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    110n04

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    110n04

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    おやすみコールのhmts

    「でね。今日は編集部に行ったのだが…そこにチラシがあったのだよ!」
    誉は、ペンを握りながらそう話す。片手は、携帯をそっと耳に当てていた。
    そろそろ梅雨の訪れも感じる季節。少しだけしっとりとした湿度の高さを肌で感じている。
    明かりの灯った夜のバルコニーで、誉は一人、執筆に勤しんでいた。
    ただ、執筆だけをしにきたわけでは無い。
    電話の向こうにいる、恋人との時間を取りにこうして外に出ていたのだった。
    『そういや、各所に送ったって言ってたな』
    電話の奥からは、最愛の恋人、丞の声が届く。少しだけ、低さの削がれた電子の声。
    それも寂しいながら愛おしく、誉は携帯に耳を寄せた。
    劇場近くの美味しい店、会場による反応の違い。そんな話をぽつりぽつりとしていく。落ち着いた声と調子でただ二人だけの時間を楽しむ。
    「…凱旋はいよいよ明後日だね?」
    『ああ。明日マチネが終わったら移動だ』
    今、丞が参加している作品は1ヶ月強のツアー公演。地方へ向かった丞とはここ2週間ほど会えていなかった。
    「大千穐楽はワタシも見に行くよ」
    『ああ』
    「評判がいいから楽しみだね」
    『ああ』
    ふと、誉は口を閉じる。電話越しに聞こえてくる、小さな呼吸の音。
    「丞くん?」
    すぅすぅと小さな音がする。
    「おや」
    『…ん。…ぁ、何か、言ったか…?』
    「丞くん、お風呂には入ったと言っていたね」
    『あぁ』
    誉はペンを置くとゆっくりと立ち上がった。そして、バルコニーの柵に軽く腰掛けた。
    「今はベッドかな」
    『いや。…近くのソファだ』
    「では。ベッドに入りたまえ」
    誉は電話越しに衣擦れの音を聞いた。ごそごそと布団に潜るような音がして誉は一息つく。
    『なあ、なんで…』
    「丞くん。今日はここまでにしよう」
    『は?』
    少しだけ強い音がする。だが、既に丞は随分と眠たげで、今すぐにでも眠りに落ちそうだった。
    「また、キミが帰って来た時に沢山話そう。明日も早いだろう?」
    『まだ…』
    「疲れてるんだよ。さあ、眠りたまえ」
    電話の奥で渋る声が聞こえて、誉はくすりと笑った。どこかから聞こえる虫の声。随分と暗くなった空を見上げて、誉は電話越しに囁いた。
    「おやすみ。丞くん。眠れないなら、子守唄代わりにポエムでも…」
    『……いい。それでもいい』
    「…おや」
    いつもなら、断るところも今は違う。落ち着いた丸い声で、丞は強請っている。
    「ふふ、丞くん」
    『なんだよ』
    「眠たいのだろう?」
    誉が囁くと、あくびをする声がする。もう随分と眠たそうだった。
    『眠たくない』
    「そうかね。ふむ…困ったね」
    そう言いながら、誉は嬉しそうに笑う。眠らないことに困っているのではない。本当は、愛おしくて堪らない恋人のことに困っていたのだ。
    「ワタシも、明日は仕事なのだよ」
    『…』
    少しだけ響いたのかぐぅと小さく唸る。
    『…あと少し』
    だが、どうやら今日は本当に眠りたくないらしい。珍しいわがままに、誉の口は堪えきれずに弧を描く。
    「…では、ワタシがキミの好きなところを伝えよう。それで、今日は切ることにしようね」
    『……』
    嫌々ながら納得した沈黙だと、誉は受け取った。
    もう一度柵に腰掛け直して誉は小さな咳払いをする。
    「丞くんの好きなところはだね…」
    誉はゆっくりと、語り聞かせるように話し始めた。ひとつひとつ、頭の先からつま先まで。出会った日から今日の今まで。全てを大切に思い出しながら、誉は謳うように丞に語りかける。
    「…ワタシの丞くん」
    電話越し。静かな呼吸音が聞こえてくる。誉が口を閉じても、起きる様子はなさそうだった。静かな息と、たまに溢れる声。
    誉は、目を閉じてそれを静かに聴いていた。
    そして、すっと肺に息を吸い込んだ。満たされる肺といっぱいになった胸が、苦しくて心地良い。
    「丞くん」
    電話越しではない、今すぐに彼に会いたくて仕方がない。誉は、携帯を優しく握りなおす。そして、小さなリップ音を立てた。
    「会いたいよ」
    安心しきった寝息が聞こえて、誉はまた笑う。
    こんなに無防備なら、今夜夢に出てしまうよ。
    そんな冗談を飛ばして、誉は息を吐いた。
    そろそろ、電話を切ろう。名残惜しく思いながらも、誉は最後に少しだけ聴いて、電話を切った。通話終了の画面を見て、誉は笑う。
    そして柵から踊るように立ち上がると、ポケットに電話をしまった。それから、鼻歌混じりに部屋に戻る準備を始めた。
    「モーニングコールは任せたまえよ」
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