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    tyaba122

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    tyaba122

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    case6:落とし穴 2

    次の回で終わりにしたい。
    今回も、ふわ〜っと読み流してください。
    偽名という設定は、正直誰か分からなくなる、と毎回後悔しております_:( _ ́ω`):_

    黒星を追う 6-2〇前回のあらすじ

    Xの罠に嵌められた類と瑞希は無実の罪を着せられ警察に逮捕されてしまった。
    そこへたまたま通りかかった司が、連行される類を見て…。

    ―――

    (寧々side)

    類達が連れて行かれた。
    その事実に、足元から崩れ落ちてしまいそうだった。ぐわんぐわんと頭が揺れて、立つのがやっとだ。今すぐ追いかけたいのに、まだ警察の事情聴取が残っているからそれも叶わない。
    どうすればいいの。このままだと、Xの策略通り、類が犯人にされちゃう。

    「寧々さんっ…!」
    「え、司…?」

    不意に、店内で聞き慣れた声がして顔を上げれば、司がそこにいた。今日はいつもの店にいるはずなのに、なんで司がここにいるの…?
    首を傾げたわたしに、司が駆け寄ってくる。

    「買い出しの途中でここの前の道を通ったら、類さんが出てきて…」

    困惑した様子の司に、わたしはほんの少し俯く。どうやら、連行される類を見ちゃったみたい。それなら、隠す必要はないかな。仕方なく、わたしは司に今起こった事を説明した。前回の爆弾予告を解決した時に、Xからメールが送られてきたこと。そこに、ここへ来いと指示が書いてあったこと。そして、取引を持ち掛けられ、類達が罠にかけられたことも。結果二人が殺人の容疑で連れて行かれたことも。
    そこまで聞いた司は、一瞬表情を曇らせた後、真剣な顔をし始めた。店内を軽く見渡して、「そうか…」と小さく司が呟く。
    そんな司に、わたしが首を傾けると、パッとその顔がこちらへ向けられた。

    「ちなみに、すり替えた封筒の中身は何だったんですか?」
    「え…、あ、そういえば…」

    司に言われて、慌てて鞄の中に入れた封筒を手に取る。こっそり私が預かっていた封筒、この中身を確認してみれば何か打開策が浮かぶかもしれない。
    見つからないよう鞄の中でそっと封筒を開き、中身を確認する。暗くてうまく見えないけど、なにが入っているの…? 紙ではないみたい。小さいモノかな? 軽く封筒を逆さまにして振ってみるけど、何も出てこない。封筒の中に指を入れてみるけど、やっぱり紙やメモみたいなものは無かった。メモリーカードの様なものも無い。
    というか、何も入ってないじゃない。

    「無いッ…! なんで…?!」
    「……もしかして、最初から入って無かった、とか…?」
    「ッ…!」

    わたしの言葉を聞いて、司がそうボソッと呟いた。その司の言葉にハッと気づいてしまう。
    最初から、ヒントを渡すつもりなんてなかったんだ。もしかしたら、あの二人がこっそり持っている可能性もまだある。でも、もし最初から入ってなかったとしたら? もし、今回の騒動も、類に濡れ衣を着せるための罠だったとしたら…。あの二人もXとグルになって、わたしたちを騙してたら…。
    そんな考えが頭を過って、むかむかとしたものがお腹の奥から込み上げてくる。

    「やられたッ…」
    「…もしそうなら、あの二人は最初から中身がない事を知っていて、類さんに取引を持ち掛けたということですよね?」
    「……類が取引に応じても応じなくても、Xの情報を渡す気は無かったってことね」
    「もしくは、まだあの二人が持っているか…」

    ふむ、と口元に手を当てて考える素振りをする司の言葉に、その可能性も少なからずあるのだと気付かされた。でも、封筒の中から出してこっそり持っているとしたら、その理由は一つしかない。“類がその封筒を盗む”と予見しての行動ということになる。じゃないと、そんなことをするメリットが二人にはない。Xの情報を類より先に手に入れたとしても、一般人にとってそんなものなんの価値もない。それなら、考えられるのは、類に何かしらの恨みを持っていて、それを晴らすために…。

    (ってことは、もしかして、過去に類が関わった事件の関係者とか…?)

    ちらっと風間さんの方を見てみるけど、パッと見ただけでは見覚えがあるかなんてすぐには思い出せない。それに、類とは長い事海外にいたのに、そんな都合よく会う事なんてあるのかな。でも、他にこんな事をする動機も思いつかない。

    「寧々さん、聞いてもいいですか?」
    「え…、えぇ……」
    「あの人たちの持ち物は、警察の人達も確認をしているんですよね?」
    「うん。類の荷物と、あの風間って人の荷物も確認してたはず…」

    口元に手を当て、「ふむ」と小さく呟いた司は、類達が座っていた席をまじまじと見始めた。「ちなみに、あの人の荷物には、なにが入ってましたか?」と司に問いかけられ、わたしは慌ててさっき盗み見た荷物の中身を思い出した。
    確か、書類が挟まったクリアファイルとノート、筆記具、ボイスレコーダ―とか、スマホに財布。特に怪しいものは無かった。USBみたいな封筒の中に入りそうな小さい物も見ていない。
    思い出せるだけのことを司に伝えれば、司はまた考える様に真剣な表情で風間さんの方を見ている。

    「それなら、亡くなった瀬田さんの荷物はどうでした?」
    「そっちも殆ど風間さんと変わらなかったと思う。瀬田さんの荷物にボイスレコーダーは無かったけど、代わりに小さめのジップロックの袋が入ってたかな」
    「…ジップロック……」

    わたしの言葉に、司がぽつりとそう繰り返す。ジップロックと言っても、中身は何も入っていなかったはずだ。それに、本当に小さいサイズのジップロックで、スマホも入らないサイズ。USBとかが入っていれば、きっとそれが封筒の中身なんだと思うけど、何も入ってなきゃ意味がない。でも、このままだと類が犯人ってことで話がどんどん進んじゃう。
    かといって、今から類の無実を証明するために犯人を捜すにしても、犯人の手掛かりが無さ過ぎて…。

    「寧々さん」
    「ぇ…」

    とんとん、と肩を叩かれ、慌てて顔を上げる。と、わたしの隣にいる司が真剣な顔でわたしを真っすぐ見ていた。

    「少し、行ってきますね」
    「…え、ちょっと…!」

    そう言って、安心させるかのようにふわりと笑って見せてから、あいつは風間さんと話している警察の方へ向かっていった。

     *

    「はぁ? 探偵だ?」
    「はい! ですので、オレにも事件のお話を少し聞かせてください!」

    にこ、と司が笑って見せれば、警察の一人が溜息を吐いた。周りの警官から長谷川警部と呼ばれるその男は、頭を片手でガシガシと掻くと、面倒そうに顔を顰める。

    「あのなぁ、犯人はさっき連行された男で…」
    「ですが、物証は見つかっていないんですよね? 窃盗の疑いもあると聞きましたが、そもそも封筒の中身を持ち主であるそちらの方は把握していないということは、先程連行された容疑者が本当に盗んだかも怪しい」
    「なら、中身はどこに消えたってんだ?」
    「もし、封筒の中に最初から何も無かったとしたら、どうでしょう?」

    淡々と、司はつっかえることなくはっきりと言い切った。その言葉に、先程までにこにことしていた風間がバンッ、と大きな音を立てて、机に手をついた。

    「何をッ…!」

    そう大きな声で反論しようとする風間をちらりと見て、司はにこりといつもの様に笑う。「もしもの話です」そう言いながらも、その言葉と表情には多少なりとも圧を感じる。風間はそんな司に一瞬怯み、言葉を飲み込んだ。
    周りでそれを聞いていた警察官たちも、「確かに…」と小さく零し始めた。店内がざわりと騒がしくなり、そんな様子を見ていた寧々は祈るように白い手で胸元を掴んだ。

    「先程連行されたカイさんの手荷物に、毒物を入れていた入れ物はありましたか?」
    「い、いや…まだ見つかっていないが…」
    「他人に飲ませるために用意した毒物を生身で持ち歩く人なんていませんよね? となれば、真犯人の荷物の中に入っているのか、はたまた、店内のごみ箱とかにあるか…」
    「店内に毒物を入れられるような容器は見つからなかった。他の客の荷物までは確認をしていないが、仮に他の客だとしても、被害者の飲み物に毒物を入れるのは難しいだろ」

    司の言葉に答えるように警部が補足する。店内のごみ箱からは容器の様なものは見つかっていない。怪しいと思われるものも。トイレに流したという可能性も残っているが、三人の所持品に容器を細かくするような道具も見つかっていない。
    被害者である瀬田と風間は隣に、二人の向かい側には類が座っていた。二人が席を立った時間が少なからずあったが、その時瀬田のカップに毒物を入れる者がいれば、類が見ているはずだ。そして、その時席の側を通ったのは瑞希だけとなる。だから警察は類と瑞希が共犯であると判断して連行した。が、勿論瑞希の荷物からも毒物を入れられるような容器はまだ発見されていない。

    「一つ確認したいのですが、被害者の荷物に何も入っていないジップロックの袋があったそうですね」
    「あ、あぁ…」
    「その袋から毒物反応はありましたか?」
    「え」

    司の言葉に、警察たちから驚きの声が上がる。急いで鑑識に回せ、と警部の声にバタバタと店内が騒がしくなった。そんな警察の様子を見ながら、司は店内をきょろきょろと見回し、「この店、監視カメラがありますね」と口にする。
    店内の入口側に設置されたカメラは、類達の席からかなり離れてしまっていた。司がカメラの方を見ているのに気付いた警部は、「カメラには毒物を入れる様子は見られなかったぞ」と司に返した。防犯カメラには、毒物を入れるような怪しい動きをする者の姿は見られない。といっても、席が離れすぎているため、座っている三人の手元もあまりよく映ってはいなかった。二人が席を立った後、類が大きく動いている様子も見られない。その時、三人の席のすぐ近くの通路を通る瑞希の姿を見て、司は ちら、と寧々に顔を向けた。困ったような、それでいて、どこか楽しそうな表情を寧々に向けた司は、口元に手を当てると、声に出さず口をパクパクと動かす。それを見た寧々は、一瞬驚いた表情をしつつも、どこか気が抜けたように肩を落として眉尻を下げ笑った。

    『類さん達、すごいですね』

    司の言葉を、寧々は口の動きだけでしっかりと読み取ったのだ。それとなく封筒をすり替えた類と瑞希のやり取りをあの映像を見て気付き、嬉しそうにそう報告してくる。そんな司に、寧々はほんの少し不安が和らいだ気がした。
    特に怪しい様子のないカメラの映像を見て、警部は司の方に顔を向けた。「どうだ」と小さく問いかけた警部に、司は口元に手を当ててじっと画面を見つめる。
    と、そこへ鑑識の男性が慌てたように声をかけて来た。

    「ジップロックの内側に、微かに毒物反応が出ましたッ…!」
    「なんだと…!?」
    「その袋に指紋は付いてますか?」
    「指紋は、被害者のものしか…」

    毒物も被害者が飲んだものと一致した。そう言った鑑識の言葉に、警部が低い唸り声を発する。
    「何故、毒の入っていた袋が被害者の鞄の中に…?」そう頭を悩ます警部を横目に、司は口元へ手を当てた。被害者の指紋が付いた、毒物を入れていたとされる袋。それが被害者の荷物から出て来た。となれば、考えられる仮説がある。真剣な顔で考えをまとめようとする司の耳に、大きな声が聞こえて来た。

    「あの男が、その袋を瀬田の荷物に入れたんだッ!」

    店内に響く程の大きな声に、警察官たちが一斉に顔を上げた。怖い顔で司を睨む風間は、わかりやすく肩を上下させ興奮している。そんな風間に、警部が「落ち着きなさい」と声をかけた。
    (そういうこと…)と寧々は心の中で納得する。突然取り乱した風間の様子に、寧々は犯人が風間なのだと目星をつけた。類に自分の罪を被せて罠に落とした真犯人。けれど、風間には犯行ができない。風間が毒を入れていないと他でもない類が証言してしまっている。二人の向かいの席に座り、ずっと二人の様子を見ていた類に気付かれないように毒を入れるのは難しいだろう。相手が一般人ならまだしも、類は犯罪者を専門とする特殊捜査官だ。この二人に対しては特に気を張っていたのだから尚の事だろう。封筒をすり替えて気が緩んだとしてもだ。
    物証がなければ逮捕はできない。寧々は少し離れた場所から風間を睨むように見ながら、何か証拠になるものはないかと集中し始める。そんな寧々をちらりと見てから、司は警部の方へ一歩近付いた。

    「すみません。被害者の荷物を見せていただけますか?」
    「え、あぁ…」

    机上に置かれた被害者の荷物を軽く見回し、司は警察官から手袋を借りると荷物に手を伸ばした。鞄を持ち上げて、裏返したり逆さにしたり、チャックを閉めて、開けてと一通り確認すると、「この鞄は事件当時チャックは閉まってましたか?」と警察に問いかける。その問いに、警部は「しっかりと閉まっていた」と返した。それを聞き司は、今度は風間の方に向き直る。

    「この鞄はどこに置いてあったんですか?」
    「…瀬田が自分の隣に置いてたよ」
    「ということは、椅子の上ですよね?」
    「あぁ」

    ソファー席に座る被害者の体の横に置いてあったことを確認後、司は徐に机の上に出された被害者の所持品を手に取った。クリアファイルに入った何枚もの紙の束をパラパラと軽く見てから机の上に戻し、「成程…」と小さく口にする。
    それを聞いた警部と風間が、司の方に顔を向けた。

    「先程見た映像でもわかる通り、カイさんはこちら側の席には近付いていません」

    店内のカメラには、事件発生時の映像も残っている。細かく見る事はできないが、おおまかな動きは映っていた。苦しむ被害者がテーブルの上に突っ伏すようにして倒れた姿もはっきりと映っていた。そして、類は向かい側の席から被害者の生存確認を行っていた。被害者と風間が座っていた向かい側に類が近付く様子は一切映ってはいなかった。

    「仮にカイさんが犯人だとすれば、あの混乱に乗じて毒物の入った袋を被害者の鞄の中に入れた事になります。ですが、向かい側に座っていたカイさんが、手を伸ばしても届かない向かいの席の更に椅子の上に置いてあった鞄に袋を入れるのは不可能です」
    「だ、だが、倒れる前にこっそり入れたかもしれないだろ」
    「お二人が席を立った時も、カイさんがそんな素振りをした様子は見られません。それに、短時間で他人の鞄に袋を忍ばせるとして、丁寧にチャックを開け閉めするなんて見つかるリスクの高い行動は避けるでしょう」
    「確かに…」

    司の言葉に、警部が納得した様に頷いた。
    類が鞄に触る為には、席を立つか、机から身を乗り出して手をのばさなければならない。そんな素振りは見られないし、仮にそんな行動をとれば周りに怪しまれるか、二人に気付かれるだろう。
    「だけど…」とまだ食い下がろうとする風間に、司がジップロックの入れ物に目を向けた。

    「それに、あの袋にはカイさんの指紋はありませんでした。この場で入れたとして、お二人がいつ戻るかもわからないのに指紋を綺麗に拭き取る余裕があるとも思えません」
    「手袋をしていれば問題ないだろ」
    「カイさんが普段使っている革の手袋では、ジップロックを開け閉めするには不向きだと思いますよ。開けるのに手間取ればそれだけバレるリスクも高くなりますし、万が一溢してしまった際に物的証拠になりかねません」
    「それを言うなら、私にも無理ですよ。手袋なんて持ってませんし、そんなことをすれば白海さんに見つかりますからね…!」

    司の言葉に、風間が自信満々にそう返した。
    それを聞いた司は、「そうですね」と特に動揺する様子もなく頷いた。ざわっ、と店内にいる他の客が小声で話し始め、ほんの少し騒がしくなる。類と風間は犯人では無いと、そう司は言った様なものだ。そうなれば、他の誰かが犯人と言うことになってしまう。自分達が疑われるかもしれないと、周りが不安そうに司達の方へ顔を向けた。

    「それなら、あの共犯者が怪しいですよ。あの女性が袋を鞄にこっそりしまって…」
    「一瞬席のそばを通っただけなら、尚更犯行は出来ませんよ。鞄の開け閉めにはそれなりに時間が必要ですから」
    「それなら、誰が入れたって言うんだよっ!? 他にそんな事出来るやつなんて…」
    「いるじゃないですか」

    焦ったように声を大きくさせてそう司に問う風間に、司はきょとん、と目を丸くさせる。
    その瞬間、シン、と店内が静まり返った。驚いたように目を丸くさせて、周りの客が全員息を止めて司を注視する。警察官たちも、司の方を見てそっと口を閉じた。

    「いるって……」
    「一人だけ、いるんですよ」

    焦らすように、司がそこで口を閉じる。そんな司に、風間は一瞬視線を泳がせて、もう一度司へ視線を戻した。
    「誰なんだ、それは…」そう問いかけた警部に、司は静かに口を開いた。

    「被害者の瀬田さんですよ」

    その瞬間、その場の全員が目を丸くさせて言葉を失う。
    被害者とは、毒物を飲んで苦しみながら死んだ瀬田の事だ。

    「自分で自分に毒を盛ったというのか?!」
    「そうです。トイレから戻ってきた瀬田さんは、自ら自分の飲み物に毒物を入れ、その袋を鞄にしまったんです」

    はっきりとそう言い切った司に、風間は一瞬口を閉じ、拳を強く握りしめた。
    誰もが言葉を失う程驚愕する中、警部が司に顔を向ける。「どういうことかな?」という問いに、司は机の上のカップに目を向けた。

    「自分の飲み物に何かを入れたとしても、他人からしたらあまり気になりません。最初からそのつもりで、瀬田さんは毒物を持っていたのではないでしょうか」
    「なら、瀬田は自殺する為に毒物を持って来たってのか?!」
    「飲み物に毒物を入れたのは瀬田さんですが、彼が自ら自殺したとは考えにくいと思います。この場に遺書があるわけではありませんから」

    淡々と、司は風間の問いに答え、自分の考えを口にしていく。
    第一に、自殺をする動機が分からない。被害者が何かに悩んでいるといった話が浮上しているわけではない。仮に悩みがあったとして、自殺する場に遺書が無いのは不自然だと言うこと。態々毒物を持ち歩き、この場で自ら飲んで死んだ人間が遺書を用意していないのは考えにくい、と。

    「そこで別の仮説を立てるとして、もし鞄の中に遺書があれば警察は真っ先に自殺を疑うと思います」
    「…まぁ、そうなるな」
    「ですが、その遺書が無かった事で今回カイさんが犯人ではないかと疑われました。それこそ、真犯人の狙いだったんです」
    「………真犯人の、狙い…?」

    警部の言葉に、司が力強く頷いて返す。
    遺書が無いことで殺人の線が残り、更に状況的に犯行が可能な人物として類が犯人候補に浮上した。それこそが、真犯人の目論見だったのだと、司が説明する。

    「おそらく、被害者と真犯人は元々共犯関係にあり、本来は毒物では無いものか、もしくは致死量に満たないモノを用意する事になっていたんだと思います」
    「だが、それなら何故被害者は死んだんだ…?」
    「共犯者に裏切られたんでしょう。毒物を用意したのはその人で、仲間を信じて自ら毒物を飲み物へ入れ、被害者は亡くなってしまったんだと思います」

    司の言葉に、周りがざわりと騒がしくなる。警察も信じきれていない様で、眉間に皺を寄せて顔を顰めていた。そんな警察を横目に、司はちらりと風間の顔を見る。彼は、険しい表情で司を睨んでいた。
    明らかに動揺している様子の風間に、司はまっすぐ彼の方へ体を向け口を開く。

    「そうですよね、風間さん」
    「っ…、」
    「カイさんを殺人犯に仕立て上げ、被害者に毒を飲ませた犯人は、貴方だ」

    臆することなく言い切った司に、風間が一歩後退る。けれど、すぐに表情を取り繕うと、「何処に証拠があるんだ?」と口角を上げてそう問いかけた。
    そんな風間の問いに、司は机の上のクリアファイルに手を伸ばす。

    「その前に、動機からハッキリさせましょうか。お二人は、雑誌に載せるネタが欲しかった、そうですよね?」
    「はぁ…? そんなもん雑誌記者なら当たり前で……」
    「そこで、お二人はカイさんに今回の犯行の罪を着せ、それをネタに雑誌に掲載させるつもりだった。【現役刑事がカフェで記者を毒殺】、という見出しで」
    「っ……!」

    店内にいるほかの客が、驚いて一歩下がる。
    信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いて驚愕を顕にする風間に、司は手に取ったクリアファイルから紙を抜き出した。
    それは、Wordで作っただろう文字がびっしりと書き込まれたものだった。横向きの紙に縦書きで文字が敷き詰められたようなそれに、店内の客達が首を捻る。

    「被害者の所持品にあるこの書類の中に、ご丁寧にも次回掲載予定の記事が既にご用意されていたようですね」
    「なっ…?!」
    「どうやら、被害者はとても仕事が出来る方のようですね。【窃盗及び殺人未遂の罪で警察官が逮捕】、と記載されています」

    司がにこりと笑顔を向けると、風間の顔色がサッと青ざめていく。
    その記事には、今回の事件に酷似した内容が記載されている。ただ一つ、【殺人事件】が【殺人未遂】と記事の中ではそこだけが今の状況とは違う。毒物を飲まされた被害者は病院に搬送され意識不明の重体、という一文を見ても、当初の計画が司の予想通りであると裏付けている。

    「この記事の通りなら、被害者が死ぬはずはなかった。本来はこちらの記事通り病院に搬送はされても特に命に別状はなかった。という事になるはずだった。けれど、状況が変わった。つまり、この事を事前に知れて、尚且つ利用出来る貴方なら今回の犯行が可能になります」
    「だから、証拠はあるのかって言ってんだっ!!」

    バンッ、と大きな音を立てて風間が机を叩いた。その音に、周りにいた客が体を強ばらせる。はらはらとした気持ちで司を見守る寧々は、心配そうな顔で両手を握り締める。証拠が無ければ逮捕は出来ない。司がこの店に来てからそんなに時間も経っていないのに、証拠なんて見つけられたのだろうか。そう不安そうに司を見る寧々は、今にも加勢したい気持ちをぐっと飲み込んだ。
    そんな寧々の心配とは裏腹に、淡々と話していた司は一拍置いてからにこりと笑顔を作る。白い手を前に出し、風間の方へ掌を向けた。

    「すみませんが、スマホの着信履歴を見せて頂けますか?」
    「……は…?」
    「被害者がトイレの為に席を立ったすぐ後でかかってきた電話の相手を知りたいんです」
    「そ、そんなの、職場の上司からで……」

    司の要求に、目に見えて風間が狼狽えだす。そばでその様子を見ていた警察官たちも、司の意図を察したようだった。すぐに被害者のスマホを遺留品の中から手に取り、発信履歴を調べていく。最後にかけただろう番号に警察が発信ボタンを押すと、店内に軽快な着信音が鳴り響いた。
    風間の表情が、一瞬で凍り付く。

    「通話時間は、丁度被害者がトイレに入った時のようですね。態々トイレに立っただけの同伴者とこのタイミングで電話するなんて、普通はしませんよ」
    「っ…」
    「つまり、最初から今回の事件は、カイさんに疑いの目を向ける為にお二人が予め仕組んだ計画だった。そしてその計画を利用して貴方が被害者を殺害したんだ」
    「ふ、封筒の中身はどうなるんだっ…?! あの刑事が中身を盗んだのは事実だろうがっ!」

    司の追求に、風間が突然声を荒らげてそう言った。殺人に関して否定する事を忘れているのか、はたまた気が動転していたのか。スマホの着信音は止まり、店内にいる客達の声が次第に騒がしくなっていく。
    『言い返せないだろう』と言いたげな風間に、司はそっと首を横へ倒した。

    「最初から入ってなかったのではないですか?」
    「っ、なにを……!?」
    「中身のない封筒を確認しても、当然中身はありません。それを“盗まれた”と証言するだけなら簡単です」
    「言いがかりだっ! 中身が無かったなんて、証明できるのか?!」

    最初の丁寧な口調を忘れて、声を荒げる風間に、司は首を横へ振った。“最初から何も入っていない封筒”について証明することは出来ない。
    けれど、それは逆も然り、だ。

    「なら、貴方は“封筒の中身が最初から入っていた”と、証明出来ますか?」
    「っ……、それは…確かにここへ来る前は中に…」
    「“封筒の中”を確認したのでしたら、何が入っていたかを言えるはずです。けれど、貴方は“中身が何かは知らない”と証言している。つまり封筒の中を確認していないと言うことだ。“何が入っていたか”を確認していなければ、“入っていた”かどうかも分かりませんよね」

    そうハッキリ言い切った司に、風間が言葉を失ってその場に崩れた。警察官が風間の元へ近付き、その手に手錠をかける。
    その瞬間、わっ、と店内にいた他の客が歓声を上げた。「いいぞー!」や、「かっこいい!」といった賞賛の声に、司が気恥しそうにはにかむ。それを見た寧々は、不安そうにしていた表情を和らげ、ホッと胸を撫で下ろした。
    司の推理を聞いていた警部は司を褒め、その頭をわしわしと撫でる。すぐに警察署に連れて行かれた類と瑞希に関しても話を通しておく、と司に約束をして、彼は店を出ていった。
    寧々の方へ駆け寄った司は、類達が無事に帰ってくる旨を寧々に伝える。

    「良かったですね」
    「…ありがとう、司」
    「オレも、類さんには以前助けて頂いたので…!」

    へら、と表情を緩ませて、司が嬉しそうに笑う。そんな司に、寧々もいつもより柔らかい表情を向けた。
    その数十分後、類から寧々のスマホに連絡が入った。瑞希と二人でこれから帰る、という連絡に、寧々は少し怒った声で「気を付けなさいって言ったでしょ」とお小言を返した。そんな寧々に小さく謝罪をし、類は『司くんはそこにいるのかい?』と問いかける。と、寧々はそっと溜息を吐いて首を横へ振った。

    「司なら、買い出しの途中だったのを忘れてたって、慌てて出ていったわよ」
    『そう。それなら、後で御礼をしにお店に行かないとね』
    「ついでに、お菓子でも持っていきなさいよ。司がいなかったら、二人とも刑務所行きだったんだから」

    『分かっているよ』と、類は短く呟いて通話を切ってしまう。そんな類に、寧々はスマホ画面を睨んでから深く溜息を吐いた。

    「ほんと、分かってんのかな、あいつ…」

    そう呟いた寧々の声は、そっと消えていく。
    明日、今回事件を起こした記者の身辺を調べて、Xと関わりがあるかを調査することになるのだろう。もし関わりがあれば、何かしらの進展となる。Xを逮捕することが出来れば、類達はまた日本を出ることになる。そうなれば、せっかく仲良くなった司と離れる事になるだろう。

    「……へたれなんだから」

    ボソッと呟いた寧々の言葉は、誰にも聞かれることはなかった。



    この後、犯人である風間の家からXと取り引きしただろう犯行指示書が見つかり、あっという間に夜はふけていった。
    そしてその翌日、類達がいつもの様に喫茶店に行くと、そこには司の妹である咲希と冬弥がおり、司が買い出しに行ったきり帰ってきていないのだと言われた。
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