「春にい、この子は御門梓乃くん。オレの恋人です」
頬を赤く染めながら告げた光の隣にいる人物 —— 御門と、俺はお互いを見て固まっていたのだろう。
「あれ、もしかして2人とも知り合い?」と尋ねられるのに時間は掛からなかった。
御門と俺は一夜を共にしたことがある。終わった話、俺が悪いと言い訳を考えながら視線を前に向けると、御門が何かを訴えたそうな目でこちらを見ていた。今にも首を横に振るいそうに見えたのは、俺の願望だろうか。どちらにしろ正直に話してしまったら、2人の関係に大なり小なり影が差すことには違いない。俺と、そして御門も口を開いた。
「「(お)店で見かけた人(です)」」
※( )表記は梓乃くん
手を洗いながら、怪しまれることを言わなかったか、席の離れ方が不自然じゃなかったかを反芻する。それこそ既に終わったことだ。言わないと決めたからには押し通すしかない。もう一度決意を固めて廊下に出ると、光が立っていた。こちらを見つけると眼前にやってきて、声をかけてくる。
「春にい大丈夫?具合悪かった…?」
「……大丈夫だ。どこも悪くない」
そっか、なら良いんだけど。そう言うと、改めて視線をこちらに向けてくる。まだ話は終わらないようだ。大方予想はつくものの、思わず身構える。
「春にいさ、梓乃くんと何かあったの…?」
「……何も無い。お前だって、店の客を見かけたら見覚えがあるって思うだろ」
「ああそれは確かに!春にいって人のことよく見てるもんね。覚えていても不思議じゃないか……」
「まあ……そういうものだ」
そう言って俺は席に戻ろうとしたが、光はその場に立ったまま動かない。光の方を向くと、目が合った。
「梓乃くんと付き合って気付いたんだけど……
オレって結構妬いちゃうみたい」
相手の顔を見る優しい笑みだが……目に温度がない。光は昔から、怒りや悲しみ等の負の感情を抑える時、他の感情も沈めてしまうところがあるようだった。久しぶりに見るその表情に、体が震えそうになり唇を噛む。しかし、数秒とたたず光の笑顔は温度を取り戻した。
「……なんてね。梓乃くんと、仲良くしてくれるとオレ嬉しいな」
そう言って光は先を歩く。俺も後に続いて歩いていると、そうそうと光が何か思い出したように口を開く。
「春にい、あんまり思い詰めちゃダメだよ。口に出して言った方が良いこともあるんだから」
振り向いた光は、人懐っこい笑みを浮かべていた。