「なぁ、そこの兄ちゃん!芸能活動とか興味ねェか!?」
「は?」
街を歩いていたら、黄色いコートを着込んだ男から声をかけられた。
「…すみませんが、急いでますので」
「まぁまぁ、話だけでも聞いてくれって!」
顔も合わせずに立ち去ろうとしたが、男はなおも諦めずに食らいついてくる。
そのしつこさに思わず嫌悪感丸出しの顔で舌打ちしてしまう。
こっちはこんなくだらないことに時間を割いてる暇は無いのだ。早く家に帰って一番乗りで手に入れた宝──クリック君のファースト写真集(ソロ)──の開封の儀をしなければいけないというのに。
「あのですね、いい加減に……」
「あ、忘れてた。俺、こーゆー者なんだけどよ」
思い出したように両手で差し出された名刺。そこに書かれてある社名を見て、目を剥いた。
【パルテ&ロックプロダクション マネージャー
パルテティオ・イエローウィル】
「パ…パパパ…パルテ&ロックプロって…まさか……、『Holy Knights』の……」
「お、知ってんのか!」
「クリック君が所属してる事務所じゃありませんか!!?」
何を隠そう、私…テメノス・ミストラルは、Holy Knightsのメンバー、クリック・ウェルズリーの大大大ファンなのである。
+ + +
『Holy Knights』。
今、人気急上昇中の男性アイドルグループである。と言っても、初めはメディアから特に注目されることも無く、取り立てて特徴があるわけでもない普通のアイドルと言われ、最初からドカンと人気があったわけではなかった。
だが、彼らは確かなダンススキルと歌唱力で地道にライブ活動を重ね、どんな過酷なロケにも実直に挑む姿や、ファンを大切にするその精神が徐々に世間から評価され始めた。
そして今ではどのチャンネルを回してもメンバーの誰か彼かを目にするようになる人気グループとなったのである。
私がテレビで初めてクリック君を見たのは、とある音楽番組。
まだデビューしたばかりで知名度などまったく無くかったHoly Knightsは、MCからロクにトークを振られることもなく、ただひな壇の端に座っているだけだった。彼らのファンだってほとんど居ない中、それでもプロのアイドル Holy Knightsとして懸命に魅せたそのパフォーマンスと歌に……初めて目が釘付けになるということを経験した。……いや、あれはきっと、恋に落ちたんだろう。
だが、私はHoly Knightsのライブやコンサートは勿論、関連イベントすらろくに行ったことはない。
……何故なら、同居人のロイから厳しく禁止されているからだ。
忘れもしないHoly Knightsの初ライブの時。
初めて生のクリック君を遠目から見て、興奮のあまり呼吸困難に陥り救急搬送され、握手会の時は生のクリック君を間近で見て興奮のあまり心筋梗塞起こしかけて救急搬送され、トークショーでクリック君の投げキッス(ファンサ)見て興奮のあまりペンラと団扇をあらん限りの力で振ったら脱臼&骨折して救急搬送された。
……それ以来、クリック君関連のイベントに行くことは禁じられ、泣く泣くHoly KnightsのMV、動画、クリック君が出演している番組をひたすらひたすら繰り返し見ることしか許されなくなったのである。
「私、Holy Knightsのクリック君の大ファンなんです!家にいる時は寝てる時以外はずっとHoly KnightsのMVを流してますしお風呂に入ってる時だって防水ラジオで楽曲を聴いてますし何なら夢の中でもクリック君に会えるように朝まで楽曲を流していることもあります!おかげでアイドルにさほど興味なかった同居人も完璧にHoly Knightsの楽曲を憶えることが出来」
「わ、わかったわかった!だから一旦落ち着け!な!?」
「コホン……、失礼しました」
「そんじゃあ……とりあえず、そこの喫茶店で詳しい話を……」
「あの、今日は事務所にクリック君はいらっしゃるんでしょうか……?」
「ん?おぉ、確か今日は新曲の打ち合わせがあるから多分いると思」
「今すぐ行きましょう!!!」
+ + +
契約云々の話をすっ飛ばし、半ば強引にパルテティオさんを引っ張ってやって来た件の事務所。
目を皿のように見開きながら、きちんと片付けられた事務所内を見回す。
と、その時。
「お疲れ様ですパルテティオさん」
毎日聴いている忘れるはずもないその声。
振り向くとそこには憧れてやまない人がいた。
「あれ?その人は新人さんですか?」
挨拶とか自己紹介とか色々考えていた筈なのに、いざクリック君を目の前にしたら頭の中から何もかもがスポーンと飛んだ。
「初めましてテメノスと申します貴方に憧れてこの世界に入りましたずっと目指していたパルテ&ロックプロダクションに入れるなんて夢のようです不束者ですがこれからも末永くよろしくお願いします」
「いや、お前最初スカウト断っただろ」
最初は苦笑いしていたクリック君だったが、ふと私の顔をジッと見つめてきた。
「あの…貴方もしかして、僕たちの初めての握手会の時に来てくれた人ですよね?」
「え!?」
「貴方あの時、急に倒れて救急車で運ばれたでしょう?あれから大丈夫でしたか?」
………覚えててくれたんですね。
フッと力が抜け、床にへたり込む。
「えっ!?ちょ、大丈夫ですか!?」
「………っ、結婚してください」
「うおぉいっ!?」
ちなみにコレはパルテティオさんのツッコミだ。
「あ、あはは……よろしくお願いしますね」
さぁ、この恋はどんな結末を迎えるのだろうか。