私は今、久方ぶりに…というか、生まれて初めてかと思うほど全力で走っている。
どうかもう諦めて追ってきていませんように、彼の姿が見えませんように、と祈るように後ろを振り向くが、願いも虚しく彼は猛スピードで追いかけてくる。
「テメノスさぁぁーーん!待てって言ってるでしょーがぁぁぁ!!」
「今は私のことは放っておいてください!あとでキチンと説明しますからーーー!」
「説明なら今ここで聞きますからとにかく止まってくださいゴラァァーーー!!」
「そんなおっかない顔しといて止まれるわけないでしょう!!と、とにかく今は……」
(私だって本当は大好きな君の胸に飛び込みたいんです!)
「うわあぁぁぁ!!?」
先程から続いている追いかけっこの合間にも容赦なく私の心の声は響き渡る。
魔物の術か、キャスティの失敗した調合薬か、はたまたオーシュットから貰った何の生物の肉なのかわからない謎の干し肉か。
一体何が原因でこんなことになったのかはわからないが、気づいたら私は心の声が周りにダダ漏れの…いわゆる『サトラレ』という状態になってしまった。
まぁ仲間の皆には常に本音で話しているし、まわりの他人と話すにしても自分の心をコントロールして話すのは得意なのでそれほど苦ではなかった。……が。
(どうしてクリック君と話す時だけ本心が溢れて止まらないんですか……!)
違うことを考れば考えるほど、クリック君のことが頭から離れなくなってしまう。しかもそれが大音量でまわりに響き渡る。地獄である。
どうにもこうにもならなくなった私がどうしたかというと。
逃げた。
脱兎のごとく。
当然クリック君は追いかけてくる。
追いかけっこの始まり始まり。
(……なんて呑気に回想してる場合じゃないですね)
無我夢中で走り続けていた足がキキッと止まった。
(これは……、マズイですね)
目の前は崖だった。…というより、ものすごく急な斜面だった。
ゆっくりゆっくり手をついて慎重に行けば下りられないこともないだろう。だが、そんなことをしていたら確実に追いつかれる。
…………覚悟を決めるしかない。
(踊り子にジョブチェンジしていてよかった)
フーッと息を吐き、
「……風よ!」
掛け声と同時に少し弱めの風の渦が生まれ、その風の中に思いきって飛び込んだ。
「テ、テメノスさん!!何してるんですか!?」
今しがた追いついてきたクリック君の目には、私が見投げしたように見えただろう。
だが実際は、私は風に包まれながらフワリフワリとゆっくり下降していた。
ストンと地面に足を着き、斜面の上に目を向けるとそこには呆気にとられたクリック君が……、……あれ?遠目でよく見えないが、なんか俯いて…る?
そして、ようやく顔を上げたと思ったら、腰の剣を抜いて近くに生えていた木を切り倒した。
「は!?」
そして丸太と化した木の上に立ち乗り、そのまま……
ズザザザァァァァァッ!!!
斜面を滑走してきた。
「えぇぇぇぇっ!!!?」
この時、私の脳裏に以前イェルク教皇から聞いた『すのーぼーど』という外大陸の冬のスポーツがボッと浮かんだ。
もっとも今クリック君が乗っているのはボードじゃなく丸太で、雪山ではなく岩肌の急斜面だが。
って、そんなこと思い出してる場合じゃない。どんどんクリック君が近づいてきて…というか、このままじゃ丸太ごと私に衝突…するん、じゃ……、
………と思ったら、クリック君が乗った丸太は私の横を通り過ぎ……、そのまま近くの岩に激突した。
+ + +
「ん……」
「気がつきましたか?」
「イタタ……、えっと、あれ?テメノスさん?僕どうしたんだろう……」
あの後、気絶したクリック君の怪我を治療し、彼が目覚めるまで待っていた。
「クリック君」
「は、はい!?」
「……私も腹を括りました。もう思う存分、私の心の声を聞いてください」
「え?」
「みなまで言わないでください!笑うなら笑っていいですから!!」
「…………えーと、心の声とかどうとか……何の話をしてるんですか?」
あれ?……そういえばクリック君がそばにいるのに、なんの声もしない……?
「…………どうやら元の状態に戻ったようですね」
「…話が飲み込めませんが、テメノスさんが何ともないならよかったです。……ところで」
ガシッと肩を掴まれた。
「な・ん・で、僕から逃げたんですか?」
「…………邪神が現れて、走れと言われたんです」
もちろん誤魔化されてくれなかった。