綺麗な薔薇には棘がある少女は戦慄していた。
見てしまったのである。意中の人物があの忌々しい根倉アホ毛と親しげに校舎裏へ向かう様子を。
青天の霹靂のような衝撃にやられ、全く働くことをしなくなった頭とは裏腹に、その足は早々と彼らを追っていく。
先ほどまで整えていた制服の裾やタイツの癖などは今では気にも留めず、ただただ目の前の影を追いかけることに必死になっていた。
嘘だよね?
想定し得る最悪の状況を思料しつつも、聞こえてきた会話は彼女の思考の斜め上をいくような内容であった。
「君は超能力というものを信じている?」
根暗アホ毛の方が突拍子もないことを言い出した。斜め上どころか頭がおかしい奴の発言ではないかと思ったが,,,。
「僕はね,未来が見えるんだ。君に危機が迫っている。」
未来だと?それよりも自分の意中の人に危機が迫っていることに驚嘆した。危機とは何か,,,。もしかしたら生命の危機に関わることなのか?であれば,どうにかしなければいけない,,,。
これから起こるであろう意中の人の危機に思慮を巡らせた。
「…未来が見えるだなんて、そんな冗談を私が信じるとでも思ってんの?」
忌々しいあの根暗アホ毛の言葉を間に受ける私とは対照的に、意中の人は大した反応を示すことなく素っ気ない態度で返す。
しかしその時の彼女の声は心做しか少し震えているように聞こえた。
「信じてくれないか。うーん、だったら証明するしかないね」
「え?」
意中の人が仰天したような声をあげた次の瞬間。
彼女を中心に突如、光の筋の様なものが点々と浮かび上がる。視界を焼き尽くす様に強いストロボライトに当てられ、一瞬の暗闇に伏した。目を開ける頃には、轟音と共に彼女は火の海に攫われた後の様な姿になっていた。
はは、と。小さく笑う少年は、雷帝の生み出した雷を受けた彼女を嘲る。
「滑稽だよ。でも、真実だと証明されただろう?君に危機が迫っているっていう予言」
既に息が絶え、白目すら見えないその抜け殻を、彼はまるで道端の石ころを蹴飛ばすかの様に足蹴にしている。
「僕は君の味方。そんな事は一言も言ってないだろ?……君もわかるだろ?」
視線が突き刺さる。彼女にはもう興味は無いようだ。身体が、氷の様に麻痺をしている。彼女を目の前で焼き殺した彼にかける言葉は、喉に詰まり呼吸を奪っていく。目が、離せなかった。
眼前に広がる地獄のような光景は、まるで昭和の映写機が映す薄汚れたフィルムのように、解像度が低くなっていく。本能が理解することを拒否しようとしているかのよう。
そのせいであろうか。いつもなら即座に勘づいていた背後から忍び寄る人影に少女は最期まで反応を示すことはなかった。
「本当にしょうがないなあ」
ゴッッッ!!!
かつて憧れた彼女が浴びせられた炎と同じような熱が、トラックに跳ねられたが如く衝撃とともに少女の後頭部を襲った。
「詰めが甘いんだから。物陰に潜んでいたコレにギリギリまで気がつかないなんてさ」
強烈な鉄の臭いとかすかな金木犀が香る黒髪を、猫目の男はアホ毛を茶化しながら力強く拾い上げる。
「ああ、いたんだ」
「それはどっちに対するセリフかな?もしかしてオレじゃないよね?」
とても非現実的な状況に置かれているとは思えない他愛もない話をする彼らのやり取りを最後に、少女の意識は次第に遠退いていくのであった_。
焦げ落ちて炭となった完璧美少女の制服の右ポケットにしまわれていた手紙にはこう書かれていた。
「薔薇の間に挟まるな」