導入1,
海は綺麗な場所だ。夕陽の光を白波が反射し、はるか先まで続く水平線は遠い遠いどこかを想起させる。嫌な出来事に遭った時、単なる気分転換にと出歩いた時、オクジーという青年は自然と海へ向かう。地元からそう遠くはなく、漁港の船が数キロ先の沖合に停泊しているのが見える、比較的波も穏やかな海だ。夕方頃には干潮から満潮へと変わるために、波の行き交いが早急になる事もしばしばあるが、浅瀬にまで来たオクジーは普段使いの靴から履き替えたビーチサンダルのままでその波の中を進む事が好きであった。
膝より下までの皮膚を濡らす波は、浅瀬の砂を巻き込んで揺らめくからか濁りが見えた。くわえて貝殻や漂流物の類が足元に来ては引いていく様が、時と共に緩慢な動きで流れていくようで落ち着くという。また、人通りが少ない点もオクジーは気に入っていた。この海は特別綺麗な海ではないし近くに漁港がある為に遊泳地区でもない。観光地としては不向きであるし、何より海へと向かうには、昼間でも薄暗い森林や急な坂道の昇り降りを越えなくてはいけなかったために、人が寄り付きにくい。故に背丈の高いオクジーがただ一人呆然と波の中に立ち尽くしていたとしても、大声を上げられたり痛い目線を送られるなんて事は無く、海と自分だけの世界に没頭できた。
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