【嘘ドラロナ】再起動 なんでもないただの路地裏のアスファルトが、君の熱を奪っていく。
倒れ伏した君の体に縋る私のトラウザーズに染み込んでいくのは、溢れ出して止まらない赤い赤い君の熱。
もうずっと動かない君。
くたりと弛緩した身体は重く、よく通る声は聞こえない。真昼の晴天の目は開かない。呼吸をしない。心臓の拍動は、もうほんの微かだ。
ああ、私を置いていくのか。
私を置いて逝くというのか、ロナルド君。
私に君という存在をこんなにも刻みつけておいて、こんなにも早く、こんなにも呆気なく、私を、置いて、逝くのか。
忘れたくても忘れられるわけがない程に、君に対して抱く私の熱を、こんなにも肥大させておきながら、君は、私を置いて逝くのか。
私という夜を照らす唯一無二。
私の銀の光。
「ロナルド君……」
ぐぅと唸るように名を紡ぐ。喉が痛い。
「ロナルド、くん……」
むせ返る程の君の香りに、覆い被さるように彼の体に更に体を寄せれば、こつり、と何か固いものに触れた。
「……あぁ、……あぁ、なんてことだ、連絡、しようとしてくれたんだねぇ」
ロナルド君の近くに落ちていた彼スマホに気づいて画面を見れば、私のスマホへコールし続けていた。
「それなのに、私は……」
君が求めた私への繋がりに応答出来なかった。常に低いはずの私の全身の熱が、急激に冷めていく。歯がガチガチと鳴る。
この常夜の中では電波は不安定だった。だがしかし、君を探すのに必死だったとはいえ、持っていた繋がりを確認することを怠った。それは事実だ。
ずっと君を求めていたくせに。それを、私は……。
「……ロナルド君」
私は震える指を画面にすべらせる。
応答すれば、君に繋がるような気がして。声を投げれば、返事をしてくれるような気がして。
スマホを痛いくらいに耳に押し当てる。
「……もしもし。もしもし、ロナルド君。聞こえているかい? 早くかえっておいで。今日のお夜食はね、お皿に山盛りの唐揚げと、オムライスなんだ」
返事はない。私の発した声は情けないほどに震えている。
「ねぇ。今すぐかえっておいでよ。じゃないと、どうするっていうんだね。だってさ、山盛りなんだぞ。唐揚げが。誰がそれを食べてくれるんだ。ジョンだけじゃ食べきれないじゃないか。冷凍したって私の料理はおいしいさ。美味しいけれど、あたたかいうちに食べてもらえるのが、作った身としては一番嬉しいんだよ」
返事はない。
「……君の為にこしらえた料理を、君が食べてくれないなんて、私は酷く耐え難いんだ」
返事は、ない。
しかし、私はこの繋がりを切る事ができない。
この間も刻一刻とアスファルトが君の熱を奪っていく。溢れ続ける君の真っ赤な命という熱を。
君の熱を奪い尽くしていく。
私の熱を、ひとり置き去りにして。
「……──ダメだよ」
握りしめたスマホがギチリ、と悲鳴を上げた。私の指先は反作用で崩れる。
「許さない。許さない。そんなことは、許さない……!! 君が欠けた世界がどんなに賑やかだろうと、私には色も温度も匂いも音もなにもかも感じられない。君が欠けているんだ。それじゃあ私は何一つ楽しくないのだよ……!!」
ロナルド君の纏う赤を握りしめて、私は腹の奥から湧き出る熱を絞り出すように呻く。
「ねぇ、起きて。目を開けておくれ。さぁ、息をして。さぁ。私と共に」
途端、ざらりと崩れた私の身体が、ロナルド君の潰れた心臓部を目掛けて移動する。
急速に集まった私の塵が、散らばった彼の熱の欠片を丁寧に拾い、そして繋ぎ合わせていく。
まるで私が塵を集めて再生するように、君の崩れた細胞を崩れた私で細部まて繋ぎ合わせていく。
新しい心臓を君に。
私の心臓を君に。
「──ねぇ、ロナルド君。いい夜だよ。起きて」
とくり、と。
私という塵が拵えた紛いモノの心臓が動き出す。
どくり、と。
私という塵が拵えた紛いモノの血液が君を巡り始める。
どく、どく、と。
君の身体が、私の熱で動き出す。
血が巡り、呼吸を再開し、まつ毛が震える。
目が、開いた。
鮮やかな青が再び世界を映し出す。
一度止まった君の熱が、もう一度動き出す。
「ロナルド君。さぁ。リブートだ」
吸血鬼でも人間でもダンピールでもない唯一無二の存在となった君が、ゆらりと上体をおこし、ついでよろめきながらも立ち上がる。
前例のない唯一無二の存在が、眩しげに月を見上げた。
私は君に、ただ、一緒にいて欲しかった。
死なせてなるものかと、思ったのだ。
究極のわがままによる、君という存在の再起動。
「ロナルド君? 聞こえるかい? 〝真祖の心臓〟君に預けてやる」
さぁ、共に生きようではないか。
私と共に。