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    バイトの面接に行ったら小さくなった従兄弟が二階から降りてきた 2

    コナン夢 02 俺には二つ歳下の従兄弟がいる。
     母の妹であり、日本を代表する女優(元、がつく)の藤峰有希子と、世界的に有名な大ベストセラー作家である工藤優作の一人息子、工藤新一。
     コイツとは、実の兄弟以上に兄弟のように育ってきた。

     ……と言っても、歳上である俺が兄貴風を吹かせていた──というわけでは、ない。
     もっぱら俺は、このヤンチャなクソガキである従兄弟様にいいように従わせられ、振り回され、連れ回され、散々にしてやられてきたものである。

     従兄弟様にとって俺は良い手下、都合のいい子分、ちょうどいい遊び相手……せいぜいがそんなものだろう。
     そんなに散々振り回されても、なんだかんだでいつも付き合ってしまうのだ。我ながら懲りない奴だよ。

     推理小説家である優作おじさんの影響か、小さい頃からミステリオタクだった従兄弟様は、高校に上がる頃には探偵の才能を開花させた。
     難事件を次々と解決しては、一躍新聞を賑わせ続ける従兄弟様。そんな彼の活躍を聴くのは、受験勉強に勤しむ俺の密やかな楽しみでもあった。

     ────それが、どうして、こうなった。

    「いやまぁ、いつか、マジでやべぇ事件に巻き込まれるかもとは思っていたけど……」

     信号待ちの間、ハンドルにもたれつつ呟く。
     何かに憑かれているかと思うほど、行く先行く先で事件が巻き起こるんだもの。いつかこんな日が来るかもとは思ってた。

    「思ってたのかよ……」

     対する従兄弟様は渋い顔だ。
     今の従兄弟様の声は、まだ声変わりもしていない子供の声なので、なんだか脳みそが混乱するな。俺までガキの頃に戻った気分になる。

     あの後──従兄弟様と共に工藤邸に向かった俺は、そのまま隣の阿笠博士邸にてコトの顛末(という名の従兄弟様による自己弁護)を聞くこととなった。探偵根性で黒ずくめの奴らのやべぇ取引を見に行ってしまった従兄弟様の自業自得感は否めないものの、従兄弟様も深く反省しているようなので、責めるのはやめておく。

     ……それにしても、とんでもないことになっちまったよな。

     学校どーすんのと訊いたら「休学しかねーだろ」と渋い顔で答えられた。そりゃそうだ。その代わりと言っちゃ何だが、阿笠博士の手筈で小学校には通うことになったらしい。小学一年生の『江戸川コナン』君として。

    「……ンだよ。笑いたきゃ笑えよ」

     助手席に乗っている従兄弟様は、不貞腐れた顔で口を尖らせている。「笑わねーよ」と手を伸ばした。頭の傷に触れないよう、小さい頭をそっと撫でる。
     ……そりゃ、唖然とはしたけどさ。今、一番大変なのは従兄弟様──新一なのだ。この先の見通しもつかないまま、もう元の身体に戻れないかもしれないという不安を抱きつつも、それでも戦おうとしているのが、俺の従兄弟様なのだ。

    「まぁ何にせよ、生きていてくれて良かったよ。今回は流石に肝が冷えたわ」

     なんてったって背後から頭を金属の棒で殴られて昏倒した上、訳の分からない薬を飲まされ身体が縮んでしまったというのだ。今こうして生きていることすら奇跡のように思える。一歩間違えたらお陀仏だぞ。
     従兄弟様は俺の手を振り払うことなく、どこか神妙な顔つきで受け入れていた。フゥン、珍しい顔。だいぶ反省中って感じ?

     少し車を走らせ、やがて毛利探偵事務所の前に到着した。俺にとってもバイト先の前なので、実に二時間ぶりの来訪となり少々気まずい。
     ポアロで接客中の女性店員の目を掻い潜るようにしつつ、車から降りる従兄弟様の背に問いかけた。

    「意中の子と一つ屋根の下だからって、やらしいことすんなよー」

     ククッ、従兄弟様ったら、一瞬で真っ赤になって狼狽えてやがる。
     口元はアワアワと物言いたげに動いていたが、結局ロクな言葉にならないまま、従兄弟様は車のドアを勢いよく閉めた。とは言え子供の体格だ、大した威嚇にもならない。
     ヒラヒラと手を振り、俺は車を発進させる。

    「……それはそうと、マジで笑えない状況ではあるわけで……」

     ──黒ずくめの奴らや怪しい取引、加えて謎の薬。怪しさ満点なことこの上ないものの、従兄弟様の身体を元に戻すためには黒ずくめの奴らの正体を探るしか術がない。虎穴に入らずんばというやつだ。
     従兄弟という立場としては、新一にはあまり危険なことはして欲しくないのだけど……しかしそうも言ってはいられないだろう。

     どんなに危険な道だとしても、それが真実に辿り着くたった一つの道なのであれば、新一は絶対に立ち向かう。
     それが俺の従兄弟様だ。
     世界でたった一人の、俺が全力の信頼を置く従兄弟様。アイツは言葉を違えない。やり遂げると言ったことは必ず達成する男なのだ。

    (その生き様は確かに格好良いが、早死にする思考回路だぜ、従兄弟様よ)

     そんなことを考えながらぼんやり車を走らせていると、いつの間にか従兄弟様の家の前に着いていた。つい先程まで阿笠博士邸にお邪魔していたのでこれまた気まずい。いや、気まずさを感じているのは俺だけなのだろうが。

     ともかく、博士に見られる前に早く帰ろう。
     そう思って車を発進させようとしたところで、工藤邸の門前に佇んでいる人影に気が付いた。おや? と思わず目を瞠る。

     一人の女性が、工藤邸をじっと見上げていた。亜麻色のショートボブで、細身の身体に白衣を纏っている。よく見れば顔立ちはまだ幼なげではあるものの、纏う雰囲気が随分と大人びている。
     少し迷ったものの、俺は車の窓を開けると身を乗り出し声を掛けた。

    「そこの家主に何か用事ですか?」

     彼女は弾かれたように肩を震わせ振り返った。俺は笑みを作ってヒラヒラと手を振る。

    「あ、怪しい者じゃないです。俺、ここの家主の従兄弟なもんで。もしかして待ちぼうけ喰らってます?」

     見た感じ、従兄弟様の高校の友人というわけではなさそうだ。かと言って従兄弟様の評判を聞いての依頼人──にしては挙動が落ち着きすぎている。通りがかりにしては雰囲気がそぐわない。
     彼女の白衣を見て、脳裏によぎるのは──

    (……確か新一は『組織で開発した新薬』を飲まされたって言ってたっけ……)

     白衣を纏っているというだけで判断はできないものの、それでも多少は引っかかる。
     薬を飲ませた新一が死んだかどうか、奴らは確認できていない。もし新一が生きていると奴らにバレたとしたら、また命を狙われる可能性がある。
     彼女が、例の組織に属する人物であるならば──。

     思考を全部腹の底に押し込めて、俺はただ善意の微笑みを浮かべてみせた。
     彼女はしばらく探るような瞳を俺に向けていたものの、やがて小さく肩を竦めた。

    「……いいえ。大きなお屋敷だったものだから、思わず足を止めてしまったの。不躾であったならごめんなさい」
    「お気になさらず。でけぇ屋敷ですもんね」
    「従兄弟……ってことは、ここの家主とは親しく連絡を取り合ってるのかしら? まるで、家主の不在を既に知っていたみたいな口ぶりね」

     オッ、思っていたよりも直球が来た。さて、何と返すべきか。

    「さっきピンポン押したけど返事なかったから、いないんだなって思っただけです。特に親しいってほどでもない、同じ町に住んでる普通の従兄弟ってとこですよ。特にここ最近は俺の受験もあって、どこかに出かけたりってこともなかったし。……それにしてもお姉さん、案外豪胆な人ですね」

     きょとん、と彼女が瞬きをする。俺はニコリと微笑んだ。

    「家主が俺の従兄弟だって言ったもんだから、随分若くして一人でこの家に住んでるんだって驚かれるかなって思っていたんですが。杞憂でした」
    「……、……別に、そういうご家庭もあるでしょう」
    「えぇ、そうですね」

     彼女は一瞬視線を逸らした。……ここらが切り上げ時だろう。

    「名乗りそびれていました。俺は雪永慎二、東都大学の学生です。差し支えなければ、お名前を伺っても?」
    「……宮野、志保。まぁ、もう会うこともないでしょうけれど」
    「ハハ、そうかもしれませんね」

     それでは、と片手を上げ、俺は車を発進させた。
     アクセルを軽く踏み込みながら、バックミラー越しに彼女の姿を視界に捉える。彼女はじっとこちらを見据えていたが、やがて小さく肩を竦めては、ポケットに手を突っ込み背を向けて歩き出した。その様子を見て、俺もほぅっと詰めていた息を吐く。

     ……さーてさて。これからどうなることやら。
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