覆水盆に返らず「なあ、ヌヴィレットさん。本当にあんた入らなくて良いのかい?」
リオセスリの声が湯船の波音と共に部屋に響く。
ここは稲妻の城下町に店棚を構える秋沙温泉。ヌヴィレットとリオセスリは稲妻来訪の折、旅人からの計らいで数ある温泉のうち、室内風呂を一つ貸し切りにしてもらった。
部屋には広めの湯船が一つと、その脇には湯上がり後のちょっとした休憩場所が設けられている。現在夜の九時をちょっと過ぎたところ、リオセスリは湯船に胸元まで浸かり、湯舟の淵に腕を乗せながら、背後の壁際に座るヌヴィレットに声をかけた。
「俺ばかり心地よくなっていてなんだか申し訳ない気もするが、本当に入らなくて良いのかい?」
「うむ、先ほどの入浴でかなり温まったからな。それに少々湯には当てられやすい事も…分かったからな、今回は遠慮しておこう。」
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