赤司達にとって黛千尋はかけがいのない存在だ。白く透き通った柔肌はつやつやでふにふにで、青灰色の髪もサラサラとして触り心地が良い。髪と同じ色のくりくりとした瞳に見つめられたらなんだって捧げたくなるだろう。全体的に色素の薄い彼には純潔さと清楚さが感じられた
それに性格も素直ではないところが可愛い。照れた時に見せる笑顔は特に最高なのだ。恥ずかしがってすぐに顔を逸らしてしまうところもまたいじらしい。
「千尋、結婚しよう」
「いいえ千尋さん、オレと結婚しましょう 」
二人の青年が小学生低学年ほどの幼い少年に膝をつき求婚している光景はなかなかシュールである。しかし当の本人は全く気にしておらず、むしろ呆れたような表情を浮かべていた。
「できるわけないだろ。ほんと赤司ってバカだよな」
「そんなことないよ」
「千尋さんはどうしてオレ達と結婚できないと思うんですか?」
黛は兄の方の赤司の言葉にふふんと鼻を鳴らす。
「男同士は結婚できないんだぞ! ほーりつできまってるんだ」
「それなら大丈夫だよ。僕が法律を変えるから」
「これで結婚できますね」
「そっかー。じゃあいいか!」
無邪気な子供のように笑う黛の頭を撫でてやる。黛は気持ち良さそうに目を細めた後、「あっそうだ」と思い出したように呟いた。
「でもな……オレな……二人共すき……」
もじもじと言いづらそうにする黛はとても可愛かった。赤司達はお互いの顔を見合わせると口角を上げる。
「大丈夫ですよ黛さん。オレも同じ気持ちですから」
「うんっ、みんなだいすき!!」
満面の笑みでそう言った黛を抱き締めると二人は同時に唇を重ねた。
***
それから数年後、赤司はたしかに法律を変えてみせた。同性婚が認められるようになったのだ。そしてそれが報道されたその日にまずは赤司弟が黛のもとを訪れた。
「千尋、僕と結婚してください」
スーツに身を包んだ赤司弟はバラの花束を差し出し、優雅に一礼する。あまりに絵になりすぎる姿に黛は思わず見惚れてしまった。
「ずっとお前だけを愛すると誓うよ」
「赤司……」
口元を抑えて潤んだ目で自分を見る黛の姿に赤司の心拍数は上がるばかりだ。
「だから僕の愛を受け入れてくれるかい?」
「お断ります」
「……ん? なんて?」
一瞬聞き間違いかと思ったがやはりそうではなかったようだ。目の前にいる人物ははっきりと拒絶の意を示した。
「千尋、もう一度言ってもらってもいいかい?」
「お断ります」
「何故!?」
まさか断られるなどとは微塵も思ってはいなかったためショックが大きい。
「お前が約束を守ってないからだよ」
美しく微笑んだ黛は呆然とする赤司弟を無理矢理追い出して扉の鍵をかけた。
次にやって来たのは兄の方だった。彼は真剣な面持ちで黛の前に立つとポケットの中から小さな箱を取り出した。中には指輪が入っているようで、シンプルなデザインだがよく見ると細かい装飾が施されていることがわかる。
「千尋さん、オレと結婚して下さい」
「赤司……」
黛は胸元を抑えたまま苦しげに眉根を寄せた。その様子を見た赤司は焦燥感に襲われる。何か彼の心を傷付けることを言ってしまっただろうか、自分は一体どうすればいいのかと頭の中でぐるぐると考えるが答えは出ない。すると不意に黛の手が伸びてきて自分の頬に触れた。
「ありがとう、すごくうれしい」
泣きそうな表情で幸せそうに微笑む黛をみて赤司はほっと息をついた。
「それじゃあ千尋さん……」
「でもお断ります」
「千尋さん!?」
黛はすんっと無表情になるとそのまま扉の向こう側へ行ってしまう。赤司は絶望した様子でその場に崩れ落ちた。
こうして赤司兄弟はことごとく玉砕していった。しかし諦める二人ではなく、それからも何度も何度も趣向を変えて黛にプロポーズをしたがその全てが玉砕した。黛は理由を問われれば「約束が守られていないから」とだけ答えて赤司達を追い返す。
「僕たちが千尋との約束を忘れているというのか?」
「千尋さんと過ごした日々はどんなことだって覚えてるさ」
黛が赤司達を愛してくれていることは間違いない。約束さえ果たされれば赤司たちを受け入れてくれるはずなのだ。黛以外の相手など考えたこともない、ならば約束を果たさねばならないだろう。赤司達は今までで一番必死になって考えた。
「……そういえば千尋は以前『三人で暮らしたい』と言っていたね」
「確かに……」
ハッとしたように目を瞬かせた赤司弟を見て兄も閃く。そして二人揃ってバタバタと部屋を飛び出た。花束も指輪もスーツもない普段着のまま黛の元へ走る。
「千尋!」
「千尋さん!」
汗だくで訪れた二人に黛は首を傾げる。黛はつも通りのラフな格好をしているだけだというのに不思議と色香を感じてしまう、やはり彼でないとだめだと二人は思わずにはいられない。黛はソファに座っていたため自然と見上げる形になるのだが、上目遣いの破壊力は凄まじかった。
「どうかしたのか?」
「一緒に暮らそう」
「……あ」
「三人で結婚しましょう」
赤司兄弟が揃って膝をついて黛の手を握ると、彼の美しい青灰色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。それは悲しみや苦しみといった感情によるものではなく、喜びによるものだということはすぐにわかった。
「はい……よろしくお願いします……」
「ああ、これからはずっと一緒だ」
「愛してますよ千尋さん」
こうして約束は果たされたかのように思えたが、これから赤司達は三人で結婚するためにまた法律の改正へ奮闘することになるのであった。