断裂深夜。ネイサンは眠れなくなり、ベッドからそっと身を起こした。時計を見れば、3時を回っている。
「喉乾いたな…」
ネイサンは頭を掻きながらそう呟いた。それから、彼はベッドから離れて自室を後にした。キッチンに水を汲みに行こうと思ったのだ。廊下を歩いていると、明かりが灯っているのが見えた。手洗い場の方だ。ネイサンはフィリップかマーティンが用を足しているのだと思い、そのままその場所を通り過ぎようとした。
「う…ぐっ…」
刹那、呻き声が聞こえ、続いて水が床を叩くような音が響いた。ネイサンは驚き、手洗い場の方へと向かっていった。
「おい!大丈夫か…」
そう言いかけて、ネイサンは絶句した。目の前にいたのはマーティンだった。しかし彼は床に座り込んでおり、目の前には真っ赤に染まった洗面台が見えた。マーティンはぜいぜいと肩で息をしており、明らかに体調が良くなかった。
「どうしたんだ!?」
「なんでもない…放っておいてくれ」
マーティンは苦しげにそう言うと、よろめきながらも立ち上がった。
「なんでもなくないだろう!」
「うるさいな…ほっとけよ…」
マーティンはそのままトイレから出て行こうとする。ネイサンは彼の腕を掴み、自分の方へ強引に引き寄せた。
「マーティン!お前、もしかしてずっとこの調子なのか?」
「……」
マーティンは何も言わず、黙り込んだまま俯いていた。ネイサンはその様子を見て、唇を噛んだ。
「なんで言ってくれなかったんだよ、もし知ってたらドクに言って…」
「ドクはもう知ってる」
食い気味にそう話したマーティンは、ひどく疲れているように見えた。
「え…?どういうことだよ…」
「ドクに調べてもらったんだ。俺は元々長く生きるようには調整されてない」
マーティンは、いわゆる人造人間である。ネクサスコアの実験の為だけに生まれ、人生の大半を研究室で過ごしてきた。マーティンのような実験体は他に沢山おり、アップデートを重ねる都合上、個体としての寿命は短く設定されているのだという。ドクはできる限り尽力したが、元々の短い寿命に重ねて、実験の後遺症や服薬でさらにそれは擦り減っていた。
「だから、近いうちに俺は死ぬ。わかってたことだ」
ネイサンは何も言えなかった。
「もういいか、俺は戻る」
ネイサンの腕を振り解き、マーティンは自室へと戻ろうとした。しかし数歩進んだ所でがくりと膝をついて、彼は膝をついてしまった。はあはあと荒い息をつき、見るからに苦しそうだ。
「マーティン」
ネイサンが腕を伸ばし、肩を貸そうとした。が、マーティンはその手を払う。
「薬を飲めば進行を抑えられる。何も支障はない」
「マーティン…」
「…何だ、その目は」
マーティンは睨みつけるようにして、ネイサンを見上げた。
「同情か?」
「…俺は、お前が死んだら悲しい。どうして隠すんだよ」
マーティンはネイサンの言葉を聞き、首を傾げた。
「悲しい」
確認するようにその言葉を繰り返すと、マーティンはゆっくりと立ち上がってネイサンに向き直った。
「理解できない」
マーティンはそう言って、踵を返した。そして今度こそ自室に戻っていった。残されたネイサンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。