『イチゴのケーキ』春、ATF高校の掲示板を多くの新入生が目を凝らして各々の名前を探す
「イサミ!こっちだ!」
入り口から近い場所から見ていたイサミと呼ばれた黒髪の青年は顔を上げ、かなり向こう側にあるイサミの名前を嬉しそうに指し示すブレイバーンを見る。
"アオ・イサミ"
一番星を見つけたようなテンションで
「早く来てくれ!」と手を振るブレイバーン。
"バーン・ブレイバーン"
炎のように明るい髪、エメラルドグリーンの輝きを放つ瞳を持ち、2mの屈強な肉体を持つ美男子。
イサミの小学校からの親友だ。
イサミの前に突然に現れた転校生のブレイバーン。
気づいたらそこにいるのが当たり前のブレイバーン。
一体、ブレイバーンが現れる前に自分は何をしていたかさえ思い出せないほどにイサミが振り向けばすぐ後ろにいて
「私はいつでもイサミを見ているし、君を待っている」と言わんばかりに静かに本を読んでイサミを待っているのだ。
眩しい太陽のように笑うブレイバーンにイサミは目を細め思い出す。
そうだ、あの時はイサミの方から声を思わずかけたのだ。
背筋をピンと綺麗に伸ばし、真っ直ぐにキラキラとエメラルドグリーンの輝く瞳で一冊の本を楽しそうに読んでいたものだからつい勇気を出して
「それはそんなに面白いのか」と聞いてしまったのだ。
ブレイバーンは嫌な顔一つせずそのままの瞳で真っ直ぐにイサミを見ると
「そうなんだ!面白いんだ!特にこの男の奇想天外な行動がな!
こう、誰もいない筈の後ろからトントンと肩を叩いてな人をバッ!と驚かせるような感じなんだ!」
そして、そのまま学校が終わるとブレイバーンはイサミを連れて自宅に招き入れ
まるで本屋のように沢山の本棚が並ぶ場所に案内をしたのだ。
イサミはあまり本を読まないが、思わず一冊の本を手に取りたった一ページの絵を夢中になっていつまでも見ていたことだけは今でも思い出せる。
タイトルは思い出せないが、ネズミが楽しそうにケーキを作っている絵だけは覚えていた。
なぜなら、そのケーキがとても美味しそうで赤い色のイチゴのケーキを作るネズミ達がとても楽しそうにしていたから。
でも、中学生になる前にいつまでもそんな絵本を読んでいるのが急に恥ずかしくなって今では漫画やブレイバーンにおすすめされた小説をちょっと読むだけになっていた。
急になんだかもう一度あの絵本が見たくなる。
きっとブレイバーンの家の絵本コーナーに今もある筈だ。
イサミは駆け足でブレイバーンと共に新しい教室に向かった。
「イサミ、今からコーヒーと私が焼いたクッキーを用意するので待っていて欲しい」
休日はブレイバーンと共に過ごすことが日課になっていた。
ここなら美味しいコーヒーにブレイバーンが作る手作りクッキーやケーキも出てきて、漫画も小説もイサミが死ぬまで読みきれるかわからない程にあり筋トレと勉強以外にすることが無いイサミにとってブレイバーンの家はいつまでもいられる楽園のような場所だった。
「ん」
イサミが頷くとそそくさとブレイバーンは消え
イサミも素早く目的の絵本コーナーに足を向ける。
時間は10分程度。
それまでにあの絵本を探す。
ブレイバーンに言えばすぐに目的の絵本を出してくれるだろうし
イサミの記憶違いでもブレイバーンは一緒にイサミが満足するまで探してくれるだろうが
今はなんだか一人であの本を探したい気分だったのだ。
「……あった」
イサミが探していた本はすぐに見つかった。
「……これ、こんなに巻数があったんだな」
ネズミの描かれた絵本は間違いなくイサミの記憶にある位置にあったが記憶にある以上に巻数があった。
きっと一番最初の一巻に違いないと一番左にある本を取る。
「……こんなんだっけ?」
記憶にあるネズミ達はもっと可愛いらしくてキラキラしていたし、ケーキもあのイチゴのケーキではなかったのだ。
これではなかったのかと、急いでケーキを作っていそうな表紙を見るがやっぱり一巻の表紙が一番それらしい。
「……やっぱり俺の記憶違いか」
改めていかに自分が物語の文章にも目もくれずにあのイチゴのケーキを見ていたのかがわかる。
「これって、こんな話だったんだな」
パラパラとめくって短い文章が絵本の中にあることに今さら気づいたのだから。
イサミは絵本を閉じ、そっと元の位置に戻し、漫画コーナーに足を向けたところでタイミング良くブレイバーンのコーヒーが運ばれる。
「イサミ、コーヒータイムにしよう」
「ん」
「イサミ、今日からなコロンビア トラデショナルマウンテンにしてみたんだ
大粒のコーヒー豆ならではの深い苦味、キャラメルのような甘さが特徴らしい」
ブレイバーンは通販サイトをそのままイサミにも見せる。
「……でも、こんなにミルクやら砂糖やら入れてたら元の味がわからなくねえか?」
ブレイバーンが器用にミルクで描いたハートマークが浮かんだコーヒーを見る。
「やはり高校生にもなるとブラックの方が良かったかイサミ?」
ブレイバーンがションボリと眉を器用にハの字にしてみせるので、イサミはあわてて「俺はこれが好きだ!」といつものハート入りコーヒーを飲む。
……やっぱり甘くて美味しいブレイバーンのコーヒーだった。
クッキーも甘くて美味しくて、ニコニコとイサミの口に消えていくハートのクッキーがそんなに嬉しかったのか「私のも食べてくれ」と皿ごとブレイバーンにプレゼントされたイサミは、戸惑いながらも受けとった。
イサミの所属する部活は肉体改造部であった。
筋トレ施設並みの器具が取り揃えられた部室には筋トレがしたい奴らだけが集まり、正しくは筋トレ部にした方がもっと部員が集まりそうだが、それだと人数が集まりすぎて急遽元に戻したそうだ。
筋トレ器具にも数があり、ローテーションを組むにしてもあまり部員がいすぎると困るのだ。
そんな中で一際目立つのは休憩用のベンチでいつものごとく本を読んでイサミを待っているブレイバーンだろう。
先に帰っても構わないのに「絶対にイサミと一緒に帰る!イサミと一緒に帰らないとイサミがちゃんと家に帰れたか心配になって夜も眠れない」とのことで小学生の時からこんな感じだ。
そして、イサミ以外は話かけるオーラ全開の美しい読書姿勢で自分の世界に入っているブレイバーン。
イサミが見れば溶けるような笑みですぐに笑う癖に、イサミ以外には鉄壁の仮面をいつもかぶっている変な奴。
第三の目があるのではと思うほどにイサミが見ればすぐにブレイバーンは笑ってくるのだからついついイサミもちらちら見てしまう。
今日はこのくらいにするかとイサミは腹が減ったお腹を擦り、ブレイバーンと共に下駄箱に赴くとイサミの靴の上に白い手紙が入っていた。
"アオ・イサミ様へ"
間違いなくイサミへの手紙。
しかもわかりやすくハートのシールまで貼っていた。
間違なくラブレターだ。
あわててイサミはブレイバーンに見つからないようにそれをポケットに詰め込む
「さあ!イサミ共に帰ろう!」
「ん」
いつの間にやら恒例となった恋人繋ぎでブレイバーンと下校する。
中学生の時に一度恋人繋ぎをするかしないかで喧嘩になったがコアラのようになったブレイバーンに渋々と歩きずらいから恋人繋ぎの方がまだましだとなり結果はこの通りである。
中学生の頃から大きく2mにまで成長したブレイバーンをまたコアラにして歩けるほどまだまだイサミは鍛えていない。
なのでもしもラブレターなんぞ見つかろうものなら「私のイサミだ!」とブレイバーンがコアラになりかねない事態は回避したいのだ。
ブレイバーンはまだ小・中学生の時の体重と身長の勢いでイサミに絡んで来るので
イサミの筋トレにも力が入る。
もしもイサミが倒れてケガでもしようものならブレイバーンが泣いてしまう。
イサミはブレイバーンの泣き顔はできるだけ見たくないのだ。
イサミもなぜだか覚えていないが。
自宅に帰宅し自室に引きこもるとイサミは考える。
この爆弾(ラブレター)をどうするかと。
まずは内容を見ようと、くしゃくしゃにしてしまったポケットに突っ込んだラブレターを開封する。
「……甘っ……♡」
ラブレターはまるでパソコンで打ち込み印刷したような文字のようでいてしかしとめ・はね・はらいに力が入った美しい手書きの癖字。
とにかくイサミがずっと大好きだったと愛の告白というか、ポエムのようなものがびっしりと詰まっていて
イサミの口の中は砂糖菓子を詰め込まれたように甘くなり
それが癖になる程に甘く、何度も何度も時間を忘れて読みなおしてしまう。
一瞬でイサミもその文字に恋をする。
ラブレターにの中に入っていた和紙に香を焚きしめた微かに香る甘い匂いはその先の送り主のことを考えてしまう。
ついブレイバーンの癖でイサミもわからないことは調べる。
そして知る。平安時代に気になる身分の高い女性に男性がこうして贈ると。
イサミは男だが、まあ気になる人にこうして奥ゆかしく古風に手紙を贈られるのも悪くないと、イサミは何度もそのラブレターを読み込んだ。
翌日、いつものようにイサミの家の前で忠犬のように読書をしながら待つブレイバーンと会い気づく。
あの無名のラブレターと同じ甘い香りがすると。
おまえか、おまえしかいないよな。
なんだよ、おまえそんなにも俺のことが好きなのかよとイサミもブレイバーンと握った手に力が入る。
思い出せばブレイバーンに出されるコーヒーはいつもミルクでハートを描くし
クッキーは必ずハートマークだし
ずっとブレイバーンはイサミにラブコールを贈っていたのだ。
それでイサミはようやく思い出す。
舐めるように見ていたあのキラキラしたネズミの美味しそうなイチゴのケーキの正体を。
ブレイバーンに言ったらそれをどこかに隠されそうで、そして友達になったばかりの奴のそれに子供ながら興奮してしまった自分が恥ずかしくて
グルグルと色んな情報と混じってしまっていた記憶。
一冊の絵本に挟まれたネズミのケーキの隣の写真
手作りの可愛いらしいネズミのぬいぐるみに囲まれた一人の可愛いらしいふわふわした産まれてのスポンジのような肌にイチゴのような美味しそうな乳首、その上のキラキラ光る炎のような髪。
ニコニコとこちらを溶けるような笑顔で見つめる産まれたばかりの裸のブレイバーンの写真。
なんのことはない。
イサミはブレイバーンが産まれた瞬間からずっと大好きだったのだ。
ずっとあの笑顔でいて欲しかったのだ。
小学生のイサミが無意識にすごいものを見てしまった衝撃で記憶が混濁してしまってこんなことになっていたのかとようやく今になって思い出す。
次にあの絵本を開いた時にはあの写真はなかったけれどもイサミの瞼の裏に焼き付いたその絵だけはあの絵本を開く度に思い出せてずっとありもしない一ページを見つめていたのだ。
「イサミ?どうしたんだ?」
ニコニコとあの溶けるような笑みでブレイバーンが笑う。
それで芋蔓式にイサミは思い出す。
なぜ、最近になってもう一度あの絵が見たくなったのか。
中学生に上がる時になんだか急に気恥ずかしくなって、小学生とは違う勉強量や部活やそんなことであまりブレイバーンの顔を見ていなくて
高校生になってようやく慣れてまたゆっくりとブレイバーンを見るようになれたからまたあの綺麗な裸のブレイバーンが見たくなったのだ。
ああ、全部思い出してしまった。
水泳で金槌だからとブレイバーンが水泳の授業だけは逃げて、裸になることがなかったことや
着替えなんかも絶対裸を露出ないこと
ずっとイサミはブレイバーンの裸をもう一度見ようと無意識に見つめていたことを。
これが恋で欲望だと気づいてしまった。
「……ブレイバーン、俺もおまえが大好きだ」
勇気を出して認めよう。
またあの綺麗なものを見る為に。
ずっとブレイバーンの笑顔を見る為に。
イサミはそっと鞄からあのラブレターを出して胸に抱きしめ、受け入れる。
瞬間、ブレイバーンの瞳がさらに大きくキラキラと最高に輝く。
「私も大好きだイサミィ!!!!」
そのまま何もかも全て投げ出すようにブレイバーンはイサミをお姫様抱っこすると飛ぶように自宅の寝室へとイサミを引っ張り込み、イサミを押し倒す。
「ブレイバーン」
「イサミ!」
「ブレイバーン」
「イサミィ♡」
イサミはようやく初めてブレイバーンの好きで囲まれた柔らかい中に入れてもらえた喜びで何もかも差し出すように両手を上げ、そっとブレイバーンの耳に
「俺も脱ぐから、おまえも脱いでくれ」と囁きイサミ自ら全部脱いで産まれたままの姿でブレイバーンのベッドの上に転がってみせる。
ブレイバーンもゆっくりと初めてイサミの目の前で一つ一つ丁寧にイサミを焦らすように美しい所作で全てを投げて脱ぎ捨て産まれたままの姿になり、そっと鍛えた胸筋を隠していた手を外し胸をイサミの前に晒す。
そこにはVの字の大きな傷跡があった。
「イサミ……イサミには私の全てを知って欲しいから聞いて欲しい
……そ、その、幼稚園の時にブランコに乗っていた時にだな
そのまま空を飛んでどこかに行ける気がして飛び出したら胸を強打してしまってこのような傷跡が今も残ってしまったんだ
新陳代謝を上げれば少しは良くなるかと身体を鍛えてみたのだがやっぱり治らなくてな
ずっと誰にも恥ずかしくて見られたくなどなかったんだ
この傷を見せたのは、あの時に見てもらった医者と私の母を除けば、私の意思で見せたのは大好きなイサミだけだイサミだけなんだ」
一番大切な所にそっとイサミの手を導く
「……まだ痛むのか?」
「んっ……触られるとまだ痛い気がする
……でも、イサミは特別だ。
イサミにだけには触れて欲しい」
イサミはそっとブレイバーンのその傷痕を撫でる。
キラキラと宝石のように輝いて見えるブレイバーンの傷痕をイサミは愛おしそうに撫で、イサミもブレイバーンにたくさん同じように撫でられ、キスをしてイサミはブレイバーンと一つになった。
「イサミ!おはよう!」
「ん……はよ」
ニコニコと溶けるような笑顔でいつものようにイサミを待っていたブレイバーンと手を繋ぎ登校する。
「……でも、そのまま飛んでどっかに行かないでくれてありがとうなブレイバーン」
イサミはブレイバーンと長い通学路を共に歩きながらふと思ったことを伝える。
「もしもあの時に飛んで行ったとしてもきっと私がたどり着いた場所はイサミがいるところだろう」
「そうしてくれ
そうしたら俺もまた勇気を出しておまえに声をかけてやるよ」
「ああ!待っているぞイサミ!」
キラキラと何かが爆発するような笑みでイサミだけを見つめるブレイバーンにイサミも笑ってみせた。