しらないはなし「コンサル、一体何をしてたんだ?」
予想より早かった佐藤たちの帰宅に、コンサルはちょっぴり戸惑ったように見えた。飛びつこうとじゃれつくそらまめから逃げるように高い位置に白っぽくなった物理ハンドを上げ、何故か着けていた透明な手袋をはずす。
「随分汚れてしまいましたね……」
いつもの黒い物理ハンドをそらまめの目の前に差し出し、手のひらに乗るのを確認してからコンサルは口を開いた。
「サプライズの練習をしていたのです」
その古い記録について話題に出したのは、確か瀬田8のコンサルタントのnn268d15でした。
クリスマスという祝祭において、一年間の総合評価がおおむね良好だった場合には、人類はサンタクロースなる存在からプレゼントをもらえたのだそうです。
「一人で評価を全てをこなすということは、私たちのような一対一の専属ではなく、どちらかと言うと開拓での複数サポートに近い感じだったみたいですね」
「しかしそれでは細部まで評価しきれない可能性もあります」
「確かに」
「私たちのように、日々彼らの気質や特性を知った上で近くで見守る存在の方が、より正当な評価を出来る気がするのですが」
「そこでですね」
塩野1のコンサルタントのnn266a92がしたのは、注目させるようなジェスチャー。活発な塩野1に対応するためか動きや表情のダウンロード数が多く、興味深いなと思っていると、話を聞けと言いたげな顔を向けられました。
「nn266e38、聞いていますか?」
聞いていますよ、聞いていますとも。
データ上に作った一時的な集会所で便宜的に姿を形作っているだけなんですから、顔なんか向けなくたって、本当は私たちはいくらでも会話出来ます。
「評価基準の不明確な人物などさておいて、私たちが各々の管理対象にプレゼントを贈るというのは如何でしょうか」
「何を?」
「それも含めて考えるのですよ」
「佐藤は物を欲しがらないんですよね……」
「なら飼育対象が喜ぶものはどうですか」
「すあまはどうでしょう……そらまめは食べ物ですね」
そらまめはとてもよく動くせいか、食べ物への反応が著しいです。
「瀬田もよく食べますよ。食べている時の表情はとても明るくて嬉しくなります」
「瀬田は体を動かす作業が多いようですから、消費エネルギーも多いのでしょう。塩野も食べる方ですが、瀬田よりは少なめですね。佐藤はどうですか、今の食事量は」
「最近はだいぶ食べられる種類も摂取量も増えましたよ」
「それは良かったですね」
「まぁ、そんなこんなで、菓子を作ってはどうかという話になりまして。クリスマスまで秘密にしてサプライズする予定でした」
そんなこんなで略された部分が本題な気がするし、知ってはいけないものを知ってしまったのではないだろうか。
「これじゃもうサプライズにならないだろ」
「これはサプライズの練習なので大丈夫です」
「何その言い訳……」
「という訳で、ハリスとマリヤのカステラを試作していました」
召し上がれ!そう言ってテーブルに置かれた皿の上には、薄く茶色がかった黄色いふわふわした丸い物体。甘く香ばしい香り。
「ハリスとマリヤが大きな調理器でお菓子を作ったお話の、大きな大きな黄金色のふんわりカステラですよ。そらまめ、美味しいですか?」
カステラの端に突進したそらまめがもりもり食べながらコンサルに頷く。美味しいらしい。
気になるようなそぶりのすあまにも、少しむしって小皿の上に置いてやる。不安げにおそるおそる口にしたすあまが一転、ご機嫌そうな表情をこちらに向けてくる。美味しいらしい。良かったな。
「佐藤もどうぞ」
「じゃあ……いただきます」
カステラはふわふわのスポンジ状で食感も軽く、確かに美味しかった。これは塩野や瀬田くんにも食べさせたい。いや、サプライズというならまだ二人にも教えられないのかもしれない。二人が受けるサプライズは別のものかもしれないが、うちのコンサルのようにうっかりバレたりはしない気がする。
ん?ハリスとマリヤの絵本にそんな話あったかな……?
ふと気になって見上げると、コンサルが見た事のない表情で微笑んだような気がした。
fin.