稽古がひと段落付き炭治郎は時透邸を訪れていた。
手土産の団子菓子を持っていくと時透邸に仕える女中が茶を持ってきてくれた。
穏やかなひと時だ。邸宅の主、無一郎も楽し気に見える。
嬉しそうな表情の中、鼻が効く炭治郎はほのかな甘い匂いを感じていた。
こそばゆくて照れくさい感覚。何度も感じているのに未だ少しだけ慣れない。
しかし、それ以上に嬉しい。一緒にいるだけで嬉しくて楽しいのだと無一郎は感じているのだから。
時透邸の客間。木製の漆を塗った机が二人を隔てている。
「ねぇ、炭治郎。ちょっとやりたいことがあるんだ」
ふと無一郎が声をかけてきた。何かをお願いする表情も添えて。
「…そっちに行ってもいい?」
今までは何も感じなかった感情が今は言葉で形容出来るくらいになっていた。
意識をしてしまうとこんなにも胸が温かくかけがえのない時間が刻まれていく。
恋仲の相手である無一郎の言葉を拒む理由もない。
「ああ、勿論。こっちへおいで」
無一郎が一瞬だけ笑みを見せると瞬きしているうちに距離が近くなる。
無一郎は炭治郎に跨いで膝の上に乗ると思わず目が点になった。
言わんとしていることが解ったのか少し物欲しげな表情に、甘ったるい香りで心拍数が上がる。
「僕がこうしたかった……ダメ?」
見れば見るほど脳天をうち抜かれ思考が溶けそうなくらい魅力的だった。
こんな無一郎を誰にも見せたくないという気持ちも胸に迫る。
「そんなことないよ。俺の膝でよければいつでも貸すよ」
「炭治郎にしかやらないよ。こんなこと」
拗ねているのか呆れているのか可愛らしいことをするものだ。
「やりたいことって、これだった?」
「ううん。手を貸して欲しい」
無一郎の言葉に手の甲を差し出すと無一郎は自身の手を添えた。
炭治郎の手に唇を寄せる。
「時透君?」
「浪漫譚を読んでる隊士の話を聞いて、ちょっとやってみたくなったんだ」
無一郎の頬に紅が差す。伝染したかのように炭治郎も赤面した。
「本当は仕えてる人が主君にやるみたいだけど、敬愛の証なんだって。僕は炭治郎のこと敬愛してる。だから…」
無一郎の言葉はそれ以上なかった。
彼が見せる顔。言葉。物言い。柔らかくなるどころか全てが甘く感じる。
まさかこのような関係になるとは誰も想像はしない。同性で普通は考えられない。
けれども、確かに存在するんだ。
「じゃあ、俺も」
炭治郎は無一郎の手を取って自ら口を寄せる。
「俺も時透君のこと、敬愛してるから」
そう、笑って。
「…手の甲だけ?」
ずいっと音を立てんばかりに無一郎が顔を近付ける。
鼻先が触れあった。視線がかち合った。
それだけじゃないよ。
炭治郎は言葉に出来なかった。
出来なかったのは情愛の証を示したかったから。
唇に微熱を感じて炭治郎はそっと瞼を伏せた。