなのにその表情は憂いを帯びているではないか。今にも瞬き一つで零れそうな瞳の潤み、まるで芝居のような……とまで考えたところでアマツは少しだけ冷静になった。
    そうだ、ユキノジョウの本業は役者だ。
    「…………ユキノジョウ、お前、俺にそういう面したって無駄だって知ってんだろ。ずっと黙ってたのも俺の気を引く為か」
    アマツが浮かしかけた尻を床につけ、胡座で座り直して尋ねると「バレたか」とユキノジョウはすぐに元の表情に戻った。
    「効かねえとは分かってたが、俺の演技もお前にこちらを向かせられるくらいにはなったって事だな」
    「まあ、心配はするだろ。飽きもせずにべらべら喋ってた口が急に糸で縫われたみてえに閉じりゃあ誰でも」
    「それも含めて計算だって言ったらどうする」
    「……だとしたら、テメェの性格が悪いだけだ」
    「はは、言うじゃねえか。でも俺はお前のそういうところに惚れ込んでるからなあ、アマツ」
    ユキノジョウは長い睫毛を伏せながら呟いた。「騙されてくれねえなら今日のところは引いてやるとするか」その声は、それまでのカラッとした物言いとは少しだけ違う。アマツはユキノジョウの面の良さも、甘ったるい演技も、彼の贔屓とは違い何もかも興味はない。だが今の一言は、正直なところ演技なのか本音なのかどちらとも取れなかった。
    「んだよ。俺を騙して、どうしようってんだ」
    「さあな、ただ騙されてくれりゃあ口実もできる」
    「口実って何のだよ」
    「それは…………お前が"その気"じゃないなら無理にとは言いたくねえからな。これ以上は言うつもりはないさ」
    そう言いながら今度はこちらと目を合わせなくなったユキノジョウにアマツは黙り込む。
    アマツを"その気"にさせるというよりも流されてもらおうとしているような言動、演技だとしたらユキノジョウにしては酷く拙いがそれも彼の計算の内なのだろうか。本当にユキノジョウの演技がアマツの想定の上をいっているのか、それともアマツ自身がそう言ったものを感じ取れる余裕ができたのか段々と分からなくなってきた。
    ただ、ユキノジョウにしては少し手探りのような言葉のやり取りがアマツには気に食わない。そんな遠回しなことをせずに真っ直ぐに言えばいいのに。ただ、ユキノジョウがアマツを抱きたいのだと言うのなら、そうすれば自分は……。
    「──あ、」
    アマツは理解した。上手くは言えないがきっと、ユキノジョウは狡いことをしようとしていた。アマツだってユキノジョウが「抱きたい」と迫ってくれば拒否するつもりはないのに、ユキノジョウもそれをアマツから言わせようとしていたのだとしたら……会わない間に随分と面倒くさい関係になってしまったものだ。
    どちらにせよ、ユキノジョウの振る舞いは間違いなくアマツの内にユキノジョウと言う男に対する興味に火を点けた。その段階で自らの負けなのだ。
    ──寝落ちしても文句言うなよ。
    この行動がどういう展開に転んでももはや何を言うつもりはない。アマツは右足の爪先でユキノジョウの左の膝を突く。「雪松屋の看板役者サマの演技に騙されてやるつもりはねえが」今度は間違いなく、アマツの視線は意図を持ってユキノジョウの捉えていた。
    「お前がどうしてえのか、態度で示してくれりゃあ流石に俺だって答えてやらねえことはないぜ。ユキノジョウ。おっと、演技じゃなきゃべらべら喋る余裕もねえのか?」
    アマツに演技の心得などというものはない。故にどうしても喧嘩を売るような物言いになってしまうが、ユキノジョウもそちらの方がアマツらしいと言うのは誰よりも知っている。
    「…………全くよぉ久しぶりに会って、いきなりってのは情緒もへったくれもないと思って様子見してたんだがな」
    「馬鹿。俺とお前の間に情緒なんざ元からねえだろ」
    煽るように問えば、ユキノジョウからはもう演技めいた声音が返ってくることはない。「違いねえ。最初からただこう言やぁよかったんだ。抱かせろよ、アマツ」と、代わりに這いずるような男の声がアマツの皮膚を撫ぜる。
    長い旅路に草臥れたアマツの爪先に触れたそれとは対象的な白く長い指に、そう言えばユキノジョウに最後に触れたのは随分と昔だったような気がしてアマツは観念したように目を閉じた。
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    白刃の日ユキアマ「どうした。そんなに熱い視線送られちゃあ、流石の俺も溶けちまいそうだ」──ユキノジョウのそれは老若男女を虜にする甘露のような声音だが、いつもと異なるのは舞台ではなく畳六畳の一室でたった一人に向けられた台詞であると言う点だった。
    胃もたれを起こしそうになりながら「別に見てねえよ」と、その言葉をかけられたアマツは目を逸らす。正直見ていたと言うのは事実だ、だがそんな熱っぽい視線を送った覚えは一つもない。
    ただユキノジョウが保湿用だと話しながら顔につけている液体に、就寝前だというのによくも顔にべたべたと塗りたくれるものだと一瞥していたに過ぎなかった。
    もとよりアマツにはユキノジョウの蠱惑的な演技も表情もこれっぽっちも響きはしない。それはユキノジョウ自身が最もよく知っているだろうに、今日はやたらと吐く言葉がわざとらしくそれを掛けられるアマツは若干うんざりしてきたところだった。
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