ラディエクス小話「貴殿はその兵器を阻止するために赴くのか、アントロポス」
夜半、集合住宅の一室。通信端末から感情の無い声が響く。少女とも少年ともとれる、子どもの声だった。
椅子でくつろいだ様子の男が応える。
「場合によるが、まあそうだな」
「説明を求む」
「本物なら賢者殿が手を打っていないわけもない。阻止するにせよ、利用するにせよだ。俺が拝むのは残りカスかも知れん」
「それでも行く理由は」
「『世界を終わらせる』兵器なら珍しくもないが、見学する価値はあるだろう」
「了解」
「デュナミス、君の調子はどうだ」
「現在は安定している」
「ならよかった。暴走したら今度は国一つでは済まないだろうからな」
純粋な興味だが、と男が前置く。
「人間よりも、兵器の方が親近感が湧くか?」
「否定。我々アイオンの同類はアイオンのみ。中でも私への命令権限を持つに値するのは貴殿だけだ」
「命令、ね。俺は指標を示しただけで、君に命令する気は無いが。約束だって破っても構わない」
「貴殿に背く理由が無い。あるいは、それが私に求めるものか」
「君が望むようにして欲しいだけだ。……出会った頃なら『この会話の必要性を感じない』とか怒られたものだが。君も随分丸くなった」
「不要ではあるが、貴殿が聞いて欲しいなら聞く。
しかし残念ながら、出会って永い時を経た今でも、私の望みというものは希薄だ」
「いやいや、それならそれでいいんだ。
確かに、俺たちは自分たちで結論を出すことができず、この星の知性体に世界樹の存在の是非を委ねた。人として生き、自身の見解を得るのは義務とも言えるだろう。
しかし君は宙から生まれ落ちる時の事故で、俺たちのように人格を得ることが叶わなかった」
通信端末の向こうの声は黙って聞いている。
「それを『治そう』とする連中もいたが、俺の考えは違う。俺には人間ラディエクスとしての、君には君の、その視座からしか得られないものがあるはずだ」
「理解しがたいが、貴殿の役に立つならそれでいい」
「思考の放棄はして欲しくないんだが……まあ、君をその場所に縛り付けたのは俺の案だから、責任を感じないでもない」
「放棄ではない。私は『貴殿を信じている』」
「──」
薄い笑みを絶やさなかった男が、微妙に顔を歪めた。見る者が見れば、『苦しげ』だと評しただろう。
「やめないか、それ。
いや、そうしたいなら止めないが」
「それ、とは。対象が不明瞭」
「聞き飽きた言葉だ。俺の在り方は自分で決める。君の在り方も、誰かが押し付けていいものではない」
男の様子は、ここにはいない他の誰かに語りかけているようでもあった。
「私の言葉が気に障ったか」
「大丈夫だ。不快ではなく、むしろ……嬉しいから、期待に沿いたくなるから困るんだ」
「理解が困難」
「はは、ゾイや他の同類にも、誰にも分からないだろうな。あいつらは死ぬ度に記憶をリセットしたがるから。
では今回はこの辺りで、定時連絡を終えよう」
「了解。次回を待つ」
■
後日、夜半。
男は培養液で満たされたカプセルの前に立っていた。
研究室へのアクセスこそセキュリティは厳重だったが、一旦中に入ってしまえばザルと言って良かった。錬金術や様々な分野の粋を結集させた最高レベルの設備にも関わらずだ。ラディエクスはこんなものだよなとため息をついたものである。
「L-20039A……LastのLか。人の名前らしくはないな」
そう、培養液の中にいたのは人間、しかもまだ胎児にも至っていない、未熟な幼生だった。
加えて不完全な箇所があり、ラディエクスは見た瞬間に『賢者』が何故この会社に在籍しており、わざわざ自分に顔を見せたのか理解した。あなたは無駄足だったのよと、阻止が徒労に終わるのを見届けに来たのである。
「賢者殿も娯楽が少な過ぎるよな。可哀想なことだ」
この兵器はじきに死ぬ。産まれた瞬間に全てを滅ぼそうが、産まれる前に死んでしまうのであれば意味が無い。
計器に目を移す。そこには複雑なエネルギーの流動が記録されていた。
「脳も無いのに夢を見るか。いや、世界を滅ぼすことが確定しているなら、権能の前借りでそれ以前の世界もいじれる、か。つまり……」
これは自殺なのだ。
絶えず変化を続ける計器の波形を見つめる。どんな夢を見ているのか読み取ろうとした。
ほとんどは解読不能だったが、あるイメージが閃く。
「……空を、ずっと、遠くまで」
呟いてふむと頷く。
「俺も鳥は好きだ。聖騎士団の団旗にしたこともある。
なあ、せっかくだから鳥から君の名前をつけないか?」
もちろん返答は無いが、ラディエクスは少し思案した後、こう言った。
「たとえば……『アルバトラ』」