side・オルト
「なぁクリック、お前最近ちゃんと眠れてないだろう?」
何かあったか?と続けて尋ねる俺に、クリックはビクッと肩を震わせた。
「い…嫌だなぁオルト。全然そんなことは…無い…ぞ?」
決して俺と目を合わせず、しどろもどろに『なんでもない』アピールをするクリック。
本当にコイツは駆け引きや交渉に向いてないな、とつくづく感じた。
「そ…それじゃ、ちょっと急いでるから、また後でな?」
逃げるように俺から去っていくクリックの手には数通の封筒が握られていた。
「……なんでもない奴がそんな青白い顔をして隈をつくってる筈がないだろう」
しかし俺が無理に聞き出そうとしたところでコイツは絶対に話そうとしないだろう。
「……仕方ない。癪だが、アイツの力を借りるか」
side・クリック
「……またか」
机の上に開封された手紙を無造作に開いてため息をついた。
いつからかほぼ毎日僕宛てに送られてくるようになった差出人不明の手紙。筆跡からして全部同じ人が書いたものだろう。
手紙の内容は、いつも君を見ているとか、僕が何月何日何時何分に何処そこに行っていたとか、クリック君こそ運命の人だの愛してるだの、そんな内容ばかり。そしてその手紙に必ず同封されている明らかに盗撮と思われる僕の写真。
「もう…一体どういうつもりなんだ……」
確かに過激派の異端信者や聖堂機関に恨みを持つ奴らから脅迫めいた手紙が送られてきたことはあったけど。
こういった手紙がほぼ毎日届くようになって、流石に気味が悪くなりオルトに相談しようと決めた次の日、今度は本部の郵便受付ではなく、僕の部屋のドアの隙間に手紙が挟まれていた。
恐る恐る開封したら、中にはズタズタに切り裂かれたオルトの写真が入っていた。
それ以来、オルトはもちろん誰にも話すことは出来なくなった。
「……大丈夫。僕さえ我慢したら、この人もいつか辞めるかもしれないし」
気休めかもしれないが今はそう信じるしかないと、手紙をビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。
結果、手紙は途絶えるどころかエスカレートしていったけれど。
side・テメノス
「突然お邪魔してすみません、クリック君」
「いえ、そんな。僕もテメノスさんと久しぶりに会えて嬉しいですから」
アポも取らずに突然部屋に押し掛けてきた私を追い返すこともせず、笑顔でお茶の用意をするクリック君。ただし以前の太陽のような朗らかな笑顔ではなく、酷い顔色をして疲れきったような力の無い笑顔だったが。
「ミルクティーでいいですか?いまお茶菓子も用意しますから」
「そんな気を遣わなくてもいいですよ」
ガサゴソと棚から菓子を取り出すクリック君から目を外し、代わりに部屋中に視線を走らせる。
綺麗に整頓された部屋には不釣合いな、紙屑の山となっているゴミ箱を見て、アレだな…と確信した。
「テメノスさん?どうかしましたか?」
お茶菓子を運んできたクリック君に「なんでもないです」と躱し、彼も席に着いた。
「それで?僕に話とはなんでしょうか」
ズズ……とミルクティーに口をつけるクリック君の問いに答えず、ジッと彼の顔を見つめる。
「……?テメノスさん、どうし」
ガシャン、とティーカップが割れ、零れたミルクティーとカップの破片が散らばるテーブルに顔面ダイブしそうなクリック君の身体を咄嗟に抱きとめる。
「……こんなすぐに効き目が現れるとはな」
今のやり取りをずっと聞いていたオルト君が部屋の中に入ってきた。
「さすがキャスティ殿の調合した睡眠薬だな」
「言っておきますが、私がクリック君のお茶に混入したのは、ほんの2、3摘ですよ。よほど疲弊した状態じゃなければ効果は出ない筈なんですが……」
「その『よほど』の状態だったんだ。コイツは本当に辛い時こそ何も言わないからな」
私たちの会話などまるで知らずに、クリック君は静かに寝息を立てる。
「……それで?お前のことだ。ここまでクリックを苦しめた犯人の正体は分かっているんだろう?」
「もちろん」
得意げに懐から一枚の写真を取り出す。
「……コイツが犯人か。確か2年前に聖堂機関に入団したヤツだったな」
「ではオルト君、クリック君をお願いしますね。私はこのお馬鹿さんと話をつけてきます。……まぁ、話し合いで終わらせるつもりはありませんが」
愛用の錫杖を握りしめて部屋をあとにする私に、オルト君の声がかかる。
「テメノス、殺すなよ」
「それは難しいかもしれませんねぇ」
「違う。俺の分も残しておけ、と言ってるんだ」
「……善処します」
間に合えばいいですね。と、心の中で呟いてドアを閉めた。
向かう先はもちろん私たちの可愛い可愛い子羊を苦しめた罪人の場所。