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    tyaba122

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    tyaba122

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    リリー 3 🎈☆
    タイトル未定の為、一時的にリリーと呼ぶ事にした、ガーデンバースのお話の3話目。
    ヘタレな黒百合さんってイメージが中々難しい…:( ;˙꒳˙;):

    リリー3(黒百合side)

    「聞いているのか、類っ!」
    「っ…! ぁ、…ごめんよ、聞いていなかった…」
    「はぁ、昨日からおかしいぞ。体調でも悪いのか?」

    あからさまに溜息を吐くツカサくんに、苦笑する。
    昨日からなんだか変だ。周りの声が聞こえてこなくて、気付くとツカサくんに心配をかけてしまっている。集中しなければいけないと分かっているのに、全然集中出来ない。
    体調が悪いわけでは無いと思うけど、何故だろうか。心做しか心音も速い気がする。

    「そろそろヴェール領の御令嬢に会いに行くのだろう? 早く準備をしてくれ」
    「…そう、だね……」

    ツカサくんの言葉に、心臓が大きく鼓動した。なんだろう、先程よりドキドキしている気がする。やっぱり、なにかの病気だろうか。
    ぺた、と自分の掌を額に当ててみるけれど、熱は無さそうだ。それに、そわそわとしてしまうのはなんなのだろう。疲れているというよりも、早く外へ出たい様な、そんな気分だ。もしかして、執務続きで体を動かしたいのかもしれない。
    今日は剣術の稽古を長めにいれてもらおうかな。そんな風に思いながら、席を立つ。と、ツカサくんが思い出したように顔を上げた。

    「そういえば、今朝もブラン領の使用人から謁見の申し出があったらしいが」
    「っ……!」
    「まぁ、ブラン領なら明日伺う予定なのだからその旨を伝えれば…」
    「か、帰りに寄るのはどうかな…!」

    思わず彼の言葉を遮って、そう言ってしまっていた。目を丸くさせて驚くツカサくんに、ハッ、と僕も自分の発言を振り返る。何を言っているのだろうか、僕は。あれだけ御令嬢の相手は面倒だと言って断ってきたのに。ブラン領の御令嬢からの申し出も、昨日は断っておいて今日は自分から会いに行くなんて言い出したら、ツカサくんが不思議に思うのも無理はない。

    (…でも、…もし彼女が本当にブラン領の御令嬢なら、会ってみたい……)

    ツカサくんを探していて、たまたま客人の部屋の前を通った。白を基調とした部屋は、ブラン領から来た客人用の部屋だ。陽の光が入りやすい、硝子出てきた部屋。他のご令嬢と違って開放的だったのは驚きだけど、そのお陰で彼女の姿を見ることが出来た。
    あまりに綺麗で、一晩たった今でも鮮明に印象に残っている。何度もあの時の事を思い出してしまって、執務も集中出来ていない。きっと、彼女に対してなにか気になることがあるのだろう。だから、もう一度会えば、いつも通りに戻る気がする。
    何故か突然室温が上がった気がして、手の甲で頬に触れてみる。

    「…類がそんな風に言うとは思わなかったな」
    「いや、それは……」
    「それなら、この後の予定を変更しておくとしよう。我が主君が伴侶を決めるとなれば、めでたい事だからな」
    「んぇ…?!」

    にこりと笑顔を向けるツカサくんに、思わず変な声が口をつく。絶対に楽しんでいると分かる彼の返答に、慌てて帽子を掴んだ。目深にそれを被り、「そういうのでは無いからっ…!」と否定だけしておく。
    ツカサくんが揶揄うせいで、顔が熱い。心臓も、先程より速い気がした。伴侶だなんて、そんなつもりは無かったのに。ただ、もう一度彼女の姿が見たいと思っただけで…。一度、話をしてみたいと、そう思って…。

    (……なんで、話したい、なんて…思うのだろう…?)

    うるさい程鳴る心臓を手で掴み、僕はそっと首を傾げた。



    「つ、疲れたぁ……」

    ふらふらと御令嬢の部屋から出れば、ツカサくんが「お疲れ様です」と頭を下げてくる。まさか腕を掴まれてくっついてこられると思わなかった。花の匂いが強過ぎて気持ち悪い。香水か何かで匂いを強めているのかな。そんな事をしなくても、花生み体質は花の匂いが強いというのに。
    緑色は目にいいと言うけれど、彼女の部屋は宝石も多くて目が痛い。話す声も高くて困りものだ。もっと静かで落ち着いた雰囲気なら、話しやすいのに。
    ふ、と脳裏に昨日見た彼女が映り、ハッ、と背筋を伸ばす。そんな僕を見たツカサくんは、こほん、と一つ咳払いをした。

    「このままブラン領の客人の元へ向かうのですよね?」
    「…ぅ、うん…」
    「では、参りましょうか」

    先導してくれるツカサくんについて行けば、見覚えのある池が見えてくる。何故か今朝よりも心臓の音が早い。何かの病気だろうか。気温も上がってきた気がする。それに、手に汗が滲んできた。ごしごしと服の裾で拭って、ゆっくりと息を吐く。
    頭の中で、昨日の彼女が浮かぶ。柔らかい笑顔で静かに手を振るその姿に、ぎゅぅ、と胸が苦しくなる気がした。

    「…ツカサくん、どうしよう……、僕、病気かもしれない…」
    「はぁ??」

    今まで感じたことの無い感覚がよく分からなくて、隣にいるツカサくんへ助けを求める。そうしたら、彼は目を丸くさせた後、僕の帽子を押しやって僕の額に手を当ててきた。「熱は無いな」と真剣な声音でそう言ったツカサくんが、ぺたぺたと僕の顔や首に触れるけれど、特に変なところはないらしい。不思議そうに首を傾げて、「何ともなさそうだが?」と僕を見てくる。けれど、心臓はずっと煩いし、頭は熱くてボーッとしている気がするんだ。もしかしたら、熱があるかもしれない。ツカサくんにそう言おうと口を開けば、視界の先で硝子が陽の光を強く反射させた。
    ツカサくんの後ろに見える特別製の部屋に、ちょこん、と座る背中が見える。そのキラキラした金色の髪を見た瞬間、ぶわっ、と一気に顔に熱が集った。

    「る、類っ…?!」

    慌てて僕の顔を覗き込むツカサくんの体で隠れるように膝を曲げる。帽子を掴んで目深に被り、爆発してしまいそうな程煩い心臓を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。

    「し、死んでしまうかもしれない……」
    「そんなに重い病気なのか?!」
    「分からないんだ。昨日もここで彼女を見てから、心臓がおかしくて…」
    「……彼女…?」

    僕の言葉に、ツカサくんが不思議そうな顔をする。そうしてくるりと振り返り、彼は「あ…」と小さく声を落とした。その瞬間、何故かはわからないけれど、変な焦燥感を覚えた。慌てて顔を上げて、ツカサくんの肩を掴む。硝子戸に映る彼女の方を向いたまま黙ってしまったツカサくんに、僕は急いで「帰ろう…!」と口にした。
    驚くツカサくんの腕を引いて、ぐいぐいと屋敷の方へ足を向ける。けれど、僕より体を鍛えている彼は、不思議そうな顔でその場に立ったまま困った顔をしていた。僕の力では、彼をこの場から動かすことは難しいのだと早々に気付いてしまう。それでも、ツカサくんに彼女を見られたくなかった。彼女を見て、彼がどう思うのかと想像しただけで、急に不安になってしまう。

    「類、急にどうしたんだ…?!」
    「ッ…その……」
    「とにかく、ここまで来たのだから、ご令息に会いに行くぞ」
    「ぅ……うん…」

    言葉に詰まる僕を見て、彼は小さく息を吐いた。そうして、僕の背後に回ると、ぐいっと僕の背を押してくる。そのまま、彼に背を押される形で彼女の部屋に近付く。
    透明な硝子の壁の向こうで、彼女はほんの少し背を丸くさせている様だった。前屈みになり、口元を手で押さえている。その姿が何故だか気になってしまって じっと見つめていれば、不意に彼女がこちらへ振り返る。ぱちっと目が合った瞬間、ぶわりと体が燃える様に熱くなった気がした。ぱち、ぱち、と目を瞬かせる彼女は、僕らを見て不思議そうに首を傾ぐと、次いで布団の上を四つん這いで進み、硝子に手で触れる。僕らのすぐ側の硝子からこちらを見る彼女は、どこか嬉しそうに笑った。
    花が綻ぶ様なその顔に、視界が奪われる。他のモノなんて一切目に映らなくて、その綺麗な笑顔に胸を強く掴まれたような衝撃を覚えた。ふんわりとした白い服は、夜着だろうか。日中では見かけない可愛らしい服も、彼女に良く似合っている。けれど、惜しげもなく晒された首元や、裾が捲れたせいで視界の隅に映ってしまう白い脚に、くらりと頭が大きく揺らぐ。可愛い。可愛いけれど、そんな姿でいるのは駄目だと思う。心臓が、先程から今までにないほど煩く鳴り響いていて、うるさいくらいだ。顔を逸らしたいのに、逸らせない。どうしていいか分からずにいれば、後ろにいるツカサくんが、大きく溜息を吐いた。

    「類」
    「ッ、な、なんッ…?!」
    「お客人が心配しているから、急ぐぞ」
    「…ぁ、」

    気付けば硝子戸の向こうで、僕が固まったのを見て彼女が眉を下げて顔を窺っていた。完全に心配させてしまったのだと気付き、慌ててぎこちなくも笑い返す。そんな僕に、彼女はふわりと笑い返してくれた。
    その笑顔に、無意識に息を詰めた。ぶわりと更に顔が熱くなっていくのが分かる。こんな事は、今までに無かった。何か重い病気なのかもしれない。でなければ、こんなに動悸が激しくなることなんてないはずだ。
    やっぱり別日に変更してもらおうか、とツカサくんの方へ目を向ければ、彼は肩を落とすと僕の背中をぐいぐいと押してくる。

    「はいはい、行きますよ」
    「え、ちょ、…ツカサくんッ…!」

    いつもならここまで強引に引き合わせようとはしないのに、今日に限って何故許してくれないのか。こんな体調の悪い日に顔を合わせたら余計に心配をかけてしまう。それに、彼女の前に立つと思うだけで何故か足が震えて上手く歩けないんだ。こんなかっこ悪い所を女性に見られるなんて嫌だ。なんとか押しとどまろうと足を突っぱねてみるも、ツカサくんの力に勝てるはずがない。
    そうしてずるずると扉の前に押しやられ、退路が断たれてしまった。躊躇なく扉をノックするツカサくんに、体が思いっきり跳ね上がる。
    ツカサくんの声に応えるように中から聞えてきたのは、予想していたよりは少し低めの、けれど、綺麗な声だった。

    「突然の訪問、失礼いたします」

    そう言って扉を開いたツカサくんは、僕に『中へ入れ』と視線を向けてくる。そんな彼の視線から逃れるように室内に目を向ければ、ふわりと白が揺れた。

    「お越しいただきありがとうございます。ブラン辺境伯領から参りました、司と申します。この度は、お招き頂き、この様な素敵なお部屋まで御用意して頂き、ありがとうございます」
    「……ぁ…、ぇっと…」

    礼儀作法の講師も驚くだろう程綺麗な礼に、見惚れてしまう。御令嬢にしてはスラッとした服を着ていて、どちらかと言えばまるで令息の様だ。肩にかけるように結われた金色の髪をまとめる白いリボンには、ブラン領の印が彫られた留め具が付いている。硝子越しに見たのと同じ綺麗な笑顔で僕を見る彼女に、ぶわりと一気に顔が熱くなる。心臓が殴られているかのように大きく鼓動していて、少し痛いくらいだ。指先が震え、頭の中が真っ白に塗り潰されていく。目の前で微笑む彼女の挨拶に何か返したいのに、何と返せばいいか全く分からない。
    自分の口から声が出ているのかすらも怪しくて、ごくん、と溜まった唾液を飲み込んだ。そんな僕のすぐ後ろで「ごほんっ」と態とらしい咳払いが聞こえてきた。

    「こちらは、ノワール領当主の類様です。この度は、我が領にお越しいただき誠にありがとうございます。体調を崩されていたと伺いましたが、お見舞いが遅くなってしまい申し訳ございません」
    「いえ、この部屋のお陰で、随分と楽になりました。この部屋は陽の光が多く、過ごし易いです」
    「それは良かったです」
    「こちらこそ、せっかくお招き頂いた夜会に参加出来ず申し訳ございませんでした。直前に体調を崩してしまい、心配性な主治医に参加を止められてしまって…」

    何事もないように会話を交わすツカサくんの声が、なんだか遠く感じる。まるで物語の読み聞かせのようだ。頭の中にハッキリと入ってこない。けれど、予想より少し低いその声が紡ぐ丁寧な言葉遣いが心地好くて、ずっと聞いていたいとさえ思ってしまう。
    人形の様な可愛らしい姿で笑う彼女から目が逸らせなくて、ついじっ、と見つめてしまう。だというのに、その瞳が僕の方へ向けられると、反射的に顔を逸らしてしまうんだ。宝石の様な瞳がキラキラしていてあまりにも綺麗だからか、彼女が僕を見ていると気付いてしまうだけで恥ずかしくて消えてしまいたくなる。
    何故だか今朝よりも動悸が激しい。なにか大きな病気なのではないだろうか。早くこの場から離れたいのに、離れたくもなくて、自分が全く分からない。

    「…えっと、……公爵様…?」
    「っ…ぇ、あ……」
    「先程から顔色が優れないようですが、どこか具合が悪いのですか? もう少ししたら我が家の主治医が戻ってきますので、診てもらいますか?」

    心配そうにこちらを見る彼女を見た瞬間、自分の喉から ひゅ、と乾いた音がする。何故だろう。先程からずっと彼女の周りにキラキラしたものが見える。絵本に出てくる妖精が彼女の周りを飛び回っているかのように、それはもうキラキラキラキラと輝いて見えるんだ。宝石にも負けないその輝きに、顔は沸騰したように熱くなり、頭の中が真っ白になって何も考えられない。

    「…可愛い……」
    「………へ…?」
    「っ……、…ふ、…」

    目の前で目を丸くさせてきょとん、とする彼女は、更に首を傾けて不思議そうにする。そんな彼女とは対象的に、ツカサくんは笑いを堪えるかのように僕から顔を逸らして肩を震わせた。そして、こっそり肘で僕の背を小突いてくる。「こほんっ、」と態とらしい彼の咳払いに、ハッ、と今の自分の発言を思い出して、慌てて両手を顔の前で横に振った。「すみませんっ…!」と急いで謝罪すれば、彼女が くすっ、と笑う。

    「公爵様は、意外と面白い人なのですね」

    鈴の音とは少し違うけれど ずっと聴いていたくなる様な綺麗な声でそう言い、彼女はこの世のものとは思えない程美しく微笑んだ。僕をその瞳に映して、朝露に濡れて輝く花のように。

    ―――
    (騎士side)

    「る、類っ…!?」
    「公爵様っ?!」

    突然目の前で倒れた類を咄嗟に受け止めれば、心配そうに白百合殿が駆け寄ってくる。
    『どうしよう』と困ったように慌てふためく白百合殿は、大層困惑している様だ。その気持ちが痛い程分かってしまうので、「大丈夫ですよ」ととりあえず白百合殿に声をかける。
    見たところ、類はただ気を失っているだけのようだ。体調が悪いわけでもないのだろう。本人は体調不良だと思っている様だが、先程から類の様子を見ていればそうでは無いことくらい分かる。原因は、白百合殿だろう。

    (まさか、ここまで分かりやすいとは…)

    普段オレ以外の前では表情なんてほとんど変えない類が、ここまであからさまに動揺している。顔を赤くさせ、日頃のハキハキとした物言いはどこへやらの小心者っぷり。加えて、白百合殿の笑顔を見て気を失うとは…。我が主君ながら なんとも情けない。
    好いた相手に心配をかけるなんて、最もしてはならない行為だろうに。そんな風にぼんやりと思いながら、ちら、と隣に視線を向ける。おろおろとする白百合殿は、確かに綺麗な容姿をしていた。まだ幼いが故か、背はオレの肩程しかない。それでいて、陽に当たっていないのか雪の様に真っ白な肌と、大きな瞳をしていて、長い髪は綺麗に結えられている。 ブラン領の白百合姫と呼ばれるのも頷ける綺麗な人だ。

    (だが、残念な事に類は盛大な勘違いをしているんだよな……)

    この部屋に来る前に、白百合殿を見て『御令嬢』と類が言っていたが、白百合殿は男だ。ブラン辺境伯爵領の御令息であり、次期ブラン辺境伯爵という事になる。確かブラン辺境伯は白百合殿以外に御子息はいなかったはずだからな。類はノワール公爵という地位にいるから、他領を引き継ぐのは無理だ。だから本来ブラン辺境伯の御子息が此度の招待を引き受ける理由は無いはずなのだが…。単に花体質として交渉にでも来たのだろうか。

    「申し訳ございません。主君は日々の業務で疲れていたようです」
    「ぃ、いえ…、オレの方こそお引き止めしてしまい、すみませんでした…!」
    「明日、必ず謝罪しに主君ともう一度こちらに伺いたいと思います」

    気絶したまま動かない類を肩に担ぎ、白百合殿に頭を下げる。まだどこか心配そうな白百合殿は、ちらちらと類を見ては顔色を暗くさせていた。本当に、うちの主君が申し訳ない。
    「今すぐにでも主治医を呼びましょうか?」と声をかけてくれた白百合殿の申し出は丁寧にお断りし、「また明日に」ともう一度告げて部屋を出た。心配してくださる白百合殿には悪いが、医者にこの状態の類を診せるのは忍びない。ただ白百合殿の美しさに充てられて倒れたなどと情けない理由を知られてしまえば、二度と自室から出られなくなるだろうからな。今は、類もそっとしておいてほしいだろう。

    (しかし、今回は旦那様の思惑が上手くいってしまったな…)

    まさか類が他人に興味を持つとは。それも、希少な花体質であり、花食みである類の対になりえそうな花生みの御令息とは。花体質であれば、同性だという問題は無いに等しいからな。後は本人達の気持ち次第だ。
    主君に春が来たのは喜ばしいが、先程のやり取りを見てしまっては先が思いやられる。何よりまず第一に、類には白百合殿が『御令息』だと教えねばならんな。間違っても白百合殿を前にして『御令嬢』などと口走らぬ為に。

    (……そういえば、白百合殿には主治医が付いているのか…)

    ブラン辺境伯領からはそれなりに距離のあるノワール領までわざわざ連れてくる専属医とは、余程腕が良いのだろうな。今回は断ったが、いつか類を診てもらうのもいいかもしれん。我が主君は自分の中の変化を“病気”だと思っているしな。
    ぼんやりとそんな事を思いながら、全く起きる気配のない類を担いで、足早に屋敷に戻った。


    (白百合side)

    「あれ、白百合様。誰か来ていたのですか?」
    「おぉ、ルイ! 帰ったのか!」

    おかえり、と扉から入ってきたルイに顔を向ければ、ルイは室内をキョロキョロと見回してからもう一度首を傾げた。どうやら先程まで来客があったのだと気付いたようだ。魔力の残滓と言ったか? ルイはそれが分かるらしい。本当に凄いやつだ。

    「公爵様が来てくださっていたんだ」
    「そうなのですか? それは帰りが遅くなってすみません」
    「明日も来てくださるそうだから、明日は部屋にいてくれ」
    「かしこまりました」

    庭で花を詰んでくれたのだろう。手に持った花を花瓶に差し、ルイは指をゆっくりと振った。ちょろろ、と宙で湧くお水が花瓶の中へ入っていくのを見ながら、オレは小さく溜息を吐く。それを見たルイは、不思議そうにオレの方へ顔を向けた。
    「どうかしましたか?」と問いかけてくるルイに、オレは先程のことをぼんやりと思い返す。

    「実は、公爵様に挨拶は出来たのだが、何故かオレの顔を見て公爵様が倒れたんだ」
    「それは なんとも失礼な人ですね」
    「もしやオレは、公爵様に嫌われているのだろうか…」

    オレを見た公爵様は、すぐに ふらっ、と気を失ってしまわれた。顔色は赤く、体調も優れない様子だったが、倒れる程オレと顔を合わせるのが辛かったのだろうか? 確かに、ルイが謁見の申し出をしても何度か断られてしまっていた。つまり、オレと会いたくなかったのだろうか。それでも無理して今日は顔合わせの機会をくれたが、耐え切れずに…。
    まぁ、確かに、いくら花生み体質と言えど、男のオレが公爵様の伴侶探しにのこのこ来れば、嫌悪感を抱かれてもおかしくは無いだろう。他の領からは綺麗な御令嬢方が来ているだろうし、やはり早々に帰宅する準備をせねばならなそうだな。
    花生み体質の者ならオレ以外にもいるのだから、公爵様が態々男のオレを選ぶ理由もない。オレの体を心配するルイは怒るかもしれんが、致し方あるまい。
    ブートニエールの契約は、そうほいほいと決めるものでも無いしな。

    「白百合様を選ばない者など、見る目がないだけですよ」
    「ルイは大袈裟だなぁ」
    「そんな事よりも、明日は今日以上に着飾って、公爵殿を籠絡しましょうね」
    「何故だ…??」

    にこにこと笑顔のルイに、疑問符が浮かぶ。先程、『嫌われているかもしれない』と言ったばかりなのだが、ルイは聞き間違えたのだろうか。着飾る必要は無いはずなのだが…?
    今回の滞在は、自由に自領へ帰って良いとされている。招待はされたが、この縁談に興味がなければ断ることも出来るのだ。だから、公爵様にその気がないなら、オレも長居するつもりはなかったのだが、如何せん、ルイはこの縁談を纏めるつもりで来ているからなぁ。
    オレの為であると分かってはいるが、その為に公爵様に迷惑はかけられん。この部屋の維持にも少なからず公爵様に負担がかかっているのだからな。

    (そういえば、あまり良く見えなかったが、綺麗な顔をしていたな…)

    帽子を深く被ってはいたが、時折見えた瞳は、月のように綺麗だった。悪い人では無さそうだった。少なくとも、噂で聞くような怖い雰囲気の人でも無いのだろう。もう少し話が出来ればよかったのだが、仕事が忙しく疲れているのだというし、無理強いはできん。明日もあまり長く引き止めては迷惑だろう。ルイを紹介したら、ほんの少し話してすぐに切り上げられるよう会話を終わらせれば良い。
    あまりに早い帰宅はお父様が心配するだろうから、あと数日は置いてもらえると有難いが、公爵様の負担にもなるので出来るだけ早めにお暇しよう。その話も、明日出来れば良いな。



    「………ぉ、はようございます…、公爵様…?」

    目が覚めたら一番に室内のカーテンを開いて陽の光を部屋の中に取り込むのが、ここに来てから毎朝行っている流れだ。陽の光は、花生みにとって食事よりも多くの栄養源となる。と言っても、魔力が殆どないオレにとっては、陽の光を沢山浴びても花を生む際に体調を崩してしまうのだが…。それでも、この部屋は陽の光を多く取り込めるので大変有難い。温かな陽の光をベッドの上で感じながら目を瞑る。それがとても気持ちいい。そのまま暫くベッドの上でゆっくり日光浴をし、その後身支度を整える。食事の後はもう一度硝子越しに陽の光を浴びて、体調が良ければ部屋の周りを軽く散歩する。
    そんな一日の過ごし方は、なんとも贅沢だ。以前までなら、体力が持たず部屋から出る事も中々出来なかったというのに、それが嘘のように調子が良い。
    今日もそんな風に過ごそう。そう思っていた矢先だった。部屋の戸をノックする音がして、慌てて扉を開けば、目の前に見覚えのある人が立っている。

    「……ぉ、…ぉは、よう…」
    「…本日は…、随分とお早いのですね…?」

    ちら、と時計を確認してみるが、まだ朝と呼ぶ時間だ。本日来訪があるとは聞いていたが、いくらなんでも早過ぎる。昨日もいらっしゃったお付きの騎士様の姿も見えんが、何故こんな早い時間に…?
    あまりに驚き過ぎて目を瞬いていれば、公爵様はオレから視線を逸らしたまま、背中に隠していた手をこちらへ差し出してきた。

    「………百合の、花…?」

    黒い手袋をした公爵様の手に、見慣れた形の花が一輪。
    この国の首都であるセントラルリリーを取り囲む六つの領地。六芒星の形にも似たこの国は、百合の形をしている。だからこそ、セントラルリリーを取り囲むように配置された六つの領地には、それぞれ色の名が付けられている。オレの住むブラン辺境伯領は白百合。このノワール公爵領は黒百合と、それぞれ咲いている百合の花の色も領地特有のものだ。
    そして、公爵様が手に持っているのもまた、このノワール領の主花である黒百合だ。

    「…ぁ、…の……、…昨日は、その…ごめんよ……」

    消え入りそうな程小さな声で、公爵様がそう言った。その言葉に、思わず目を瞬く。
    昨日と言うと、突然倒れてしまったことだろうか? 疲れが溜まっていると聞いたが、本当の様だ。こんな朝早くからもう職務の為に身支度を終えているのだから。動き回れる元気な体が羨ましいと同時に、朝からオレを気遣う公爵様の優しさに自然と口元が緩む。

    「お気遣い、ありがとうございます」

    差し出された黒百合を受け取って、深々と頭を下げる。相変わらず視線は合わないが、やはり悪い人ではないようだ。嫌われているかもしれんと思っていたが、もしかしたら、そうでは無いのかもしれない。
    そわそわと視線を彷徨わせる公爵様は、「また、後で…」と聞き取るのもギリギリの小さな声でそう言い、すぐにオレに背を向けてしまった。逃げるように駆け出した後ろ姿に、慌てて手を伸ばす。が、引き止める前に公爵様はお屋敷の方へ行ってしまった。
    その場に残されたオレは公爵様が消えていった森をじっと見つめたが、公爵様が振り返ることはなかった。それでも、朝早くに花を摘んでわざわざ謝罪に来てくれたのだと思うと、嬉しくてつい口元が緩んでしまう。

    「後で、御礼を言わねばならんな」

    貰った黒百合が枯れぬよう、部屋にある花瓶にそれをそっと差した。
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    Replies from the creator

    tyaba122

    DOODLEタイトル決まって無いので、なんて呼ぼう……。
    リリーかな?🖤🤍️✡️⚔️??暗号だな??
    ネーミングセンス無いので、いいタイトルあれば教えてほしい…_:( _ ́ω`):_

    とりあえず、リリーと呼んで決まったらそっちで呼ぼうかな。

    諸注意は前回と一緒です。
    ガーデンバース(騎士side)

    「ツカサくん、なんだか不機嫌だね」
    「そのような事はございません」

    不思議そうにする類は、それ以上何も聞いてこない。きっと、『何かあったのだろう』とそう察しているのだろうな。このように主君に悟らせてしまうのは従者として情けない。情けないが、許してほしい。
    脳裏で藤色のふわふわとしたくせ毛の少年を思い出し、またムカムカとしたものが胸の奥でくすぶり始めた。

    (このオレに対して暇人だと…?! なんたる無礼かっ…!!)

    思い出すだけで腹が立つ。突然目の前から消えた少年は、一体どこの迷子か。
    昼過ぎに警備を兼ねて客人のお部屋の傍を巡回していた時に見つけた幼い子ども。妹の咲希よりも小さい、オレの半分ほどの背丈しかないその子どもは、あろう事か目の前から突然姿を消してしまったんだ。消える直前に言われた『どうやらノワール領の騎士団長殿は大層お暇な御様子で』という言葉を思い返すだけで腹が立つ。魔術師見習いとはいえ、このオレを暇人と愚弄するとは…!
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