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    nbymk02

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    偽ップルデートがみたい続き。

    ##ヒーロー

    たくたまデート回(本文) 待ち合わせ時間ぴったりに、彼女はやってきた。
     スポーティな黒のキャップを被って、大柄の黒縁眼鏡を伊達でかけている。艶やかな黒髪はいつものストレートではなく、ゆるくサイドで三つ編みにされていた。普段と印象はだいぶ変わるものの、変装というには少し物足りない。俺と彼女の関係は報道によってすでに世間に知られてしまっているのだからこそこそ隠れるつもりはない、ということだろう。
    「さあ、行きましょうか」
     そう言って彼女は俺の左腕に手を回す。ふわりと花のような香りが漂って、どきりとした。驚いて離れようとして、いやいや俺たちは恋人同士なのだと思い直す。付き合っていれば腕を組んで歩くなど自然なことだ。
     ドッとうるさい心臓の音は、左側の彼女には丸聞こえだろう。素知らぬ顔の下、きっと内心はかなり面白がられているのではないか。そう思うと恥ずかしくて、無性に居心地が悪い。
     今日のデートコースは彼女からの試練。すべて俺に任せられている。正直、女性とのデートなんてはじめてのこと。どこに行ったらいいのかなんてまったくわからない。テスト前だから、図書館で勉強会……とも思ったが、そんなことを言い出せば彼女から向けられるのは冷ややかなまなざしであろうことは容易に想像がついた。ので、俺は必死に考えた。文明の利器・インターネットの力を借りて『学生・デート・女子・喜ぶ』で検索。片っ端から調べまくった。そうしてなんとか今日のプランを練り上げたのだ。果たして、彼女のお眼鏡に叶うのだろうか。

     ◆

     最初に観た映画は上々だった。テレビドラマで放送していた作品の劇場版。完結編は劇場で! というやつだ。俺も前園もドラマを観ていたということで、完結を見てみるかということになった。
     そんな手軽さで選んでみたが、映画ならではのスケールの事件がドラマの伏線を回収しつつ一気に収束していくクライマックスは手に汗握るもので、なかなか興奮できた。果ての大団円。なかなかに満足できる悪くないものだった。途中何度か涙腺が弛みそうになったので、隣の彼女に気付かれまいと必死にこらえた。まあ、鼻をすする音でバレバレだった可能性はあるのだが。
    「前園がこのドラマを観ていたなんてな、意外だった」
    「ああ、マネージャーがね。すきなのよ、このドラマ」
     彼女はさらりと答える。
    「マネージャーがか? 前園はどうなんだ?」
    「そうね、すきよ?」
     表情はにこりとしていたが、どこか嘘っぽくもある。本当はどう思っているのか。本心を知りたかったが、なんとなくそれ以上話を続けるのははばかられた。俺は手元に残っていた、上映前に買った炭酸飲料を飲み干した。

    「あの、すみません。たまきちゃん、ですよね」
     降って湧いてきた声に振り向く。中学生くらいの女の子が二人。どきどきした面もちでこちら(というより彼女)を見ている。
     ああそうだ。忘れていたわけじゃないが、前園は人気モデル。町を歩けばファンに声をかけられることもあるだろう。
    「ええ、そうよ」
     少女達に視線を合わせて前園は優しく微笑む。意外だった。普段の彼女は他者に対して非情にクールに、悪く言えば愛想のない接し方をする。ファンを前にしても同じなのかと思っていたものだから。こんな表情もできるのか。
     あこがれの美女の柔らかな微笑み、少女達は声を黄色くする。それに気づいた何人かが何事かとこちらを振り返る。そして、前園の存在に気づいたようだ。まずいな。そう思ったが。前園は落ち着いたまま、微笑みを保っている。
    「彼氏さんですか?」
     きらきらしたまなざしがこちらにまで及んできた。浴びたことのない熱視線に、たじろいで目線を泳がせた。対照的に、前園は落ち着いた声で言った。
    「ごめんなさいね。今日はプライベートなの。彼とデート中だから、そっとしておいてくれる?」
     デートなんて言うものだから、少女達の瞳がいっそう輝く。その勢いのまま、また歓声が上がるのかと身構えたが、そうではない。
     うんうん、わかったわ! とでも言うように大きくうなずいて、素直に理解を示してくれた。
    「ありがとう」
     前園は手を振って少女達に別れを告げる。少し離れてから俺の手をつなぐと。きゃあ! 後ろから歓喜が上がった。
     ひとまず一件落着か。そう思ったが甘かった。噂が広がったのか、心なしか周囲の人が増えている気がする。ここにいるらしい彼女を探して、きょろきょろと忙しなくうろついている。目深に帽子を被りなおし、少しだけ面倒くさそうにした前園の一歩前に出て。今度は俺がその手を引いた。人混みの隙間を縫って、足早に映画館を抜けた。

     ◆

     土曜の駅前はやはり人が多い。人目に付かぬところを探してようやく落ち着いたのはカラオケボックスの個室の中だった。
    「悪かったな……。本当はどこかで昼にしようと思ったんだが」
     デートと言えばランチはおしゃれなカフェテリアが定番! と書いてあったので、周辺の人気店にいくつか目を付けていたのだが、この様子ではとても落ち着いてランチなどできそうにない。見通しが甘かったと反省する。
    「構わないわ。わたしも特に変装をして来なかったのだし」
     そう言って前園はウーロン茶を一口。
    「予定とはずれてしまったけど、時間的にここで何か食べるか」
     テーブル上に広がっているフードメニューに手を伸ばす。カラオケは久しぶりに来たが、なかなか食事もバラエティに富んでいるのだなと感心する。
    「何でも好きなものを頼んでくれ。おごるから」
     というと、彼女は俺の顔をじいっとのぞき込んだ。
    「無理しなくて良いわ」
    「無理なんてしていない」
    「嘘。あなた、お小遣い制でしょ。私の方が稼いでいるし、ない見栄は張らない方がいいわ。逆に格好悪いから」
    「うっ」
     返す言葉もない。食事代くらいはなんとかなると思っているが、何でも好きなものを頼まれた結果、余裕がなくなる可能性は大いにあった。
    「すみません、じゃあ、割り勘で」
    「はいはい」
     情けない。俯いた俺をみて、前園は楽しそうだった。
     しばらくすると、頼んだフードが運び込まれてくる。大人数の来客を想定しているのだろう、パーティメニューが多かったのでピザやフライドポテト、サラダを頼んで分け合うことにした。
    「前園って普段こういうの食べるのか」
     モデルの仕事は体型維持のために食事制限が厳しい印象がある。普段の彼女を見ていても、ジャンクフードのイメージはあまりなかったので聞いてみる。
    「あんまり食べないわね。でも、たまになら嫌いじゃないわ」
     言いながら前園はピザに手を着ける前にサラダを口に運んでいた。
    「そうか、偉いな。ちゃんといろいろ考えてて」
    「別に、昔からこれが普通だったから」
    「モデルの仕事はいつからやってるんだ?」
    「……いつだったかしら。子供の頃からよ。家族がそういう仕事をしていたから」
     俺は前園のことをあまり知らない。人は人、他人は他人。ばっさりと一線を引いて、よけいな詮索を嫌う彼女はこちらのことをあれこれ聞いてこない。
     それはそれで不快ではないのだが。そのかわり、自分自身のことも多くは語らないのだ。語らないことにわざわざ踏み込むのも気が引けて、これまで俺から彼女に何かを聞くことはしてこなかった。謎めいた美少女。そのミステリアスな雰囲気が、彼女をより大人びた高嶺の華にするのだろう。
     ピザを食べつつ、ちらりと隣の彼女に視線を向けた。やはり、とびきり顔が良い。単に見た目だけではなく、立ち居振る舞いにも品がある。モデルという仕事柄、というものあるのだろうが。何気ない一つ一つの仕草に華があって、目を惹かれてしまう。
     視線に気づいたのが、彼女と目が合う。切れ長の瞳を長い睫毛が縁取る。凛として落ち着いた、艶やかな視線。掴まれた心臓が大きく跳ねた。そうして急に、うまく言葉が出てこなくなる。
     この場所がカラオケボックスの密室だと言うことを急に意識してしまう。この狭い空間に、自分と彼女の二人だけ。すぐ隣、手を伸ばせば届く距離。スカートからのぞく、細く白い脚の曲線。制服の時にはわからない魅力。今この世界で、俺だけしかしらない彼女。
     心臓の音が喧しい。のぼせたように思考は鈍り、顔が熱を持つのを感じる。今まで平気だったのに、どうして急に。居ても立っても居られなくなり、俺は――。
    「う、歌うか! せっかくカラオケだしな!」
     慌ただしくマイクを手に立ち上がるのだった。
     突然の行動にきょとんとしている彼女をよそに、とりあえず片っ端から知ってる曲を入れていく。すぐにイントロが流れ始め、気を紛らわすために歌う。自分でも混乱しているのがわかった。慌てて曲を選んだものだから。五曲もの間マイクを握りしめることになった。最後のアウトロが終わり、ドリンクを口に含んで、冷静になった頭で席に座る。
     自分の行動を省みて狼狽えたくなりながら、歌い疲れた呼吸を整えていると。前園が脚を組み直して言った。
    「託仁って、そんなに歌がうまくないのね」
     あまりにもストレートだった。
    「う、うあああ! まあな! 悪かったな!」
     そんな直球な物言いがあるか。自分でも自分の行動に引いているというのに、追い打ちまで食らって心が折れてしまいそうだ。悔しいやら情けないやら。だがしかし、本当のことだからどうしようもない。
    「――でも、嫌いじゃないわ」

     落とすところまで落として、それから持ち上げるのは反則だ。ぽんと投げられた肯定の言葉に、俺の情緒はとことん振り乱される。前園は口元をにやにやさせている。冗談なのか、本当にそう思っているのか。もうまったくわからない。
     そんな彼女に、俺は苦し紛れ、マイクを突きつけた。
    「俺だけ批評されるのは不公平だ。前園も歌うべきだ」
     直ぐに怪訝な顔をされたが、俺は負けじと食い下がる。無言で、マイクを差し出したまま、じっと彼女をみつめ続ける。
    「一曲だけよ」
     仕方ないわね。と呆れ顔で、マイクを受け取った前園は曲を入れる。流れ出したのは
    耳なじみのない洋楽曲のイントロ。そして彼女は、全編英語詞のそれをさらっと歌いこなしてしまうのだった。

     ◆

     神様というのは不公平だ。これだけの美貌を持ち、頭が良く、運動だってできてしまう。そんな彼女に歌までうまいという特技を持たせるとはひいきにも程がある。
     文句の付け所のない歌唱っぷりに、俺は完全に打ちひしがれていた。あれを聴いた後に数曲歌わされるという苦行を受けた心はカラオケを出てからもしばらく荒んだままだった。
    「ねえ、託仁」
     そんな俺の手を、前園は引っ張って言った。
    「格好良いところみせてよ」
     彼女の視線の先にはゲームセンターがあった。アーケード街の一画でやかましい電飾の光が『GAME』の文字を形作っている。中に入ると、そこら中で鳴り響く大音量の効果音が、店内BGMを打ち消して喧しく俺たちを出迎えた。ぎゅうぎゅうに景品を詰め込んだクレーンゲームが列を成し、その真ん中にドーム状のガラスに覆われたの機体が鎮座していた。クレーンでコインをすくって積まれたお菓子の山を崩して手に入れる、おなじみのゲームだ。そのほかにもレースゲームやリズムゲーム、ガンアクションやプリクラなど、たくさんの機体が所狭しと並んでいた。
     客はそれなりに入っていたが、みんな目の前のゲームに夢中なのか前園に気付く様子はなかった。楽しげなそれらの間をくぐり抜けて、俺の手を引いた前園はまっすぐに進んでいく。
     そうしてクレーンゲームのエリアに付く。人気キャラクターのぬいぐるみやフィギュア、家電製品やお菓子など、いろいろなものが景品となってひしめくように置かれている。しばらく吟味して、前園はとある台の前で足を止めた。大きな犬のぬいぐるみが置かれたクレーンゲームの前だった。一の字の目をした柴犬が何ともいえないゆるい表情でこちらを見つめている。
    「がんばって」
     にっこりと笑って、とんと俺の背中を押す。なるほど、格好良いところ……このぬいぐるみをとれと言うことか。
     ゲーセンはたまに部活仲間と遊びに来るし、クレーンゲームだってやる。景品をだってこれまでに何度か獲得している。やってやろうじゃないか。
     腕まくりをして、気合い十分。台の前に立つ。アームは二本で挟み込むオーソドックスなのものだ。一度で狙うのではなく何度かプレイして、ぬいぐるみの位置をすこしずつ動かしてとるのが攻略法だろう。ガラスの中に目を凝らす。どのくらいアームを移動させ、どのタイミングで下降ボタンを押すのか。脳内で何度もシミュレートする。
     後ろで見守る前園の表情が、ガラスに映って見えた。他人の視線を意識していないからだろうか、力の抜けた、自然な表情。どこかわくわくと心弾ませているような、みたことのない無邪気な微笑みだった。気づいていない振りをして、絶対にとらなければと強く思う。
     五百円を投入する。ゆっくり息を吸って、吐く。試合終盤のフリースロー。それと似た緊張感だ。集中してボタンへと手を触れる。横へと動かし、位置をあわせて、ここだ!
    「あ」
     後ろから小さく、前園の声がした。アームに持ち上げられたぬいぐるみはわずかに宙を移動した。ものの、すぐに落ちてしまう。ここまでは想定内だ。もう一度。同じようにぬいぐるみを持ち上げて、少しずつ動かしていく。
     繰り返すこと、六回。あっという間に、プレイ回数が終わってしまった。意外と手強い。額の汗を拭う。
    「もう少しだけ待っててもらえるか?」
     前園はこくりとうなずいた。
     もう一度五百円を入れ、今度こそとアームを動かす。ぬいぐるみはすぐに滑り落ち、こてんと後ろに倒れてしまった。再び試みるも、アームがうまくはまらない。ここから持ち直すのは至難の業だ。店員を呼んで位置を直してもらうこともできるが。最初の位置に戻ってしまうし、店員を探しにいく間彼女をひとり待たせるのは嫌だった。このまま自力でやってやる。残るプレイはあと三回。すべて最良のプレイをするべく、集中する。
     寝ころんだままのぬいぐるみの腹部にアームをひっかけ、持ち上げることに成功する。アームの移動の衝撃ですぐにまた落ちてしまうが、ゴールはもうすぐだ。再びアームを動かす、浮き上がるが、やはり落ちてしまう。残るプレイはあと一回。ガラスに映る前園は、真剣な眼差しで様子を見守っている。
     もう一度深呼吸をして、ボタンに力を込める。そして――!
     ころん。
     ぬいぐるみは穴へと吸い込まれ、取り出し口に仕掛けられていた電球が冬場のイルミネーションのように賑やかに点滅を繰り返した。
    「やった! ほら、前園! やったぞ!」
     とりだしたぬいぐるみを前園に渡す。
    「ええ、すごいじゃない。ありがとう」
     ぬいぐるみを受け取った前園は、それまでの表情が嘘のように落ち着いた様子だった。けれど、手の中のぬいぐるみをじっと見つめたその瞳が、きらきらと輝いたような気がした。それは一瞬のことだったけれど、今までみたどんな表情よりも純粋で、屈託のないもので。ああ、よかった。そう心から思った。

     ◆

     時刻は十八時。夕飯をどうするか迷ったが、彼女は明日の早朝から仕事があるとのことで今日はこれで解散することになった。
     駅前を離れればいつもの帰り道、前園を家まで送って歩く。見慣れた道を歩くのが制服ではく私服というだけで、不思議な感じがする。今更ながら、デートだったんだなと実感する。
     俺は今日一日、彼女の隣を歩くに相応しい姿であれたろうか。彼女は、楽しいと思ってくれただろうか。
    「送ってくれてありがとう」
     彼女の住むアパートが見えてきた。あっという間の時間だった。つないでいた手が離れていく。涼しくなった手の平がなんだか寂しい。そう思っているのが可笑しくて、鼻を掻いた。
    「正直、悪くなかったわ。テスト前だから図書館で勉強しよう。なんて言われたら、速攻帰ってやろうと思っていたから」
     俺は肩をすくめて苦笑う。そんな俺の顔を、前園は楽しげに見つめて。
    「また、よろしくね」
     いたずらに微笑む。いつもの彼女の笑顔だ。大人びて、余裕があって、指先で簡単に弄ぶように、こちらの心をたやすく転がす。
    「善処するよ」
     そう答えるのが精一杯だった。
     また、か。
     考えるだけで胃がすくむ。それでも、まあ。
     今日よりはもう少し、うまくやれるだろう。

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