たくたまデート回 (導入)「わたし、明日オフなんだけど」
いつもの帰り道。唐突に彼女は言った。わざとらしく身体を前へと傾けて、上目遣いでのぞき込む。見つめられた視線に、簡単にどきりとしてしまうのは、この少女の造形がとびきりの美人であるからだ。
明日は土曜日、学校は休み。テスト期間中ということもあり、部活もない。で、あるならば。
彼女が何を求めてそんなことを言い出したのか、すぐに理解できてしまった。
いたずらに、気まぐれに、そして意地悪く。そんな彼女の要求はいつだってこんなふつに突然に、枝葉をさらう風のようにやってくる。
もう少し俺が鈍感で、その意図に気づかなかったならば。そしてただ、つまらない男と呆れられ、切り捨てられてしまえたならば。もう少し、人生は簡単だったかもしれない。しかし、残念ながらそうして切り捨てられる道を俺は選ばない、選べないことを彼女はわかっているのだろう。
三日月みたいな瞳がきらめく。美しい。すべて、彼女の意のまま。手の平の上なのだと、気づいた俺のため息。それが彼女に届いたか、そうでないのかはわからない。いずれにせよ。俺がここでどんな反応を示したとしても、それはすべて彼女を愉しませるだけの結果に終わるのだろう。
「朝九時に、駅前で良いか」
それだけ言うと、彼女は前のめりの姿勢を満足げに正す。
「察しがいいじゃない。そういうところ、すきよ」
薄く整った唇が満足げに半円を描く。
「男に向かって簡単にすきとか言わない方がいいぞ」
彼女のほうは見ずに空を仰ぐ。日の落ちた空の上、星々はご機嫌に瞬いていた。