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    sazatake

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    トリート禁止令/あずりつ

    十月に冷たい風が吹くのは地球上どこでもというわけではなく、夏に向かう場所やそもそも常夏の場所もある。というか、たとえ日本国内であっても室内の気温なんていくらでもコントロールできるし、照明に照らされる舞台は灼熱だ。つまり寒くなってきたからと言って体型管理を疎かにしていい理由なんてどこにもない。食欲の秋はビジネスチャンスの一つとして利用するもので、甘えるものではないのだ。
    「律子さん、よろしくお願いします」
    「はい。ついたら起こしますから、寝てても大丈夫ですからね」
    「いいえ、起きていますから大丈夫です」
     ジムでの運動は楽なものではない。だが、疲れているだろう彼女はそうやって微笑むばかりだった。
     彼女のスタイルは既に申し分ないようにも見えるけれど、少し気になる部分はあった。旅番組、グルメ番組が重なったことが最も大きな原因だろうから、あまり厳しいことは言いたくない。だが、露出度の高い衣装で行うライブや水着の撮影は容赦なく訪れてくる。間食禁止令はいつもの調子でお菓子を差し入れてくれる他アイドルたちへの威嚇のために出したものだが、あずさは律儀に守ってくれていた。
    「ごめんなさい、律子さんもお忙しいのに」
    「車で仕事も進められるから気にしないでください。それに、アイドルたちのコンディションを整えるのもプロデューサーの仕事ですから!」
    「ふふ、頼もしいです」
     あずさの家はここからそう遠いわけではない。話し相手になってくれることに感謝しながら、律子はアクセルを踏む。車内で流れるラジオでは、春香と千早が楽しげに雑談をしているようだ。日付もあって、テーマは自ずと決まってくる。事務所で行われたハロウィーンパーティには、残念ながら律子もあずさも参加できなかった。
    「あらあら、春香ちゃんったら」
    「話して良いって言ってありますからね。宣伝うまくなったわね、春香も千早も」
     食べられないお菓子を持っていなければいけない状態はかわいそうだと、延長線上に出されたハロウィーン禁止令。面白おかしく話してくれることは、そのまま写真集の認知度向上にも繋がるだろう。ありがたい話だ。
    「でも、ハロウィンが出来ないのは少し寂しいですね」
    「そうですね……禁止したいのはお菓子だけですし、お家に戻ったらコスプレだけでもしましょうか。SNSの更新にも使……って、疲れてますよね、あずささん。すみません」
    「いえ、律子さんが良ければ。それに言いたかったんです」
     あずさのマンションを通り過ぎて、近場の時間制駐車場を目指す。いつしか定位置のようになっていた停めやすい場所は、今夜も空いてくれていたようだ。
    「トリックオアトリート」
     ハンドブレーキを引いたとき聞こえてきた声についドキリとしてしまった。どこかこちらを挑発するような声色に思えたのは、間違いなく気のせいだ。言葉に対する期待はまさしく色情によるものだから、恥ずかしくなって顔が赤くなる。それを期待と勘違いされないように、淡々とエンジンを切った。
    「お菓子は禁止中ですよ、あずささん」
     紳士ぶった表情は、律子がすると滑稽なものになるのだろう。しかしあずさは笑うことなどせずに、わずかに赤らんだ顔でじいっとドアを開けたプロデューサーを見つめている。いつもだったら何気なく差し出せる手を待っているようだが、しばらくしてから自力で降りてくれた。あとは数十メートル先のマンションに帰って、玄関先でまた明日を言うだけだ。歩を進めればすぐにたどり着いたエントランスを合鍵を使って抜けて、エレベーターのボタンを押す。真っ暗になっていた小さな箱に明かりが灯り、二人一緒にそこへ乗り込んだ。
    「トリートは、駄目ですか?」
    「だ、駄目です……けど、ちょっとならいいかもしれません」
     低カロリーの甘味はいくつか鞄の中にストックがある。何かがあったときのために用意した物だが、その何かとは予期せぬ失敗への慰め等で、決してこういうときのためじゃない。万全のフォロー体制を整えるために常備されていたチョコレートを探そうと鞄に入れかけた手は、その前に掴まれてしまった。
    「あ、ずさ……さん」
    「……つきましたよ、律子さん」
     周りに人の気配はない。ここで別れても、あずさの身に危険が迫ることなんてほとんどないだろう。それでも言葉を発する前に、気付けば手を引かれて廊下へと足を進めていた。あずさは律子のように手惑うこともせず、バッグからキーホルダーのついた鍵をすぐに見つけ出す。
    「そ、それじゃあまた明日」
    「律子さん」
    「う……」
    「トリックオアトリート、です」
     引き入れられた部屋は最早来慣れた場所だ。背後で聞こえた施錠の音が鼓動の速度を上げさせる。靴も脱がないままに抱き寄せられ、髪に口づけを落とされた。
    「ハロウィンは禁止しなくても良いですよね、律子さん」
    「……い、たずらは……その、ほどほどで……」
    「はい。頑張ります」
     着の身着のままで小悪魔のように笑うあずさのトリックに、既に嵌められているようだ。こんな調子じゃ投稿用の写真など撮れそうにないという他人事めいた所感は、甘い制汗剤の香りに飲まれてしまった。
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    sazatake

    DOODLEトリート禁止令/あずりつ十月に冷たい風が吹くのは地球上どこでもというわけではなく、夏に向かう場所やそもそも常夏の場所もある。というか、たとえ日本国内であっても室内の気温なんていくらでもコントロールできるし、照明に照らされる舞台は灼熱だ。つまり寒くなってきたからと言って体型管理を疎かにしていい理由なんてどこにもない。食欲の秋はビジネスチャンスの一つとして利用するもので、甘えるものではないのだ。
    「律子さん、よろしくお願いします」
    「はい。ついたら起こしますから、寝てても大丈夫ですからね」
    「いいえ、起きていますから大丈夫です」
     ジムでの運動は楽なものではない。だが、疲れているだろう彼女はそうやって微笑むばかりだった。
     彼女のスタイルは既に申し分ないようにも見えるけれど、少し気になる部分はあった。旅番組、グルメ番組が重なったことが最も大きな原因だろうから、あまり厳しいことは言いたくない。だが、露出度の高い衣装で行うライブや水着の撮影は容赦なく訪れてくる。間食禁止令はいつもの調子でお菓子を差し入れてくれる他アイドルたちへの威嚇のために出したものだが、あずさは律儀に守ってくれていた。
    「ごめんなさい、律子さんもお 2121