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    kirikooon

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    kirikooon

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    ノスクラ。自分の死体を隠す短い話。

    いたい この死体をどうしようか、とクラージィは柄になく隠蔽工作について思考を巡らせていた。襤褸を纏い、痩せた男は半目を開いた状態で息をしていない。触れればひやりと冷たく、それは体温をうしなったというより冷凍カジキマグロという方が似合いである。いまが夏であれば自然解凍されたかもしれないが、ここ一週間は氷点下も下回る寒さが続く真冬であり、まずひとりでに動き出すことはなさそうなことに安堵した。とはいえ、このままそう広くもない1LDKの部屋の真ん中に放置していれば見てくれといっているようなものである。
     隠せる場所はクローゼット、風呂、トイレ。まず風呂は却下だ。今日、お隣の吉田さんは出張であり、そういう話をしたので万が一があり得る。言葉にして誘ったことはないが、暗黙の了解だ。朝日が昇る直前までゆっくりと過ごすのが通例で、彼はここを訪れる前に身なりを整えてくるが、稀に風呂場を使っていく。その時に浴槽に死体が転がっていれば、長く生きた身でもさすがに驚愕するだろう。今日に限っては帰ってもらってもいい気はするのだが、たかが冷凍カジキマグロ一本に多くない逢瀬の機会を潰されるのも癪だった。
     次にクローゼットもあまりよろしくない。クラージィは寒がりであり、外に出るときは勿論、家の中でも冬であればこれでもかと着込んでいる。それは暖房器具を揃えきれていないことが要因のひとつであったが、最近では客人も慣れたもので勝手にクローゼットから自分用の毛布を引っ張り出して暖を取っている。先に必要なものを外に出しておけばいいのではないか。しかし、彼はクラージィよりはよっぽど細かいことに拘るようで、特に秘密についてはひどく気にかかるようだった。そのくせ気にしていることを明らかにしないので、後になって疲れ果てた姿に申し訳なく思うことがある。可哀想だ。クローゼットはやめようと思うに足る理由だった。
     そうして最後に残るのはトイレだ。カチカチに凍っているので壁に立てかければ縦にも置けるだろう。そしてクラージィ宅のトイレに彼が入ることはまずない。家主のクラージィですらその生態上、頻繁に使うものではなかった。

     最適解は出た。そうと決まれば、急いでこの死体を移動させなければならない。帰宅が遅れたせいで茶請けの入ったスーパーの袋すら机のうえに置かれたままになっている。彼との約束の時間まではあと5分。インターホンが鳴るのはきっかりその2分後。計7分がクラージィに残された時間である。荷物をひとつ動かすには十分な時間だと思われるがこの死体、容赦なく冷たい。素手で触れば皮膚が張り付きそうなほどだ。固いのでどこかにぶつければ欠けそうなのも怖い。死体について平常心は保てても、さすがに損壊させるのは恐ろしかった。ゆっくりと帰路と同じように周囲に注意しながらトイレまで運ぶと予想とは違いうまく立てかからない。膝が曲がっているせいでバランスが悪く、転がってしまう。微調整を繰り返し、なんとか便座の横に収めることができた。まだベルの音はしない。ほっとしてトイレを出ると、そこにはまだいないはずの客人、ノースディンがいた。思わずクラージィの腹から声が飛び出した。

    「なぜいる!」
    「何度か呼び鈴を鳴らしたが、出なかった」

     はっとしてインターホンの設定音量を確認すると最小になっている。そういえばクラージィの部屋でお隣さんたちと飲み会をしたときに設定が変更できるということで、試しに音量を小さくしてみたのだった。ノースディンには合鍵を渡していたので、入ってもらうのは構わなかったが、まさか気付かないとは。なんにせよ、ノースディンに見られていたかが問題だ。表情は普段と変わらないように見えるが、どうにも判断がつかない。その時、扉の向こうでズズッとものが壁をこする音が聞こえ、続いて流水音が響く。運悪くはまってしまったのか、流水音はなかなか止まらない。これは、死体の頭がレバーに引っかかっている。嫌な確信があった。扉を開ければノースディンに見られるが、無人のトイレから水が流れ続けるのは異常だ。先に死体が見えないように、なにかで包んでおけばよかった。クラージィが扉の前で躊躇しているとノースディンが怪しんで声をかける。

    「おい」
    「…これは全自動トイレ洗浄機の音だ」
    「全自動トイレ洗浄機?」
    「そうだ、最新式だ」
    「……止めなくていいのか」

     苦しい言い訳に常識的な心配で返される。そもそも変なことを言わずにノースディンを先に奥へ通すか、すべて話してしまえばよかった。ままよ、と思い彼の前でドアを開けてしまう。人間の素足が便器の横から飛び出ている。ばれてしまえば仕方ない。機械的に死体の位置をずらし、水を止める。ノースディンは無言だったが、背中に突き刺さるような視線を感じる。ノースディンがこの死体について、どう感じるのかクラージィには良く分からないが、自分が転化させて目覚めなかった人間の死体だ。そう見たいものではないだろう。せめて顔を見えないようにと、クラージィは死体の上に自分の着ていたジャンパーをかける。寒い。上着を脱いだせいではなく、ノースディンが温度を下げている。吐く息が白くなった。

    「抑えらなかったのか。それとも、うまくいかなかったか」

     ノースディンからかけられた言葉にどう答えたものかクラージィは少しだけ口をまごつかせ、やはり正直に伝えるのがよいだろうと決心した。人を襲ったか転化に失敗し、その死体を隠している。そう思われるのはクラージィにとっても不本意だったし、ノースディンも傷ついた様子だった。いずれは消える、いまは存在しないはずの死体に彼の優しさを消費させたくなかった。口も気遣いもうまくない。どうしたってクラージィにはありのままを伝えるくらいしかできないのだ。

    「これは私だ」
    「は?」
    「『吸血鬼ドッペルゲンガー~5年前の僕に会いたい~』にやられた」
    「……」
    「日付をまたげば消えると聞いたので、ここに置いておけばよいかと。お前に見せるつもりはなかった、すまない」

     ノースディンはこめかみを抑えて深くため息を吐いた。彼の息も白い。自然とクラージィはノースディンを抱きしめていた。初見こそ驚いたが、クラージィにしてみればこの死体はただの動かないモノだ。しかし自分の死体より、大切な者の死体の方がよっぽど衝撃だろう。黙ってぬくもりを分け合っていると、ノースディンも落ち着いたようで、冷え切った部屋がいくらか元に戻り始めていた。彼からも抱きしめ返され、首元に頭を預けられる。

    「…せめてベッドで寝かせてやれ」
    「廊下でいいのでは」
    「寝かせてやれ!!」

     私にお前を雑に扱わせるな、と泣きそうな顔で詰られ、言われるままにベッドへ死体を運ぶ。その後、死体が消えて朝日が昇っても、ノースディンはびったりとクラージィから離れなかった。


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