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    t_tasukete

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    t_tasukete

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    レオラギ🦁🍩
    ガッツリ死ネタあります!暗いです!2人とも様子がおかしい。でもしっかり愛はある。
    なんでもいい人向けです。

    愛のかたち「レオナさーん、朝ッスよ。ほら、早く起きてくださいよ〜」

     聞こえた声に耳がピクリと反応した。閉じたまぶた越しに朝の光が差し込み、脳がじわりと目覚めていくのを感じた。ゆっくりと目を開ければ朝日に照らされた部屋が視界に入る。見慣れた、いつも通りの光景だ。
     朝は苦手だが学生として起きないわけにはいかない。重たい身体を持ち上げて、くありと欠伸をこぼす。
     そしてふと、見慣れた光景の中に、あるはずのない存在を認めた。

    「あれ? レオナさん、今日はやけにお目覚めが早いッスね」
    「……お前、誰だ? どうしてここにいる」
    「はぁ、寝ぼけてるんスか? いや、待てよ。すんなり起きれたし、もしかして変な魔法薬でも飲んだんじゃ」

     呆れたと思ったらサッと顔色を変え駆け寄ってきた。顔を覗き込んでくる。近い。嫌悪感を露わに眉間に皺を寄せると相手は離れていった。
     気が動転していて意識していなかったが、どうやらハイエナの獣人のようだ。傷んだベージュの髪から生えた丸くて大きな耳はぺしゃりと伏せられている。制服なんて明らかにオーバーサイズだ。裾を折り曲げて着ているが覗く手足は簡単に折れそうなほど細い。そんなチグハグな姿をしたハイエナは渋い顔をこちらに向けてくる。

    「うーん、見ただけでわかるわけないか。今からクルーウェルに見てもらいましょうか」
    「よくわからねぇが俺は普通だ」
    「いや普通じゃないんですって……とにかく行きますよ! ほら、立って。朝練の方は俺から伝えておきますから」
    「おい待て!」

     腕を掴んでグイグイと引っ張られる。本当に容赦がない。人の話も聞こうとせず、体格差のある身体を引きずろうとしている。一体どこにそんな力があるのか。抵抗する間もなくあっさりとベッドから降ろされてしまった。

    「あれ……レオナさん、なんか軽くないッスか?」

     ハイエナは俺の腕を掴んでいた手の力を急に抜き、何度か拳を握り締め、そう宣った。おまけに訝しげな表情も浮かべている。
     なにが軽いだ。コイツは俺のなにを知っているんだ。寝起きから知らないヤツに不躾な態度を取られて気分が地の底に到達した。とにかく気味が悪くてしょうがない。さっさと追い払うに限る。
     グルル、と小さく威嚇し睨みつける。言外に出ていけと訴えた。相手は耳をピクリと揺らす。そして気まずく感じたのか、肩を落とす様子を見せる。

    「今のレオナさん、やっぱおかしいッスよ。絶対にクルーウェルのところに行ってくださいね。……とりあえず俺は朝練に行ってきますんで」

     そんじゃまた後で、と呼び止める間もなく部屋から出ていった。気配はすぐになくなり、ホッとため息を吐く。朝から散々だ。ベッドに腰をかけ、つい先程までの出来事を反芻する。
     制服についた腕章はサバナクローのもので違いなかった。しかし全く見覚えのない生徒だ。群れのボスであるこの俺にあれほどまで失礼な態度をとるヤツはこの寮には存在しない。ここまで考えて、先ほどハイエナが言っていたことを思い出す。

     ――魔法薬でも飲んだんじゃ

     アイツの言いなりになるのは心底納得いかないが、他に生活面で影響が出てしまっては困る。仕方なくクルーウェルに所に向かうと決め、朝の準備を始めた。


    「ふむ、見たところ何の影響もなさそうだが……」

     渋々クルーウェルに会いに行き、魔法の痕跡が残っていないかを確かめてもらった。特に異常はなさそうで安心した反面、大きな謎が残ってしまった。クルーウェルは足を組み替えながら振り向く。白髪が光を浴びてきらりと光る。

    「知らない生徒、か。他の寮生には聞いてみたのか?」
    「いいや。今朝はたまたますれ違わなかった。寮生の大半は朝練に出ちまっていたのかもな」
    「そしてお前はまっすぐ俺のところに来たと」
    「そういうことだ」

     クルーウェルはまたふむ、と呟いた。

    「その生徒は自分の名前を言っていたか?」

     そういえば聞いていなかったと思い至る。それに、ヤツの姿も今ではぼんやりとしたものになってきていることに気がついた。強烈な出来事を起こしておいて、記憶から消えるのは早い。俺自身に問題がないのであれば、ヤツ自身に問題が起きているのではないだろうか。例えば認識を歪められている、とか。可能性としては十分にありうる。
     クルーウェルも同じ考えに至ったようで「ひとまず部員に話を聞いてこい」と言った。今、ヤツの輪郭がぼんやりしていたとしても、もう一度見てみればしっかりと思い出すかもしれない、と。
     思いのほか面倒なことになってきた。ヤツだけの問題であるなら無視しても構わないかと思ったが、また絡んできたらそれはそれで面倒だ。気分は全く乗らないが、適当に返事をして部屋から出た。
     しかし結果、ヤツには会えなかった。
     部室には部員全員が集まっていたようだが、本命の姿は見当たらない。
     体調を心配してくる部員を適当にいなし、逆に質問した。もう記憶も曖昧で、覚えていることとしてはハイエナの獣人だったことと、腕を引っ張るような不躾なヤツだったこと。なにを言われたか覚えてはいないが、不愉快だったことは明確だった。そんな少ないヒントだったためか、部員たちはお互いの顔を見合わせて首を傾げた。

    「ハイエナの獣人なんてこの学園には結構いますしね……」
    「それに、アイツらは全体的に素行が悪い。ほら、シェドとか近そうじゃないか?」
    「いやあ、ジェドは肝も小さいし部長に対してそんなことできないだろう」
    「それもそうか」
    「おい、聞こえてるからな! 部長、誓って俺はそんなことしませんから!」

     といった感じで、該当するような生徒はいないようだった。ますます気味が悪くなる。あのハイエナは一体何者なのか。モヤモヤが消えないまま、植物園に足を向ける。「そっちは校舎じゃないですよ」という声もスルーした。
     そうして植物園の中でもお気に入りの場所で横になった。ガラス製の壁から差し込む光は柔らかく、ふかふかとした芝生の上にいると徐々に眠気がやってくる。とろとろと溶けていく思考をそのままに、ゆっくりと瞼を閉じた。

    「あっ! まぁたこんなところにいた。授業に出ろって言ったじゃないスか!」
    「ああ……?」

     眠気に身を任せていると再びあの声が鼓膜をゆすった。せっかく人が寝ようとしていたところだったのに、本当に失礼なヤツだ。不機嫌さを隠しもせずに睨みつけると、ハイエナはやれやれといったポーズをしながら無遠慮に縄張りに入ってきた。ズカズカと近づいてくる。その足取りに迷いなど一切なく、まるで慣れているようだった。

    「ほんっとに、何度言ってもわかんないんだから。レオナさんが授業に出なかったら俺が小言を言われるんスよ。いい加減にしてくださいッス!」

     きゃんきゃん喚いて非常にうるさい。澱みなく伸ばされた手は確実に俺の腕を捉え、芝生から俺を引き剥がそうとする。コイツに引っ張られるよりは自分で起き上がったほうがマシだと、手を払いのけ上半身を起こした。

    「お前、また俺の前に現れたのか」
    「現れたってそんな大袈裟な言い方……」

     コイツは理解できないとでもいいたげに口を歪ませた。ブスくれた顔をして不満を隠そうともしない。そしてそのまま壁に目を向けた。視線を辿った先には文字盤がくっきりと印字された壁掛けの時計。針はもうすぐ予鈴が鳴る時刻を指している。一限目は飛行術だったと思い出す。しかし今から準備しても間に合わないだろうと無視することにした。
     コイツの姿や声は寸分の狂いもなく、朝見たものと同じだった。表情がころころと変わり、きゃんきゃんと喚く。先ほどまでぼんやりとしていた出来事が一気に蘇ってきた。ただ、自分の記憶を探ってもコイツに関してのものはなかった。やはり、認知阻害の魔法でもかけられているのだろうか。クルーウェルとの会話を思い出して口を開いた。

    「名前は?」
    「え、なんなんスか急に。もしかして寝ぼけてる?」
    「いいから」
    「はぁ? ……ラギー。ラギー・ブッチッスよ」

     寮生の名前はほとんど把握しているが、聞いた名前には覚えはなかった。当の相手は「いつも呼んでるのに」と口を尖らせている。
     それにしても、こちらを見下ろすコイツの姿はなんとも見窄らしい。姿勢も悪いし、制服もブカブカ。クリーム色の底がぺたんこなスニーカーは薄汚れている。まさにイメージに強く残るハイエナそのものといった風体だった。この学園にもハイエナは多く在籍しているが、ここまでの生徒は見かけない。こんなにも特徴的なのに覚えていないはずがないのだ。やはり、コイツ自身に問題があるのだと直感した。
     軽く魔力を探ってみるも目立ったような痕跡は見当たらない。しかしどこか引っかかるような、落ち着かない気持ちにさせられた。今すぐここで違和感の正体を明かすのは難しそうだ。

    「今朝、魔法薬がどうのとか言っていたが、それは自分のことなんじゃねぇのか」
    「今朝? そんな話しましたっけ」
    「……認知阻害か? それとも記憶改竄か。とにかく、お前はイレギュラーな存在かもしれないんだ。一限目が始まる前にクルーウェルに確認してもらってこい」
    「いや、本当になんの話なんスか」

     話が通じなくなった。本格的におかしな展開に進んでいるようで眩暈がする。「俺はなにもわかりません」みたいな顔でこちらを見てくることにも腹が立つ。俺は朝からお前に振り回されているというのに。とにかく、状況を把握しきれていないハイエナをクルーウェルの元へ連れていくことにした。今度は自分が相手の腕を掴んで引っ張り出していく。

    「ちょ、痛い!」
    「テメェだって今朝俺にしただろうが」
    「そりゃレオナさんが一向に起きないからでしょ! むしろ起こしてくれてありがとうぐらい言ってほしいもんッスよ!」

     そこでピタリと止まってしまった。コイツは、今なんと言った?

    「寝坊なんてしてねぇよ。テメェが勝手に部屋に入ってきたから目が覚めたんだよ」
    「はあ? なに言ってんスか。いつも通りの寝坊助さんだったくせに。レオナさん、なんか変ッスよ? もしかして変な魔法薬でも飲んだんじゃ……」

     朝と全く同じセリフを吐いた。会話もズレている。コイツ曰く、今朝の俺は相当寝汚かったらしい。俺はおかしくないはずなのに、俺の記憶が間違っているのではないかと錯覚させられる。底が見えない崖の上に立たされているような感覚さえ覚える。動揺が隠せないまま、掴んでいた腕をさらにギュッと握り込む。痛い、という声は無視して出口へと、クルーウェルの元へと進んでいく。
     もし、これが個人レベルの認知の歪みではなく時空レベルの歪みを起こしていたとしたら。そんなのクルーウェルに相談したところで解決なんてできるはずがない。いや、他の教員がいたとしてもだ。こんな芸当ができる人物なんて、茨の谷の王ぐらいではないだろうか。それも、許容量を超えた魔力――オーバーブロットした時でしか発動できない規模だ。
     じとりと嫌な汗が頬を伝う。後ろのハイエナはきゃんきゃんと吠え続け、腕を離せと訴えてくる。呑気なことだ。命に関わってくる事かもしれないのに。

     息を上げながらクルーウェルがいる教室に着いた。道行く生徒にクルーウェルの居場所を聞いたが、あまりの形相に震え上がらせてしまった。そして俺の後ろをチラリと見て、さらに怯えたような表情をするのだ。認知の歪みがあるからか、他の生徒にはどう映っているのかわからない。今はなんとか現状を把握してこの状況を打破しなければならいない。
     目の前の扉を容赦なく開ける。来る途中で本鈴が聞こえたから、授業は始まっているはずだ。案の定突然開いた扉に生徒たちが一斉に振り返った。そして教鞭をとっていたクルーウェルも教科書から視線を上げそのままこちらの方に向いた。
     俺の姿を見るなり、クルーウェルは切れ長の目を見開いた。いや、正確には俺の後ろにいる存在の方だ。そして、ゆっくりと口を開く。

    「ブッチ、なぜここにいる?」

     シン、と静まった教室にクルーウェルの声が響いた。小さいはずのそれはいやに耳に残った。

    「――お前は、とうの昔に死んだだろう」

     後ろを振り向けば、腕を掴まれたままのハイエナは「俺はなにもわかりません」とでも言いたげな表情をしていた。

     あれから、クルーウェルは俺とラギーを連れて職員室に来た。後ろで黙って着いてきたラギーが本当にラギーなのかはハッキリしない。なにせもう死んでいるらしいからだ。
     ソワソワと落ち着かない様子でドアの横に立つハイエナ。それは今にも押し潰されそうでとても弱々しく見えた。
     クルーウェルが慌ててどこかへ電話をかける。数コールで繋がった相手と手短に話しを済ませ、電話を切った。そうして「ここで待っていろ」と残し、急ぎ足で職員室を出て行く。
     気まずい空気が流れる。他の教員たちは皆出払っているようで、ここには俺とラギーの姿をした何かしかいない。我慢ならず沈黙を破ったのは俺だった。

    「お前、死んでいるらしいな」
    「わからないッス」
    「クルーウェルも言ってたろうが」
    「知らないッスよ、実感ねーし」

     投げやりに返される。しかし声には緊張と困惑が混じり合っていた。実際、生きていると思っていたら突然「あなたはもう死んでいます」なんて言われた時の動揺は計り知れない。
     生者でもゴーストでもない中途半端なコイツはこの後どうなるのだろう、と少しだけ気になった。別に事の顛末を知らずとも今までと変わらない生活が送れればそれでいい。ただ、生き生きとした姿を見せられていたため、俺まで不思議な気持ちになっているのは確かだ。
     そうしてまたしばらく沈黙が続くと、今度は勢いよく扉が開かれた。

    「ラギー……!」

     息を整えもせず入ってきたのは、夕焼けの草原の第二王子にして宰相である、あのレオナ・キングスカラー様だった。
     俺の親が名付けの際に引用した人物。そして俺が憧れているお方。
     スラム地域の開発事業に積極的に取り組み、ナイトレイブンカレッジ卒業後、たった二十年余りで環境をガラリと変えた。スラムにいた子供達にも学ぶ場所が与えられ、この学園にも実力を持ったハイエナは多く在籍している。それはこの方がいなかったら成し得なかった事だった。そんな姿に憧れて、俺はナイトレイブンカレッジに入学し、サバナクローの寮長にまでなったのだ。
     このハイエナとレオナ様がどういう関係なのかはわからない。しかし、このハイエナの存在がレオナ様のスラム開発に関わっているのかもしれない、となんとなく察した。
     レオナ様はラギーを姿を認めた途端、ギュッと抱き寄せた。肩口に顔を擦り寄せ、苦しいという苦情も無視していた。こんな姿は当然取り沙汰されたことはない。初めて見るお姿だった。もう二度と離すまいと、全身で訴えている様に見えた。
     少し遅れてやってきたクルーウェルはレオナ様よりも息が乱れていた。

    「ハッ、歳食ってまともに走れなくなったか」
    「時期にお前もそうなる。バカにできるのも今のうちだ」

     そう軽口を言い合いながら、クルーウェルは自分の椅子に腰を落ち着かせた。
     一方レオナ様はと言うと、懐から片手で収まるぐらいの小瓶を取り出した。そうしてボソボソと呪文を唱えると、ラギーは一瞬で光の粒になって消え、代わりに小瓶の中がキラキラとした液体で満たされた。それを満足した様子で眺めたあと、小瓶はまた懐に仕舞われた。
     荘厳なる獅子は、長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら部屋を出て行こうとする。

    「それではこれで失礼する」
    「待て、キングスカラー」

     それを呼び止めたのはクルーウェルだった。いつも険しい顔をしているが、いつにも増して剣幕がある。どことなく緊張のようなものも見てとれた。

    「そいつはどうやって作ったんだ?」
    「……さあな。とっくの昔だ。忘れちまった」
    「それがどういうものなのかは理解しているんだろうな」
    「ああ、もちろんさ。通報でもするのか? してもいいぜ。ただ、一瞬で揉み消されるだろうがな」

     フッと鼻を鳴らし、クルーウェルから視線を逸らした。次いで俺と目を合わせた。普段メディアの前では無表情なお方が、綺麗な笑みを浮かべていた。しかし目の奥はぐつぐつと黒い何かが湧き立っているようで、背筋が凍りつく。生唾を飲み込んで、レオナ様の言葉を静かに待つ。

    「迷惑かけたな。たが、今日のことは忘れろ」

     そうしてとうとう部屋を出て行った。はっ、と短く息を吐き出して、自分が呼吸をしていなかったのだと自覚した。
     重いため息が聞こえそちらに振り返ればクルーウェルは頭を抱えて項垂れていた。

    「……まさか、あれを完成させていたなんて」

     授業が終わるチャイムが鳴るまで、俺はその場に立ち尽くしていた。


     俺が王宮に戻り、半年後。ラギーはインターン先で事故に遭ったと連絡が届いた。線路に飛び込もうとした馬鹿なガキを、これまた馬鹿なハイエナが身を挺して守った、らしい。当然死体が残っていることはなく、最期に顔を拝むことさえできなかった。葬儀中の記憶はない。ただ無感情でいたことはなんとなく覚えている。
     王宮に戻り、着替えもせずベッドに横になる。視界に入った天井をぼう、と眺めていた。そうしているうちに空っぽになっていた心が大きな波を立てて襲いかかってきた。ラギーとの思い出が勝手に脳内再生される。思い出なんて徐々に失われてしまうものなのに、どうしてか鮮明に頭の中に浮かんでくる。
     友と言える関係でもなく、ましてや恋人なんてものとは程遠い。しかし、ビジネスライクというには濃すぎる関係だった。
     命を奪うようなこともした。けれどラギーはいつも隣で小言をぶつけ、時に楽しそうに笑っていた。そんなアイツがひどく愛おしいと思ったのは事実だった。
     それを自覚した瞬間、自分の中で中かが壊れる音が聞こえた気がした。一度壊れてしまったものを直そうなどとは考えもしなかった。

     いわゆる禁術に手を出して、完成した頃にはすっかり時が経ってしまった。がむしゃらに進めていたスラムの開発計画もほとんどが終わりに近づいてきている。ラギーが知れば「さすが俺の王様だ」なんて言いながら両手をあげて喜んでくれただろう。
     仕事の引き継ぎも大体終わり、落ち着いてきた頃ようやく術を発動させた。しかし魂を呼び寄せ目の前に懐かしい姿を顕現させた瞬間、ラギーは目の前から消えてしまった。呪文も、配合も完璧だったはずなのに。失敗なんてありえない。
     急いで探し回っているうちに、クルーウェルから連絡が入った。久々に足を踏み入れた学園はところどろこ改装されていたものの、昔の面影を強く残していた。ノスタルジーに浸る時間はなかった。
     道中、ラギーを見つけた顛末を聞いて驚いた。まさか、今のサバナクローの寮長がライオンの獣人で、俺と同じ名前だとは思うまい。おそらく死に際のラギーにとって馴染み深かかった場所が、この学園のレオナというサバナクロー寮長の隣だったのだ。どことなく浮き足立つ気持ちとともに、また自分から離れて行ってしまった恐怖が押し寄せていた。
     本来なら関わりがある者にしか見えないはずの姿が、俺とは似ても似つかない男の前に現れたのは、やはり腹立たしくて堪らなかった。


    「レオナさーん、朝ッスよ。ほら、早く起きてくださいよ〜」

     聞こえた声に耳がピクリと反応した。閉じたまぶた越しに朝の光が差し込み、脳がじわりと目覚めていくのを感じた。ゆっくりと目を開ければ朝日に照らされた部屋が視界に入る。見慣れた、いつも通りの光景だ。
     朝は苦手だが宰相として起きないわけにはいかない。重たい身体を持ち上げて、くありと欠伸をこぼす。
     そしてふと、見慣れた光景の中に、あるはずのない、しかしなくてはならない存在を認めた。

    「あれ? レオナさん、今日はやけにお目覚めが早いッスね。明日はヌーの群れでも降ってきたりして」
    「ハッ、言ってろ」

     そうして細い体を抱き寄せた。ブカブカの制服に、肉付きの悪い体。カサついた手のひらに自分のものを重ねた。目の前のハイエナは戸惑うように瞳を揺らす。そんなことはお構いなしに、荒れ気味の唇を指でなぞった。薄く乾いた皮が指の腹をくすぐる。ラギーは困ったような顔をして、それでも逃げようとはしなかった。肩を抱き、少し屈ませてからお互いの唇を合わせた。何度も角度を変え、柔く吸ったりしてを繰り返す。最後にペロリと舐めてから唇を離した。顔を見上げると、頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませていた。十八年間の短い生涯の中でこういった経験がなかったのだろう。ぷるぷると震え、緊張して強張った体をもう一度強く抱きしめる。

    「レオナさん」
    「……もう、俺から離れてくれるなよ」
    「シシッ、当たり前じゃないッスか」
    「よく言うぜ。間違えてたくせに」

     ムスッと言ったところでこのラギーに真意は伝わらず、困ったように眉尻を下げている。そんな姿も愛おしく見えてしまうのは、己が狂気に染まったからか。それとも、学生の頃にはすでに感じていたものなのか。もう、わからない。

    「さ、支度しましょ。ちゃっちゃと顔を洗ってきてくださいッス」

     己が手に入れたのは偽りのラギーではない。真実の愛なのだ。


     完
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