昨夜、司徒寶は戻ってこなかった。店を閉めたあとオーナーに話があると引き留められて、待つと言ったトニーを先に帰らせた。TAXIを拾うから大丈夫だなんて言っていたが、きっと面倒になって店で寝ているのだろう。
道場は暑い。夏は、日中はもちろん、できれば夜だって外で過ごしたいと思うほどだ。店ならクーラーがある。司徒寶が帰ってこないわけだと、トニーは汗だくで目覚めて、空の寝床を眺めて思う。
起き上がり、服を脱ぐ。水で濡らしたタオルで体を拭い、顔は、頭ごと蛇口の下に突っ込んだ。
阿正はもう起きていて、冷蔵庫で冷やしていたコーラをもう飲んでいた。
「朝食の前はダメだと言われているだろう」
たしなめると、阿正はニコッと笑った。
「シト・ポウを迎えに行くから、朝食は1人で食べて」
スクーターで店まで行く。まだ朝だというのに気温は30℃を超えている。湿度のせいで、かいた汗は乾くことなく肌を伝い落ちる。
いつまでクーラーが付いていたのか、店の中は通気性の悪さが幸いして、外よりはまだ幾分涼しかった。その中で、司徒寶は客用のソファに寝そべっていた。長袖のシャツの胸のボタンは3つまで外され、そこから気だるい空気が滲んでいる。
僅かに良からぬことを考え、ぶんぶんと頭を振る。
「シト・ポウ」
声をかけると乾いた唇が「水」と呟いた。
トニーはグラスに氷を入れ、水を注ぐ。それから、ふといたずら心が湧いて、その氷を、司徒寶の胸の上にそっと乗せた。急な冷たさに驚いて司徒寶は飛び起きた。
「冷たい」
「目覚めたか?」
「……うん」
「どこかで朝飯食って帰ろう」
「うん」
司徒寶は頷きはしたが、ふらふらとトニーの肩に頭を乗せてきた。
「シト・ポウ?」
「……汗の匂い」
「暑かったから」
首を伝う汗を手で拭う。
「まあ道場も暑いけど」
「スイカでも買って帰ろう」
「スイカかぁ」
「阿正も待ってる」
「うん」
「スイカとコーラと、アイスも買おう」
「アイス食いながら帰ろう」
スクーターなら歩くよりはいくらかマシだ。背中の体温は熱いけど、たまにアイスが差し出される。一口食べて、上機嫌で鼻歌を歌う。司徒寶が背に身を預けながら、溶けたアイスで濡れた手を差し出すから、トニーはその指先をぺろりと舐めた。