ハニーバニーはご機嫌ななめ「頭丸めろよもう」
「は? なんだ急に」
問題発生だ。彼氏のビジュが良過ぎる。
俺が認めざるを得ないほど美しい容姿をしている恋人を自慢に思ってはいるけど、そのキラッキラの顔面をところ構わず晒すとどうなるか。
答え、滅茶苦茶モテる。
「じゃあ逆モヒカンで」
「じゃあってなんだよ、やだよ」
「やじゃね〜〜〜」
さらさらの髪と長いまつ毛。陶器みたいに白くてつるりとした肌、デカすぎる目。脱いだらそこそこ凄いタイプの彼ピなんだけど、首から上が美少女だからたまに脳が混乱する。そもそも本当に三十歳なのかこの人。嘘を吐いてるようには見えないけど、未だに半信半疑だ。
「……街とかで声掛けられててムカつく」
「なに、やきもち?」
「うん。やきもち」
眉間に皺を寄せてニヤけるのを必死に堪えているふゆみさんは正直ちょっとキモくて、せっかくのビューティフルフェイスが残念な事になっている。そうだよ、これだよ。
「理解った」
「あ?」
お一人ですか? この後時間ありますか? 彼女いますか? うるせーうるせー。慣れた態度でいなしてるのも、これまでの経験……と言うかモテ歴が察せられて非常に腹立たしい。
でも常にこの顔だったら彼氏がモテる心配は無くなるってワケだ。やば、天才かも。
「俺がふゆみさんをキモくする!」
「無理に決まってんだろ。この顔でキモくはならねぇよ」
「いや、大丈夫」
「なにが?」
そうと決まれば早速実行に移さないと。
頭に大きな疑問符を浮かべてるふゆみさんを安心させるため、パチンとウインクして見せた。
「俺に任せて」
「だからなにが?」
◾︎
予約せずに入ったカフェは平日だからか思ったより混んで無かった。先週美容室で読んだグルメ雑誌に載ってた今流行りの無機質カフェ。苺たっぷりのフルーツサンドが売りなんだとか。よく分かんないけどふゆみさんこういうの好きかな、と思って誘ってみた。ランチメニューとしてしょっぱい系のたまごサンドやカツサンドも置いてたから、甘いものが得意じゃない俺でも楽しめて良かった。店内もオシャレだったし。
腹ごなしに地下街で服とか靴とかを適当に見て歩きながら、美味しかったねと感想を言い合う。今回の店はなかなかふゆみさんのお気に召したらしい。また行こうかなんて和やかに話していると、ふと複数人の視線に気が付いた。誰のってものでも無い、いつものだ。
「? どうした」
「んーん。何も」
「フルーツサンドって美味いけどあんま腹に溜まんねぇな」
「なんか買って帰る?」
「そーすっか」
今日の恋人の服装は、チャコールグレーのゆるっとしたサイズのTシャツにワイドパンツというなんともシンプルな格好だ。美形はなんでも着こなしてしまうものだけど、こういうシンプルなファッションが一番顔が際立つんだよな。ほら、今だって超見られてる。勿論俺だって見られてるけど、あるじゃん人には、それぞれ好みってやつがさ。俺の恋人としてダサい服装はして欲しくないけど、こうして周囲の注目を集めている状況はかなり気に食わない。見んなよ、俺のなのに。
短く息を吐いて覚悟を決めたなら、作戦決行だ。斜め前を歩く彼氏の腕に狙いを定めて、ぎゅうっと思い切りしがみついた。
「!」
「へへ、ふゆみさん大好き」
「……!」
限界まで目を見開いて咄嗟に片手で口元を覆ったふゆみさんだけど、その掌の下で口角を歪めてアウトな顔をしている事なんてお見通しだ。
よーし、この調子。するりと腕を絡めてさらに密着する。そのまま上目遣いに小首を傾げ、渾身のあざとい仕草でコンボをキメてやった。
「今日肌寒いからさ、こうしててもいい?」
「…………うん、いーよ」
暫く呆気に取られてたふゆみさんは、やがて天使みたいに笑った。こうやって心底嬉しそうに微笑まれると、なんか俺まで嬉しくなる。色ボケかよ。させたかったキモい表情じゃなかったけど、むしろこんな所でさせたくなかった表情だけど、きゅんとしたので良しとする。周りの女の子達なんてまるで眼中に無い、好きだなぁって顔をして俺だけを見てる恋人。
そうそう、こうでなくちゃ。
もう一回囁くように好き、と耳元で伝えると、ふゆみさんは今度こそなんとも言えない顔をして口をもにょつかせた。ウケる。
結果としてはまあ、御の字なんじゃない?
◾︎
「なぁ、今日のアレ何」
「やだった?」
「やじゃねーけど……」
帰宅して手を洗い終えたところで、ふゆみさんが切り出した。
普通はデートから帰ったらすぐに「今日は楽しかった! また会おうね〜」なんてメッセージを送らなきゃいけない訳だけど、一緒に住んでたらこういう手間が省けて助かる。「家着いた?」も「今日着てた服可愛かった」も必要ないし。
ところで今された質問。何って聞かれても返答に困る。だって。
「ふゆみさんが悪いんじゃん」
「?」
「堂々と晒しちゃってさぁ〜……」
ビッと人差し指を突き付けてご自慢のツラをじっとり睨み付けるけど、相手は何について責められてるのかよく分かってない様子だ。ああもう、言わせないでよ。
「みんなにふゆみさんが俺にデレデレしてるとこ見せて幻滅させてやろうと思ったの」
「…………。お前、それ……」
若干口篭りながらふゆみさんは言った。
「ニヤついた顔がどーのってより、ただ周りにバカップル見せ付けただけなんじゃねえの?」
「…………あっ」
うわ、まじか。うわぁ……。
自分から指摘しておいて照れくさそうにすんのうざいんだけど。なんなの。愛おしそうに見つめてくんな。……違う、そうじゃなくて、あ〜……。だいぶ恥ずかしいぞコレ。
「……もう寝る」
「いや寝かさねーし」
くるっと華麗にターンしたところで後ろから強く抱き込まれて、逃亡が失敗に終わる。おい、苦しいんですけど。
「離せ〜!」
「お前マジで可愛い……」
「知ってる!!」
「あはは」
とっても機嫌が良さそうで何より。
ジタバタもがいたところでゴリラに敵うはずも無く、諦めて全身から力を抜いた。
「お、もういいの?」
「なに」
「嫌がってるフリ」
「……」
度々思う。この人ってマジで性格が悪い!
「あとは浮気さえしなけりゃ手放しに可愛いって言えんだけどなぁ」
「俺は浮気してても可愛いし」
「調子乗んな」
「わっ!」
いつの間にか寝室に追いやられていたらしい。ぼふんとスプリングの効いたベッドに投げ飛ばされ、丁重に扱えと抗議しようとして顔を上げれば、ふにゅ、と唇が重なった。
「せっかくだから家でもやる? バカップル」
「……調子乗んな」
ムカつく。なにがやる? だ。ふゆみさんがしたいだけの癖に。苛立ちに任せてグイッと胸ぐらを掴んで噛み付くようにキスすると、ふっと笑う気配がした。くそ、余裕ぶんな。
はいはいと仕方なさそうに開かれた口の中は、昼に一口貰ったフルーツサンドよりも甘い気がした。
終わり