崩れゆくバーンパレス心臓部から脱出するには、全力のグランドクルスで外壁を吹き飛ばし、再生する前にルーラを使うしかない。
導きだされた結論は、しかし、誰がそれを行うかという新たな問題を突きつけた。
ヒュンケルが撃って、力尽きるか。
アバンが撃って、自爆技となるか。
兄弟子か。師か。
究極の選択に動揺する仲間たちからそっと距離をとり、ポップは肉壁のような外壁に歩み寄った。
左の手のひらを押し当て、押し付ける。外壁の性質は建材というより魔物のような生物の類いに近い。魔法力を吸収し打撃もほとんど効果がないが、一方で泥のように柔らかい。ポップの左手は肘の辺りまでずぶずぶと簡単に沈みこんだ。
そう。沈みこむのだ。ポップの腕は今……気色の悪い話ではあるが……生きもののような肉壁の内側に触れていると言って等しい。
ごく。緊張から喉が大きく鳴った。
グランドクルスを使うための闘気とは、すなわち戦いに特化した生命エネルギーのこと。ポップは戦士ではないため闘気を操ることはできないが、生命体である以上、体内には生命エネルギーがめぐっている。
(って、ことは、つまりよ)
つまり。右の手も肉壁に埋めて、そこからポップの全生命エネルギーを注ぎ込めば。
(この状態で……あの呪文を唱えれば、おれにもこいつを吹き飛ばせるってことだぜ)
ポップは右手を肉壁に当てた。急げ。誰かがグランドクルスの構えに入る前に行動しなくては。そう思いながらも、指先が震えているのを見つけてしまい苦笑する。
ああ。またこいつを使うことになるとは思わなかった。グランドクルスしか手がない、という結論にたどり着いたとき、本当はこの方法も同時にひらめいていたのだ。だが言えなかった。仲間たちに引き止められることは確実であったし、何よりポップ自身がこの手段を選びたくなかったからだ。
(ダイを、迎えてやりたかったなあ)
今まさに、たったひとりで大魔王と死闘を繰り広げているであろう小さな勇者。ポップの大事な大事な親友。
あいつが地上に帰ってきたとき、最初にお帰りを言ってやる存在になりたかった。よくやった、お疲れさんと、あいつに誰より最初に言葉をかける存在になりたかった。
大魔王がいなくなった世界で、ダイが生きていく隣で生きていたかった。
(……でも、でもよ)
ポップは腹をくくり、震えの止まらない右手に力をこめた。ずぶ、ずぶ、鈍い音を立てながらゆっくりと、右腕が肉壁へ飲み込まれていく。
ポップのちっぽけな願いより、そんなものより、仲間たち全員を生きて帰す方が大事だ。ダイが帰ってくる場所そのものを守る方が大事だ。
兄弟子を、師を、生かす方が大事だ。ヒュンケルにすがり、アバンに懇願し、瞳を潤ませるマァムを。その涙を、こぼれ落ちさせないことの方が大事だ。
だから。
(悪ィな。みんな)
ごめんな。ダイ。