鰭のない副官とその隊長の話「へぇ、ここが隊長の住処なんですね。」
「まあな。」
「本当になーんにもない。」
「まぁ、そうだな。」
そう言って鰭のない副官はひょいと抱えられていたところから飛び降りる。
医局から出たばかりだというのに元気なものだ。
「治療が済んだら隊長のお部屋に行ってみたいです。」
先の作戦でインクに汚染された両鰭を切除した後、医局の入院に辟易していたこの副官に、何か褒美があれば耐えられるかと聞いて返ってきたのがこれだった。
何も面白いものは無いぞと言ったがそれでもと食い下がるので了承したのだ。
へー、ふーん、と言いながら何もない部屋を楽しそうにうろうろするので何が面白いのかと聞くと少し言い淀んでから、
「なんにもないけど、全部隊長の匂いがするのが面白くて。」
へへ、とマスク越しでも嬉しくて仕方がない笑みを見せられて理性が揺らぎそうになる。
「あー、水飲むか?」
「あ!隊長になると水道引かれてるんですよね!見たいです!」
さすが機械いじり好きな操舵手だ。もう一度抱え上げて水道で水を汲むところを見せると「すごーい!」と目をキラキラさせている。
とりあえず座ろうとして、あ、と思って止まる。
本当に何もなくて寝床を椅子がわりにしているが、コイツと寝床に座るのは気が引ける。
「隊長?どうしました?」
「いや…その、椅子がないなと…。とりあえずお前は机に座って」
「嫌です。お行儀悪い。」
「嫌なのは分かるがほかにないだろう…」
「あるでしょう?」
そう言って不思議そうに寝床に目を向けられる。
「…わかった。」
ええいもうやぶれかぶれだと机に水を置き、寝床に座ると、また抱えた鰭から逃げ出そうとする。
「おい」
「隊長の隣が良いです。」
そう言われると何も言えないので仕方なく隣りに下ろすとぱたん、と後ろへ倒れ込んだ。
もたれないとしんどかったかと起こそうとするが、ころりと転がって避けられる。
「ふふ、久しぶりの隊長の匂いがする寝床です。ちょっと堪能させて下さいよ。医局の寝床は薬臭くて嫌だったんです。」
戦場に向かう艦内ではずっと共寝をさせていたから落ち着く匂いとして記憶しているのかもしれない。
…あの時は、何もしはしなかったけれども。
こっちだって自分の寝床からコイツの匂いがするのが久々なのだ。そろそろ本当に理性が危ない。
「お前、そう言う事をすると誘われてると思われてもおかしくないんだぞ?」
「ええ、そうですよ。」
「そうだろう、だったら…今、なんて言った?」
「全然伝わってないのかと思って焦りましたけど。ふふ、ちょっとはそういう気になって貰えてます?」
小首を傾げてふにゃふにゃと笑われるとどうして良いか分からなくなる。
「それは…」
「それとも、年が上で、鰭も無くなった奴には触れたくないです?」
「そんなことはない!」
「へへ、良かったあ。」
「無い、が、その、お前、何かあっても抵抗出来ないんだぞ?怖くないのか?」
暗に自分との体格差を指摘してやるが副官はそんなこと、と一蹴する。
「鰭が無いだけで抵抗出来ないなんてことないでしょ。嫌なら頭突きでも噛みつきでもしてやります!マスク取ってみたら俺の歯がどんだけ鋭いか見せてあげますよ、ほらほら」
マスクを取ってみろという動きをするので外してやると、かがみ込んで近くなった俺の口を啄んで、
「ふふふ、引っかかった。隊長、結構単純です?」
「お前、本当に、俺が、どれだけ耐えたと…」
「だからそれが要らないって言ってるでしょ。もう、どれだけ焦らせば気が済むんです?」
そう言って体を擦り寄せるが、体躯が俺の顔の長さしか無くて、壊してしまいそうで怖々と抱き寄せる。
「ふふ、優しいなぁ。好きにして良いんですよ?…俺は、隊長がお前がいいって言ってくれたあの時から、全部隊長のものなんですから。」
「それは、隊員の選抜の話で…」
「はは!そりゃそうなんですけどね。でも他のシャケも居たのに、わざわざ指名して、お前がいい、なんて言われちゃって。他のシャケが同じことされてどう思うのかなんて知りませんけどね。俺は『全部この隊長にあげよう』って思っちゃったんですよ。だから俺は全部隊長のものなんです。勝手ですけどね。要らなきゃ捨てて下さい。」
「…誰が捨てるか。頭の先から尾鰭まで、全部俺のものだ。少なくとも、食われるまではな。これは隊長命令だ。」
「ふふ、2つほどパーツ無くなっちゃいましたけど、許してくれます?」
「命令違反にはそれなりの罰則が付くぞ?罰として奉仕活動でもさせようか。」
「隊長に?だったらご褒美にしかならないんですけどね。」
「ほお?じゃあたっぷり褒美をくれてやるか。どこまで耐えられるか見ものだな?」
「ええ、見ててください。俺の事、全部見てて。」
「…大丈夫か?」
すっかり温くなった水を飲ませてやるとふあーと生き返ったような声を出す。
「あたま、ふあふあします…」
「そうだろうな。」
「おなかきもちいい…たいちょ、なでてください…」
「ああ。」
「ん、たいちょのひれ、きもち…ふふ、おれ、いまたいちょうのにおいしかしないです。」
「まぁ、あれだけ注げばなぁ…」
上から下までドロドロになっているから、後で洗ってやろう。そう言うと寂しそうにもう少し後がいいと言われる。これ以上煽らないでくれ。
「ふふ、おれがたいちょうのってばれちゃう。」
「…いまさらだろう。」
「へへへ」
隊長
部下達が死ぬなら、せめて華々しく死んでほしいと願って止まない隊長
自分の死で他のシャケを巻き込みそうだったら潰せと隊のナベブタに言ってある。
成績優秀なヘビを副官にした。副官は初めてだというからそれほど何かさせる気はなかったけど言う前にさっさと仕事してくれるし、なんでも言うこと聞いてくれるので、他で副官やってもなんでもしてしまうんじゃないかと心配になり、添い寝をしろって言ったら本当に寝床に入ってきてびっくり。何されてもおかしくないんだぞと言っても何度呼んでも断らないから作戦中は理性とのチキンレースだった。
戦場から帰って来たものの鰭を無くした副官にショックを受けて、いま伝えないと間に合わないと思い始めた。
大事にしたい、煽らないでくれ。
副官
1番新しいヘビだが、実はヘビの中で最年長者。下積みが長かったので、今までいた部隊では副官のサポートもしていて今回役に立った。
(役に立ちすぎてなかなか手放されず、オオモノになるのが遅くなった)
正直、ヘビになれたのは下積みが長い温情のようなものだと自身は思っていたので、隊長にお前がいいと言われて本当に嬉しかった。
この身はこの隊長に捧げよう、食べられてもいいと思うくらいに。
鰭が無くなった後も見舞いに来て「俺のところに来い。それじゃ不便だろう」といった隊長に頭突きをかまして口で操舵しますよ舐めるな!と言い放つ。
寝床に誘われたのはすごく嬉しかった。
性欲的なことではなく、夜のお世話も俺に任せてくれるのやったー!という感じ。
実際できたのは鰭がなくなった後だったから実はもうしたくないんじゃないかと心配していたがそんなこと無くて内心ホッとしてる。
あなたのためなら、鱗の一枚になったって働きますよ。