「わっ!見て見てみんな!流れ星だよ!」
ここはリーフランド地方。次の目的地を目指して歩き続けているうちに、すっかり日も落ちてしまったある日の夜、アグネアが大きな声で夜空に指をさした。
「おー!ホントだ!アレに願いごとしたら願いが叶うって師匠が言ってたぞ!みんなは何をお願いするんだ?」
「よっしゃ!じゃあ俺は商売繁盛でも祈っとくか!」
「私はもちろん大スターになることだべ!」
「私は……肉いっぱい喰いたい!!テメノスは?」
「私ですか?…そうですねぇ」
私が願うことは、ただ一つ。
(…クリック君にもう一度会いたい)
またあの太陽のような笑顔が見たい。
あの困ったように、窘めるように、嬉しそうに私の名前を呼んでもらいたい。
最後に触れた氷のように冷たい身体ではなく、あの温かかった身体にもう一度触れたい。
(……なんて叶うはずもありませんがね)
「ん~……、内緒です」
え~!?とかズルいとかむくれる少女二人を宥めてる間に、パルテティオが街の灯りを見つけたらしく、今夜はその街の宿に泊まることになった。
+ + +
「……──!──い!」
(ん…、何か、聞こえ…)
朧気に聞こえるどこか焦ったような声に意識が浮上する。
「ちょっと貴方、しっかりしてください!僕の声、聞こえますか!?」
「……おや?」
目が覚めたらそこは宿の一室ではなく、見覚えのある建物の前だった。
(これは、聖堂機関本部……?じゃあここはストームヘイルか?)
どういうことだろうか。確か昨日はリーフランド地方を旅していて、夜にパルテティオ達と一緒に街の宿屋に泊まった筈だ。なんでウィンターランド地方にいるんだろうか。
先程から私に声をかけていた男は、一言も喋らない私を不審に思ったようだが、それでも生きててよかったとホッとしながらフードを外した。
「よかった……、気がついたみたいですね。歩けますか?」
「……え!?」
私の目の前にいたのは、会いたくてたまらなかったはずの……。
「クリック、君……?」
「え?どうして僕の名前を知ってるんですか?……どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「は?」
彼の口ぶりは、私のことなどまるで知らないといった感じだった。
「それより貴方、いくら街中とはいえ、こんな寒い場所で寝こけるなんて危ないですよ?危うく凍死するところでしたからね?」
「……クリック君、君は私のことがわからないんですか?」
「え?いや、わからないっていうより…知りませんよ。だって僕たち初対面じゃないですか」
「…………」
「あ、貴方のその格好……もしかして聖火教関連の方ですか?……だとしたら失礼しました。僕…新人なので聖堂機関以外の人のことはまだよく知らなくて……」
「クリック君!」
「は、はい!?」
「今……何年何月ですか!?」
「え?え?えーと……○○年の○の月ですけど……」
(どういうことだ……?今から半年近くも前じゃないか)
では自分は、もしかしなくても過去の世界に飛ばされたのだろうか。
何故?何が原因で?いや、それよりどうやったら元の時間に戻れるのだろうか。
「……あの、とりあえず聖堂機関の宿舎の…僕の部屋に来ませんか?このままだと風邪ひいてしまいますよ」
「………。…フフッ」
「え、何が可笑しいんですか?」
「いえ、前にも誰かさんから同じこと言われたなぁと思いまして」
「……?」
+ + +
「はい、温かいココアです」
「……ありがとうございます」
「それにしても大変でしたね。せっかく巡礼に来たのに雪山で魔物に襲われ、仲間の皆さんともはぐれてしまうなんて」
「えぇ……、災難でした」
あの後、クリック君に事情を説明し(もちろん出まかせだが)、少しの間だけ彼の部屋にお邪魔することになった。とはいえ、ついさっき会ったばかりの人間の言うことをこうも簡単に信じるとは……。私が言うことじゃないが、流石に少し心配になってしまう。
(それにしても……)
今はもう夢の中でしか会えないクリック君が目の前にいる。
(もしかしたら、あの流れ星が願いを叶えてくれたのかもしれませんね)
「そう言えば……、えっと、貴方のお名前はなんて言うんですか?」
「えー…、テ……テミス、です」
「テミスさんは何処から……」
その時、ドアからノックの音が響いた。
「クリック、今いいか?」
「オルト?どうした?」
(オルト君……?)
慌ててどこかに隠れようとしたが、幸い彼が部屋の中に入ってくることはなかった。
「……お前、旅の巡礼者を連れてきた上に、部屋に招き入れたというのは本当か?」
「あ…あぁ、雪山で魔物に襲われて仲間ともはぐれたらしいんだ。身体が温まったら出ていくと言ってるから」
「またお前はそうやって……まぁいい、あまり問題は起こすなよ。せっかく教皇の護衛として大聖堂に配属が決まったんだからな」
ため息とともに遠ざかっていく足音。
「クリック君!」
当然これから起こることも、クリック君がどういう運命を辿るのかも全て知っている私は我を忘れて彼に詰め寄った。
「わっ!ど、どうしたんですか!?」
「君が大聖堂に赴任するのはいつですか!?」
「は?そんなこと訊いてどうす…」
「いいから答えなさい!!」
「い、一週間後ですよ…!」
一週間。
それまでなんとしてでも彼の転属を取りやめにさせないと……いや、いっそ聖堂騎士団を辞めさせたらどうだろうか。彼はこんなカラスどもの巣窟で死ぬべき人間じゃないんだ。
でも……そうしたら、私と出会うこともなくなる。一体どうしたら……。
「あの…テミスさん?どうしました?」
黙り込んでしまった私に、心配そうに声をかけるクリック君。
「あの……クリック君、実は」
「そういえば大聖堂のすぐ近くにあるフレイムチャーチという村にすごく立派な異端審問官の方が在住されているらしいんですが」
「え」
「異端審問官は僕の憧れなんです。教皇と同じく、彼をお守りするのも僕の使命だと思ってます」
……誇らしげに話すクリック君の姿に迷いは消えた。たとえ私と出会うことは無くなっても構わない。
クリック君を永遠に失うことと比べたら。
「……クリック君、よく聞きなさい。その異端審問官とは絶対に関わってはいけません。彼は必ず君に災いをもたらします」
「は!?」
「そして出来るなら聖堂騎士団も辞めなさい。あそこはもう君が命をかけるような場所ではありません」
その時、私の身体が透け始めた。もう元の時間軸に戻るのだな、とわかった。
「テミスさん!?身体が……!」
「いいですね?必ずですよ!」
「ちょっと待ってください!なんで貴方にそんなこと言われなきゃならないんですか!それに僕はある人と立派に騎士になるって約束したんです!」
「……だったら!」
「だったら、何がなんでも生きる覚悟をしなさい!勝てないと思ったら逃げてもいいです!もう二度と独りで死ぬことは許しませんからね!」
目の前の景色が徐々に霧で覆われたように霞み始め……やがて一面真っ白に塗りつぶされた。
+ + +
目が覚めたら、何故か宿泊した宿でも、当然聖堂機関の宿舎でもなく……自宅のベッドで寝ていた。
「…………」
ガバリと飛び起きて過去の新聞を隅々まで読み漁る。そこには、聖堂機関のカルディナやクバリーが失脚したこと、オルト君が聖堂機関の副機関長ではなく、機関長に就任したことが書かれてあった。
(オルト君が機関長……?元の時間軸と少しだけ違っているのか?いや、それよりもクリック君のことは……)
どの記事を読んでもクリック君の事は死んだとは書かれていないが生存しているという記事もなかった。
クリック君はどうなったんだろう……。私の言いつけ通り、私に会うことなく聖堂騎士団を除隊したんだろうか。それとも結局未来は変わることなくカルディナに殺されたんだろうか。
(……いや、クリック君は私との約束は一度も破ったことなど無かった)
きっと未来は変わった筈。……そう信じよう。
「……これでよかったんですよね」
たとえクリック君と私の出会いが無かったことになっても。
その時、玄関のドアがガチャリと開く音がした。
「……?」
「あ、おはようございますテメノスさん。僕より起きるのが遅いなんて珍しいですね」
「……え?」
「僕もう鍛錬済ませちゃいましたよ。今日の朝ご飯は僕が作りましょうか?」
「………………クリック、君?」
「さっきからなにを呆けた顔してるんですか?」
「だって…、君は……」
「……もう、テメノスさんが言ったんでしょう?『何がなんでも生きる覚悟をしろ』って」
「約束…ちゃんと守りましたからね?テミスさん」