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    nbymk02

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    nbymk02

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    オリファの過去話。
    修行後〜ミララと出会う前の時間軸。ある記者との出会いの話。
    本編ネタバレ?仄めかしてます。

    ##徒歩組

    ファとラの話 慣れ親しんだ景色が次第に遠ざかり、鉄の塊は黒煙を吐きながら異郷の地を往く。
     できるだけ遠く、誰も知らない場所へ。逃げるように俺はここまでやってきた。そうせざるを得なかった。夢も、約束も、それをつかむための努力も、すべて中途半端のままにして。宙に掲げたままの希望はそのまま高く遠く、伸ばす手から離れていくばかり。
     辺りの人のざわめきがどこか靄がかって遠くに聞こえる。あれほどまでに輝いていた景色は色褪せて今はすべてが灰色にみえた。

     俺は、すべてを失ってしまったのだ。
     終点駅にたどり着いた汽車が止まる。次々と降りていく乗客を眺めて、俺はしばらく動けずにいた。行くあてはない。母のもとに帰ることはまだできない。もっと遠くへ。次の汽車に乗りついで、誰も知らない、見知らぬ土地へ行かなくては。
     全てを諦めるつもりはない。それでもこれからどうすべきか、途方には暮れていた。
    「お客さん、終点ですよ」
    「あ、すみません」
     車掌に促され、あわてて下車する。降り立ったホームには夕刻ということもあって人の姿はまばらだった。乗り継ぎの列車を確かめようと案内板を探す。足取りは重い。手に持った鞄の重さがやけに身に染みる。長時間同じ姿勢でいたせいか、体中が痛かった。
    「次はどこの町にいくんだ?」
     突然の後ろからの声にびくりと全身が揺れた。それから、かけられた言葉の意味を理解して、ぞわりと全身が総毛立つ。
     もしかしてずっと、見られていたのか。背中に銃口を突き立てられているような錯覚。嫌な予感がした。滲んだ汗が背筋を冷やしていく。
    「……っ」
     後ろ振り返らず、俺は一息に走り出した。
    「あっおいまて少年!」
     後ろから呼び止める声がしたが、待てと言われて待つ奴はいない。ホームを抜けて、俺は一目散に逃げた。
     ――そろそろ撒けただろうか。
     ちらりと後方を確認し、追ってくる影がないことを確認した俺は足を止めた。こんなに走ったのはいつぶりだろう。息はすっかり上がっていた。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し、激しく肩が上下する。
    「いやあたまげた、足速いねえ」
    「うわっ」
     顔を上げるや否や、正面からの声にひっくり返りそうになる。
     そこにいたのは見覚えのない男だった。黒か茶か、深い色合いをした長い髪を無造作に束ねて、くたくたのシャツに身を包んで煙草をふかしている。年の頃は三十代くらいだろうか。無精ひげに覆われた顔は、少なくとも自分より十は歳が離れていそうだ。
     警戒と緊張とでしかめた俺の表情とは裏腹に、男はその表情をにこやかな笑顔で包み込んでいる。信じられない。走り出した時は確かに後方にいたのに。いつの間に回り込まれていたのだろう。
    「抜け道を知っていてね、ちょいと先回りさせてもらったよ。此処はおれのホームだから、地の利ってやつさ。すまんね」
     心に浮かんだ疑問に答えるようなタイミングで、男は喋り出す。まるで心を読まれたかのようで居心地が悪い。
    「俺に何か用ですか」
     数歩後ろに下がり、距離を取りつつ問う。男はにこやかな表情を崩さぬまま、
    「うん」
     とうなずいた。
    「君、バルフリーディアのところで修業してたでしょ。俺のこと、覚えてない?」
    「そう、ですけど。失礼ですが、どこかでお会いしたことありましたっけ」
     はて、どこかで顔を合わせていただろうか。記憶をたどるも、心当たりはない。この男はいったい何者なのだろう。何をどこまで知っているのだろう。警戒しつつ、探り探り答えてみる。
    「いんや、ないよ。初対面だ」
    「……っ」
     やられた。彼の問いに答えてしまったのは不用心だったかもしれない。こんな簡単な誘導にひっかかるなんて、我ながら情けない。
     確信した。この人は信用してはいけない。再び数歩、距離を置く。
    「あーごめんごめん、そんなに警戒しないで。ちょっとした悪戯心だからさ。俺、君に危害を加えるつもりはないんだよ。ほら」
     男は開いた両の手のひらを顔の横に掲げた。武器はない、というアピールなのだろうが、それだけで確信が変わるわけがない。
    「マジほんと、信じて。俺、君が思ってるものとは無関係だから」
    「その証拠は」
    「証拠、ねえ。特にはないけど」
    「……」
    「そんな顔しないで! ほら、証拠はないけど、危害を加えるつもりだったらもうとっくに君は無事じゃない。そう思わん?」
    「それは……」
     言の葉に流されるつもりはないが、確かにそれもそうかもしれない。俺をどうにかしようというなら、わざわざ声をかけて気づかれるような真似をする必要はないのだから。
    「信じてくれた?」
    「じゃあ、なぜ声をかけたんです」
    「俺、少年に用があってさ、最初の町からずっとつけてたんだよね」
    「はあ……!」
     ぞわりと背筋が粟立った。
     つけられていることなど、まったく気が付かなかった。最初に旅立った町からここまで、どれだけの距離が離れていると思っているのか。そういう問題ではない。ここまでの間、誰にも見つからないようにと自分なりに最大の用心をしていたつもりだ。それが、こうも容易く追跡を許してしまっていただなんて。張りつめた緊張の糸がぷつんと切れる。思わず力がぬけて、俺はすっかり放心してしまった。
    「大丈夫? 少年。ま、俺はその道のプロだからさ。こんなにも華麗な尾行ができる人間、そうそういない。相手が悪かっただけだし、むしろ相手が無害な俺でよかったって。少年の張りつめた顔を眺め続けるのも悪くなかったぜ? そう気を落としなさんな」
    「……」
     かなりのショックだった。ずっと後をつけられていたことが気味悪くもあったし、まるで意味をなしていなかった自分の警戒の甘さが愚かしく、情けなくもあった。揺らいだ心の衝撃に、身体の力が抜けそうになる。
     だが、狼狽えている場合ではない。歩み始めた足を、こんなところで止めているわけにはいかないのだから。
     どうして今になって、男は声をかけてきたのか。言葉通り本当に彼に敵意がないのか。その目的を聞かぬことには判断がつかない。先の言葉通り、敵意があるのならとうにこの身を害しているはずだ。そうしないということは、何か理由があるのだろう。
    「まあ、いいや。それで、俺に何の用ですか。おじさん」
    「おっなんだ急にいい顔になったな。いいぞ少年、だがおじさんはやめてくれ、まだ二十代なんだから」
     男は苦笑して、ふうと煙草の煙を吐いた。そうしてこちらへと手を差し伸べる。
    「俺はラグっていうんだ。よろしくな、オリファ・エーデルシュタイン」
    「俺の名前も知ってるのか。あんた一体?」
     差し伸べられた手は取らず、俺はラグと名乗った男を見据えた。
    「なあに、ただのしがない新聞記者さ」
    「今どきの新聞記者は変質者まがいのことを平気でするんです?」
    「んーこれも俺ならではだな。どこまでもターゲットを追うしつこい奴はいるが、ここまで存在を感じさせずに根気強く尾行できるのは俺くらいだな」
    「で、その尾行の得意な新聞記者さんが一体俺に何の用ですか」
    「取材させてほしいんだ」
    「取材?」
     いったい何を言い出すのかと思えば取材がしたいだなんて、言葉通りの意味だとしても、その意図がつかめない。
    「そう、君が見たもの、知っていることをすべて教えほしいんだ」
     その言葉で合点がいった。彼が何を求めて俺を追ってきたのか。彼の取材対象が一体何なのか。だけれど。それならばなおさら、返すべき答えは一つだ。
    「それはできません」
    「まあ、そうだよな」
     俺の返答をはじめからわかっていたようだった。深くうなずきながら、しかしその目はまだ光を失っていない。
    「君、さ。破門されたんでしょ。一体なにをやらかしたのさ」
     探るような黒曜石の瞳が、俺の心をのぞき込む。けして呑まれることのないように、俺は堅く口をつぐんだ。
    「まあ、理由はいろいろ考えられる。奥方との不貞だの、後継者問題のごたごたに深入りしてしまっただの、ね。まあ、君がそれらに該当するかはわからないけど」
     にんまりと歪んだ口元、変わらずこちらを映す瞳は、言の葉によって俺が揺らぎを見せるのを今か今かと待ちわびている。
    「教えてよ。一体、何があったのさ」
    「答えられません」
    「そうかあ、残念。じゃあ聞き方を変えよう」
     ラグは上空を仰いで、再び煙草を燻らせた。真っ白な煙が空へと登り、夕と夜との境目の色に溶けて消えてゆく。束の間の余白の後、再びその瞳がまっすぐこちらを射抜いた。
    「――君は何か重大な事を知ってしまった。そうなんじゃない?」
     心臓が高鳴る、その音が届かないことを願った。
    「……一体、何のことをいってるんですか?」
    「うーん、これも駄目か。まあ、そりゃあそうだよなあ」
     大げさな挙動で頭を掻いて、ラグは口から煙を吐き出した。
    「仕方ないか」
     漸くあきらめてくれたのだろうか。胸をなで下ろす。
    「今日のところは諦めて引き下がるとしますか」
    「ええ、ぜひ。……って、え。今日のところは、って言いました?」
    「ああ。言ったよ。だってこれから俺、少年に不定期密着取材するんだもの」
    「まさか付いて来るつもりですか!?」
    「大丈夫、不定期だし、少年が気づかないようにまたうまく尾行するから」
    「全然大丈夫じゃないんですけど!」
     ぜんぜん諦めてなどくれていないようだ。それどころか、これからもつきまとう宣言を堂々とされてしまった。こちらの意思などお構いなし、取材ではない。本当に只の犯罪じゃないか。
    「取材協力のお礼に、少年には特別に俺的おすすめ安心安全町村リストを教えてあげるから。とりあえず目下の目的地としてそこを目指すといいよ。ここから一番近いとこは……この村だね! 自然豊かで良いとこだよー」
     協力を承諾した覚えはないが、ラグはどんどん強引に話を進めてくる。挙げ句次の目的地まで勝手に決めてくる剛胆さだ。口を挟む隙も与えられずに、いくつかの町の名前が箇条書きされたメモと、各地に印のつけられた地図を無理矢理手渡される。リストの町どこも聞いたことのない地名だらけで、地図の印も辺境ばかりを示していた。
     身を隠す旅の目的地としては確かに有効なのかもしれない。だからといって、彼に協力する気が起きると思ったなら大間違いだ。
    「大丈夫です。自分でなんとかできますから」
     手渡された紙を突き返して、きっぱりと断る。そもそも、ラグの指定した場所に向かっていたら、自分の居場所が筒抜けになってしまう。それでは全く意味がない。こちらを勝手につけ回す、出会って数分の不審者に自分の動向を明かすなど間抜けにもほどがある。
    「お願いですから、俺にはもう関わらないでください」
    「そっか。じゃあ、まー、それでもいいよ」
     相変わらず煙草をくわえて、両腕を頭の後ろで組んだラグはけろっとした声で言う。こちらとしては深刻な問題だというのに、間延びした返答はそんなものはお構いなしといった風で、こちらを一切気にする素振りはない。と、言うことは彼の意思も……
    「俺は勝手に調べるだけだし」
     当然、変わらず。徹底的に後を追ってくるつもりらしい。
    「はあ……」
     まさに空気を叩いているかのような気分だ。思わず盛大に息がこぼれ落ちる。これはもう、こちらが折れない限り収集はつかないのだろう。
    「そう気落ちするなよ少年」
    「誰のせいだと思ってるんですか」
    「まあ、人生なんて思うようにいかないことばかりさ」
     お気楽な声に頭痛がするようだ。意図的なのか、それとも天然なのか。この男は本当に、ため息の原因が己にあるなどと微塵も思ってないのかもしれない。
    「……わかりましたよ、気づかないうちに勝手につけられてるのも嫌なので、付いてくることは容認します」
    「お、本当か!」
    「その代わり、付いてくるときは付いてきてることをちゃんと知らせて下さい。居もしないあなたの影にまで怯えるようになるのは嫌なので」
    「それでは尾行のしがいがないが……仕方ないな」
    「言っておきますけど、どんなに付いてきたところで俺から何かお話することはありませんからね」
    「え、そうなの」
    「最初からそう言ってますよね」
     再びため息が出そうになる。この先が心配でしかならない。こんな厄介な相手に目を付けられてしまって、本当これから大丈夫なのだろうか。
    「ま、とりあえずいいや。そこは俺の腕の見せ所ってことよな。少年おっかけるだけでもいろいろ良いネタがつれそうだし、いやーこれから楽しくなりそうだ」
     こちらの心配をよそにラグはすっかりご機嫌な様子だった。夜の訪れに灯り始めた街灯がにんまりと満足げな口元を照らし出す。にこにことしながら、彼はすっかり小さくなった煙草を地面に放って、こちらに右手を差し出してきた。
    「まあ、なんだ。俺、少年のこと気に入ったからさ。できるだけ長く密着させてくれよ? 長い付き合いになれるようお互いがんばろうや」
     相変わらずの軽い口調。けれどその瞳はまっすぐ俺を映していた。ぎらぎらと燃えるような輝きは、不思議と嫌な気持ちになならなかった。もしかしたらこれは、彼の秘めたる信念の光なのかもしれない。
     まだ信用できるかはわからないけれど。まあ、案外こういう人間が意外と信用できたりするものだ。その可能性を信じてみてもいいのかもしれない。そんな直感に突き動かされて、俺はその掌を握り返したのだった。
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