「テメノスさん」
「……」
「テメノスさーん」
「……………」
目の前に、こんもりと丸まった布団が一つ。
僕はその中に閉じこもっているテメノスさんに声をかけてみるも、中からはウンもスンもなく、まるで外敵を前にしたカタツムリの如く布団の中から顔を出すことは無かった。
(やっぱり今週の回だけは見せないようにするべきだったなぁ……)
こうなってしまったのは、僕が出演しているドラマが原因だ。
特撮からデビューし、今まで出演させてもらったドラマは大半がアクションものだった僕に、事務所の社長から「そろそろ新しい役どころに挑戦してみないか?」と言われ、あれよあれよという間に主演が決まった王道ストレートなラブストーリーもののドラマ。
テメノスさんも毎回欠かさず見てくれていたんだけど、問題の場面はラスト五分前の僕とヒロインのキスシーン。
テメノスさんはそのシーンを見たあと、無言で寝室に入って、ノロノロと布団に包まってカタツムリと化した。
………で、今に至る。
「テメノスさん、何度も言いますがあれは演技なんです!いくらドラマの中で女性にキスしたり好きだの愛してるだの言っても、それは台本に書いてある台詞をそのまま言ってるだけですから!」
「…………」
「僕が愛してるのは……そして、本当にキスやセックスがしたいと思う人はテメノスさんだけです!!」
「…………」
布団の山がモソリと動いて、テメノスさんの銀髪がチョロンと見えた。
「……3話目で腕を組んでましたよね」
「……はい」
「5話目ではカフェでスイーツあーんされてましたし」
「そうですね……」
「今回の話では29.8秒もキスしてましたね」
「測ってたんですか!?」
「…………」
せっかく見えていた銀髪がまた引っ込んでしまった。
………仕方ない。ここは強行手段を取らせてもらおう。
そっと団子になってる布団に近づいて……。
バサァッ!!
「テメノスさん!いい加減に……って」
布団の中で丸まっていたテメノスさんの頬は涙で濡れていた。
「テメノスさん……泣いていたんですか?」
「……笑うなり呆れるなりしていいですよ。私だってこんな女々しい自分に呆れてるんですから……」
ハラハラと涙を零すテメノスさんの姿に、堪らず僕はテメノスさんを抱きしめた。
「すみません……!僕、全然テメノスさんの気持ちを考えてませんでした……!女優さんと恋人同士の演技がこんなに貴方を傷つけてたなんて思いもよらなかった……」
「私も、クリック君は俳優でこれはただの演技なんだからと割り切っていたつもりだったんですが……、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけませんね」
「これからは恋愛もののドラマや役は全部断りますね……」
「いえ、ただの嫉妬でクリック君のお仕事を邪魔するような面倒くさい奴にはなりたくないですから……。でも…なら、そうですね」
「んっ!?」
突然テメノスさんが唇を重ねてきた。
チュッ、チュッと角度を変えて口づけ、やがてテメノスさんの舌が僕の口内に無理やり押し入ってくる。いつもとは逆に僕の舌はテメノスさんの舌に絡まれ、吸われ、歯列をなぞってくる。
クチュクチュとお互いの口内を蹂躙する水音が部屋中に響き、やがてテメノスさんの唇は離れた。
「はっ、はぁ…、テメノスさ……?」
「これからは演技でも誰かとキスしたあとは、ちゃーんと私で消毒してくださいね?」
今泣いた烏がもう笑うって言うんだろうか。テメノスさんは満足そうに笑った。
ていうか消毒て。