「五二型か。」
時刻は昼を過ぎようとした頃だった。夕刻に控えた出撃の機体が掲示板にて通知され、使い慣れた機体にホッと胸を撫で下ろすと駐機場へと向かった。
整備は整備兵がしてくれるが、機銃の照準の微調整は操縦士が自ら行わなければならない。稀に前に乗っていた者の好みで照準が狙いにくい物もあるため、機銃の確認は必ず行なっていた。
零戦がずらりと並ぶ中を自分の乗る機体を探して進むと、翼の陰で横になっている整備兵がいる。
仰向けで横になり、顔に帽子を被せているその男の胸が規則正しく大きく上下している所を見ると眠っているようである。
駐機場横の整備場では整備兵達が手持ち無沙汰に煙草をふかしている様子を見ると、今日出撃する機体の整備は全て終わっている様子だった。
ふと眠る彼に影を作っている機体を見ると、この機体が今日乗るものだと気がつく。
起こしてしまうことを躊躇ったが、俺も出撃までの合間に今しか空いた時間がないため声をかけた。
「すまないが、機銃の調整をしたい。動かしてもいいか?」
すると整備兵はビクッと勢いよく飛び起きた。
整備兵は若い整備兵だった。ふくふくとした頬がまだ少年の幼さを残しており、眠そうな目を慌てて擦っている。
「はっはは橋内中尉殿!!大変申し訳ありません!!」
青い顔をして敬礼する整備兵を制す。
「いや、休みの時間に来てしまって済まないな。機銃の調整をするので移動をさせたい。あとスパナも借りれるとありがたいんだが。」
慌てて帽子を被った整備兵は道具箱からスパナを取り出し手渡してくる
「俺でよければ手伝います。」
彼の申し出を有難く受け取り手伝いを頼んだのだった。
出撃を終えて基地に戻れたのは翌朝のことだった。日が暮れてからは星と計器頼りの夜間飛行に神経をすり減らしての帰還ではあったが、今日は特段気分が良かった。
「橋内中尉!夜間任務ご苦労様でした!」
着陸をすると早朝にもかかわらず整備兵達が出迎えに現れた。そこに馴染みの顔が居たため、今日の気分の良さを伝える。
「楠木整備曹長、今日の機体はとても良かった。これほど滑らかに飛ぶ五二式に乗ったのは久しい。」
ステップから地面に足をつけると改めて機体を撫でた。
「あぁ、この機体の整備は塚本ですね。最近うちにきた若い奴なんですが、腕がいいんです。皆が根を上げる機体でも根気強くやってくれるもんだから、破棄予定の機体も何機か動く様になったんですよ。」
我が子の事かのように嬉しそうに話す楠木整備曹長の顔を見ると、その塚本とやらは大層気に入られているようだった。
「へぇ、若いのにすごいな。」
若い整備兵が今まで俺が乗っていた機体を大勢で格納庫へと押していく。その中の一人を楠木は指差す。
「ああ、あいつです。休みの時間はよく翼の下で寝てる奴なんで、今度見かけたら塚本にも褒めてやってください。あいつ臆病なんで慌てふためくかと思いますが、きっと喜びます。」
指さされた男を見やると、その男は昨日の機銃調整を手伝ってくれた彼だった。
早朝にも関わらず既に油にまみれた顔と整備服の彼を目で追う。
「塚本か。わかった。今度会ったら声をかけてみるよ。」
その《今度》がまさかあんな事になるとは、この時の俺は想像もしていなかったんだがな…