今年も甘い愛をどうぞ 雪がちらつくかもしれないと予報されるほど、キンと空気が冷えている。職員室は暖房が効いて暖かいが、閉め切った室内に充満する甘い香り。バレンタインよろしく、生徒たちに示しがつかないほど教師たちも浮き足立っていた。女教師たちから配られるのは、催事で買いましたと言わんばかりの、社交辞令のチョコレート。義理の方が助かるとはいえ、自他共に認める甘党の不死川は、この日が嫌いではない。
「不死川先生、はいチョコレート。いつもお世話になってます」
「さんきゅ」
大きな箱からひとつ手渡された小さなチョコレート。男性職員はホワイトデーにお菓子を返すのが通例になっている。みんなに同じものを渡し、みんなに同じものを返す。これが暗黙のルール、なのだが。
「しーなずーがわ。ハッピーバレンタイン」
満面の笑みで、場違いなほど飾られた箱を渡してくる大男。宇髄は毎年毎年、不死川にだけ手作りのお菓子をプレゼントしている。
「お前も懲りねえなァ」
「懲りねえ懲りねえ。だからさっさと俺の気持ち受け取りなって」
にっこり笑って差し出された箱を開けると中にはトリュフやジャンドゥーヤなど、まるでショコラティエが作ったかのように美しいチョコレートが数種類入っていた。去年はトルタカプレーゼだったので、方向性を変えてきたのだろう。
「チョコは受け取っとくゥ」
宇髄をあしらう不死川を見て呆れたように溜め息をつくのは伊黒だ。
「毎年毎年飽きないな、あいつも」
昼休みと言えど勤務中だと苛々した様子の彼に、「不死川が赴任してきてからだから、もう何年目だろうな」と煉獄が快活に笑う。視線の先で「ったく、素直じゃねえの」と宇髄がわざとらしく唇を尖らせている。
「しかしまあ、もしかするとあの光景も今年で最後かも知れないな」
そう言いながら先ほどもらったばかりのチョコの包みを開ける煉獄に、伊黒が「そうか?まだまだ続きそうだぞ」とうんざりした様子で肩を竦めた。
「気付かないか?」
意外にも勘がいい男が、チョコを口に放り込みながら伊黒を見る。
「不死川が手作りの食べ物を受け取る相手は宇髄だけだぞ」
ふふ、と面白そうに笑う煉獄の言葉に、伊黒は左右で違う色の瞳をぱちぱちと瞬いた。
「……まあ、素直な男じゃないからな」
「はは!それは間違いないな!」
もしかすると、いっそあのやりとりを二人して楽しんでいるのかも知れない。それなら宇髄のあの余裕加減にも説明はつくけれど。
「なら尚更、よそでやれ、よそで」
今年のホワイトデーは、例年とは何かが変わるかも知れない。