「ねぇ炭治郎」
「なんだ」
「キスマークつけてくんない?」
「ブフォッ!!」
口に含んでいた麦茶は見事に全部吹き出してしまった。
早々と夏休みの宿題を放り投げて俺のベッドに寝転がりスマホゲームをしながら突然発せられた親友の言葉に、俺の思考は一瞬にして止まる。
「な、はっ?!」
口元を肩で拭いながら声の方を見れば、善逸は俺の慌てる様子をイヒヒと可笑しそうに見ている。すれば両脚を上げて振り下ろし、その反動で勢いよく起き上がって「こっち」と隣をぽんぽん、と叩いた。
「い、いや待て……善逸、…え、…え……」
聞き間違いでなければ、今善逸はとんでもないことを俺に願い出た。
一生懸命頭の中を整理している俺に対し「聞こえなかったんならもっかい言うから早くこっち来て」とまたぽんぽんしている。
いや聞こえたよ。聞こえたけど、え?いいのか??色々と確かめたいことがあるため俺は一度床から立ち上がり、示された隣へと座る。
「善逸、今なんて言った…?俺もしかしたら聞き間違えたかもしれな」
「キスマークつけてくんない?」
「?!?!」
聞き間違いではなかった。キスマークをつけてくんない。善逸がしれっと、確かにそう言っている。心臓がドゴドゴ暴れ出し頭の中が混乱する。
「キ、キキキキ」
駄目だ目を見てなんてどうしてもその先が言えない。暑い、急にクーラーが効いてない。だってキスマークってあれだよな、恋人同士が首をきつく吸ってつける鬱血の痕のことだよな?浮気防止だとか、その……そういう時に盛り上がって好きの印とかにつけるだとかの…………それを、俺が、善逸に……って、え!?
「いや待て……!わからない!善逸は急になななにを言ってるんだ……!?」
「だってどんな感じかなって思わない?」
「どんな感じ!?なにがだ!!」
「なにってだから…吸われる感覚?」
「吸わ……吸う!?吸うのか!?俺が!?善逸を!?」
「うるせぇな減るもんじゃねぇだろ?ほら」
「うわああああ!!!」
いきなりすぎた。オレンジ色のTシャツを迷いなく顎まで捲り上げるから俺は叫んだ。まるで子供が医者に診せるみたいに胸を突き出したその肌は夏なのに真っ白で、つい声を上げてしまった俺に対し即座にうるせえよ!と頭に拳が下りてきた。
「お前リアクションでかすぎ」
「だってぜぜ善逸がいきなりはは裸になるから……!」
「裸って、お前なに慌ててんだよ。俺とお前の仲だろ?銭湯だってプールだって裸なんて何回も見てるじゃんか」
「違う!!俺が言いたいのはなんで、なんで脱ぐんだってことだ!キキキスマークってのはふふ普通首につけるもんなんじゃないのか!?」
「ばか、首だと禰󠄀豆子ちゃんたちにバレちゃうじゃん。俺この後ここで夕飯食って帰んのに」
「あ、そうだったな。今日は母さんがたくさん唐揚げ作るからって…って違う!!!」
「ノリツッコミ?」
「いや違うだろ!なんで!なんで急にそんなキ、…スマークなんて…!」
「あ〜もういいから!とりあえずなんでもいいから付けろってば!!」
再び顎のあたりまでTシャツを捲り上げた善逸が、今度は俺の後頭部をがっしり掴んで自分の胸元へと俺を押し付けた。キスと言うよりその体勢まるで授乳だ。しかし善逸の胸の肌に顔がべったりくっついて最早息ができない。なのに初めて感じるあたたかな善逸の胸肌の温度に全神経が奮い立つ、初めて触れるのが手じゃなくて顔面だなんて夢にも思わなかったが全くもって悪くない。とりあえず匂いを嗅ごうとするものの、押し付ける圧が強過ぎてそれも儘ならないが堪らない。息苦しいし信じられないしでもう頭から湯気でも出しながらこの場で気絶してしまいそうだ。しかしここで食わぬは男の恥だろうと俺は情報整理がつかぬままただ流されるがままに善逸の背に腕を回した。いいんだな、善逸!まだ何も確認しあえてない、将来の約束すらも出来ていないけれど、これはもう俺たち気持ちは同じってことだよなっーー!!とにかく早く期待に応えたくて俺はその温かな肌をなんとか口に含み直そうとした、その時。
「これでしちみ店長も納得するだろ…」
と、何やら安堵したように善逸が頭上で独りごちた。
ん?なんだって?俺は顔を上げた。
「店長?なんの話だ?」
「え?あぁ、バイト先のカフェの店長だよ。見たことあるだろ?しちみさんだよ、マッチョで髭面のいつもタンクトップ着てるおっさん。あの人、あんなナリして俺のこと好きなんだって。でな、まじねちっこくてうっとーしいから彼女がいるって嘘言ったのよ。でもまーったく信じねぇの、俺は善くんのことはなんでも知ってる本当に彼女がいるなら証拠を見せろとか言って。んでこれよ」
「…………これ、とは…」
「キスマーク。手っ取り早いだろ?いやだってさ?昨日とかマジでやばかったのよ。更衣室で着替えてたら後ろから抱き締められてさぁ……まず鼻息やばいし、首とかめっちゃキスされて。『ほら善くんの首…白くてとっても綺麗だね…誰のマークもついてないよ…とってもいい匂いだねクンクン…♡♡』とか言われて……ああ無理キモッ!!思い出しただけで鳥肌たってきた!!!だからさ、ほら彼女いるって言ったでしょ?ってキスマーク?これさえ見せれば1番の証拠になるじゃん?だから早く………って、あれ?…た、たんじろう?」
「………………………どこに……れたって?」
「へっ?、うわ!」
ーー驚いた。突然、般若みたいな顔した炭治郎が俺のことをうつ伏せに突き飛ばすようにしてベッドへ寝かせた。しかもケツに跨り乗られている。え、なんで?
「な、なんだよいきなり!そんな怖い顔して、」
「どこにどうキスされたんだと聞いてるんだ……………」
「え?だから、後ろから抱きしめられて、首と……」
「と?!首だけじゃないのか!?」
「うるせぇでかい声出すなよ!首とあと耳だよ…!なんでそんなこと聞く…ぎゃあ!!!」
ガブリ!まるで興奮した犬にでも噛みつかれたような感覚だった。ただならぬ熱気を纏った炭治郎が俯せになった俺の体にのし掛かって、思いっきり首に噛み付いてきたのだ。
「いでぇ!!痛いわ何すんだこの野郎!」
「消毒だ!!」
「消毒!?はぁ!?ヒィ!」
ガブ、ガブと歯を立てて左側の首元を何度も噛まれる。「バカ待て、消毒ってなんだよ!?」と身を捩るも羽交い締めにされて全く身動きが取れない。なにこれプロレス!?腰痛い!ほぼ海老反りにされながら首噛まれるってなんなのコレ!?普通にいてぇわ!!がぶがぶ噛まれて痛いし訳わからんしで混乱してると、急に感覚が変わった。炭治郎がそこに、今度はチゥ、と吸い付いたのだ。
「ちょ…ぇ……」
チュ、チュゥ、と唇を尖らして何度も吸っているのが感覚でわかった。最初は小さく、だけどそれは段々深みを帯びて、炭治郎の唇が俺の肌を覆って、咥えるように肌を吸う。
「んっ……ちょ、お前、待てって……」
「こっちだけ?」
「え……?」
「左だけかって聞いてる」
「あ……いや、反対も……ぁ、」
チュ、チュ、音を立てながら頸を通って反対側へと移動する。右側に到着したらまず全体を甘く噛まれた。さっきとは違う、歯を立てているのにどこか優しく、何かを語りかけるように俺の首を噛み始めた。
「善逸…………」
「んっ……ちょ、なに……なんなのお前…………」
興奮が少し落ち着いたのか海老反りに羽交い締めされていた体はいつの間にか優しく抱き包められていた。二人同じ方向を向いてベッドに横たわり、炭治郎はひたすら俺の首元にかぶりついている。
「善逸……ぜんいつ……」
「バカ、そこで呼ぶなって……!」
「善逸……首は綺麗になったぞ……あとは、……ここか?」
「ぁッ」
炭治郎は俺の耳元の髪を撫で、耳に口付けた。
「無防備が過ぎる……なんでこんなところ簡単に触らせるんだお前は……!」
口調は怒ってるのに唇は言葉に反して優しすぎた。耳たぶを甘く噛んで、何度も何度も口付ける。
「ちょ、や……たんじろぉ……」
「善逸、お前……俺がお前のこと好きだって気づいてるだろ?」
「んぁ、それ、今言っちゃうぅ………!?」
「なのにこんな、挑発するような真似……!お前って奴は……!!」
挑発、だなんて。だってこうでもしないとお前は俺に気持ちを見せてくれないだろ?勢いよくゴロンと仰向けにされたと思えば、炭治郎の顔が、目の前にあった。
「好きだ」
ぜんいつ、好きなんだ、ずっと好きだった、頼むから他の男に触らせないでくれ。そう言いながら炭治郎が何度も俺の唇を喰んだ。生まれて初めてのキスだった。初めては絶対炭治郎としたいと思ってた。
「ん、……たんじろぉ……」
俺もずっと好きだったよ、もっと早く言えよ馬鹿。ずっと言いたかった言葉を口にしながら、俺たちは口付けを深めていった。
ーーーーー
「なんだよこれ」
「え?」
「なんだこれはって聞いてる」
「そ、それは…………」
想いが通じてコトが済み、スマホのインカメラで自分の姿を確認して俺は驚愕した。炭治郎が付けた痕の数が、尋常じゃなかったのだ。
首元、鎖骨、胸元、腰、上腕二頭筋、手の甲、腹、内腿足の付け根等々………
「おーまーえーーーーーーーー」
「ご、ごめん!だって嬉しかったんだ、善逸も俺のことを好いていてくれてたなんてその……」
嬉しくてつい……と頬をかく炭治郎の蕩けそうな表情。首はダメだって言っただろと責めてやりたいところだけれど、そんな顔されたらなにも言えない。それに想いが通じて、嬉しい気持ちなのは俺だって同じだ。大好きだよ、とぎゅうっとしていると、唐突に炭治郎が口を開いた。
「今度しちみさんに会いに行くよ」
「え?」
「俺がお前の恋人だって、紹介してくれ」
「いや待って、それ世間一般では修羅場って言うんだぜ」
「……臨むところだ…………」
完