「ん……」
妙に暑苦しいというか、寝苦しくて目が覚めた。
何か暖かくて柔らかいものが僕の身体に密着している。
なんだ?と隣に顔を向けて、あぁ……と納得した。
僕の隣には、抱き枕よろしく僕の身体に抱きついてスピスピと寝息をたててるテメノスさん。
なんでこの暑い中、わざわざ僕に引っついて
寝てるんだろう……。
起きるにはまだ少し早いし、もう一眠りするか……、そこまで考えてハッと意識が覚醒する。
「はぁっ!?」
ガバッ!と飛び起きて、急ピッチで周りの状況から事態を整理しつつ、改めてまだ寝ているテメノスさんを見つめる。
うん……、間違いない。テメノスさんだ。
周りをよーく見てみたが、ここは間違いなく聖堂機関宿舎内の僕の部屋だ。
少なくとも僕が来客用の部屋と間違えたとかいうわけでは無さそうだ。
しばらく考えてるうちに、「ん……」と寝ていたテメノスさんが目を覚ました。
まだ半分寝ているのか、トロリとした目を擦りながら、
「クリック君、おはよーございます」
と、へにゃりと笑った。
いや、おはよーじゃないだろう。
なに人のベッドに勝手に潜り込んでるんだこの人、ていうかまさか他の人にもこんなことしてるんじゃないだろうな!?
言いたいことも訊きたいことも山ほどあるのに、僕の口は話すどころか浜に打ち上げられた魚のようにパクパクすることしか出来なかった。
何故なら僕は今現在、目の前のこの人に絶賛片思い中なワケで。
そんな相手が、少し肌蹴たロングTシャツタイプのパジャマから首すじや胸元、果ては太ももまでバッチリさらけ出してるワケで。
目の前の状況にグルグルと思考と目を回していると、突然
ちゅ
と、唇に柔らかい何かが触れた。
「!?」
「クリック君、何もしてくれないから私から……、キスしちゃいました」
嫌でしたか?と上目遣いで訊いてくるその姿に、プツンと何かが切れた。
「わ……、っ」
テメノスさんの両手首を掴んで、ベッドに押し倒す。
「……貴方が悪いんですよ?」
珍しく狼狽えている姿に構うことなく、少し開いた唇にゆっくりと自分の唇が近づいていき……。
ドタッ
「…………アレ?」
頭と背中に衝撃を感じ、意識が覚醒する。
痛みで開いた目に映るのは、見慣れた自室の天井。
どうやら思いっきりベッドから転げ落ちたらしく、頭を擦りながらゆっくりと起き上がる。
もしかしなくても、夢……か?
「………………」
ノロノロとベッドに座り直して、一呼吸置いてから。
宿舎中に僕の叫び声が響き渡った。
「うるっさいぞクリック!!」
どこからかオルトの怒鳴り声が聞こえた。
+ + +
あの妙にリアルな夢から醒めた僕は、気を紛らわせる為、モンスターの討伐依頼を引き受けた。
標的のモンスター全ての討伐を終え、報告書もその場で書き上げ、さぁ帰ろうと帰路についた途中、温泉を見つけた。……改めて自分の姿を見てみれば、モンスターの返り血やら何やらでかなり汚れている。
「……少し寄っていこうかな」
この姿のまま本部に帰ったら神経質な上官達に追い出されかねないし。
甲冑を外し、インナーも脱いで温泉に浸かる。
この辺りは寒冷地帯なこともあり、外の冷たい気温とお湯の温かさがちょうどいい。
ある程度汚れを洗い流し、そろそろ出ようかと思った時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(ん……?この声って、まさか……)
湯船の中から顔半分だけ出してそっと覗いたら……、予想は的中。
テメノスさんだった。しかもバスタオル姿の。
(な、なんでテメノスさんがここにぃぃぃ!?)
今朝の夢のせいか、今ここで会うのは妙に気まずい。しかもこっちは全裸だし。
思ったより動揺していたらしく、その時うっかりパシャッと水音を立ててしまった。
「おや?……誰かいるんですか?」
「ち、ちょっ!こっち来ないでください!!」
「……え?あ、クリック君もここに来てたんですね」
「だから来るなって言ってるでしょーがぁぁぁ!!!」
大きく手を振って僕の近くに歩み寄ってくるテメノスさんに悪いと思いながらも、軽く突き飛ばす。
「わっ……」
その拍子にテメノスさんの前面を隠していたバスタオルが、
ハラリと、
外れ、
「……………」
「……………」
お互い、生まれたままの姿をさらけ出したこの瞬間、確かに時は止まっていた。
バシャッ
「ぶはっ!?」
「大丈夫か?クリック」
「あれ?オルト……?」
いきなり水をぶっかけられ目を覚ましたら、バケツを抱えたオルトが立っていた。……そういえば、今日の任務はオルトも一緒だったな。
「まったく……、疲れているなら無理に来なくていい。ちゃんと休息をとれ」
オルト曰く、僕がなかなか温泉から戻ってこないので様子を見に来たら、茹でダコ状態で突っ伏していたそうだ。
その帰り道、滝を見つけた僕は煩悩を振り払うように二時間ほど一人で滝に打たれた結果、熱を出した。
+ + +
最近、正直しんどい。
今僕は、とある森の日当たりがいい場所でボーッと座っている。
何がしんどいって、ここ数日必ずといっていいほど夢にテメノスさんが出てくることだ。いや、それは別に悪いことでは無いし、むしろ大歓迎したいくらいだ。
だが、それらの夢の大半がラッキースケベ的な内容で、しかもテメノスさんといい雰囲気になったところで決まって強制的に目が覚める。
その時の罪悪感やら喪失感やら虚無感たるやもう。これを数日間繰り返した結果、見事に寝不足となった。
…………もう何も考えたくない。
そう思いながら寄りかかっていた木に頭を預けた時。
「クリック君?こんなところで何をしてるんですか?」
驚いた顔をしたテメノスさんが声をかけてきた。
僕は返事をするでもなく、チラリと横目で見る。
「大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
僕に手を伸ばそうとしたテメノスさんの手首をガシッと掴んで、そのまま地面に押し倒す。
「え?え?」
(……どうせコレも夢だろう)
だったらもう好きなようにやらせてもらおう。
狼狽えるテメノスさんを押さえつけ、首筋にちゅ、ちゅ、と口づけを落とし、赤い跡を散らす。
「ちょ、クリック君……どうし、たんですか?」
必死に僕の肩を押して抵抗するが、こっちは常日頃から鍛えている騎士。これっぽっちの抵抗なんて、何のことは無い。
テメノスさんの首筋に散々僕の印をつけ、もっと目に見えない所にもつけたくて、彼の法衣の袷を力ずくで引き裂こうとした時。
ドゴッ
「!?」
頭を何か鈍器のような物で殴られた。
「アンタ……、いくら人目がないとはいえ、こんなとこで盛ってんじゃないわよ」
「ク、クリック君!大丈夫ですか!?ソローネさん、何してるんですか!!」
振り返ると、ソローネさんが巨人の棍棒を肩に担いで僕を絶対零度の瞳で睨んでいた。
こういう状況をなんて言うんだったか……あ、思い出した。
『蛇に睨まれた蛙』だ。
その時、僕の視界の端に何か赤いモノが垂れてきた。
頭上から流れてくるソレを指で拭うと、それは僕の血だった。
なんか今回の夢はずいぶんリアルだな……。殴られたところも痛いし。
…………ん?
なんで夢なのに痛みを感じるんだ?
不審に思い、試しに僕の頬を思いっきり抓ってみた。
……痛い。
まさか……、これは、夢なんかじゃなくて。
じゃあ、今僕がテメノスさんにしたことは……。
……その後、辺り一面に僕の大絶叫が響き渡り、テメノスさんの仲間達が大慌てでスっ飛んできた。
END