おしえてきみの好きなことおしえてきみの好きなこと
閣下が俺のDomになってくれた。ほんとうのDom。契約じゃない、好きって感情の、DomSub。
「……ふふ」
俺は朝食の味噌汁を作りながら、柄にもなくわらってしまった。
ずっと好きだった閣下が、俺を好きだという事実。それだけで――ふわふわと幸せになる。閣下は俺が好き、閣下は俺が、好き。
「……おはよう、茨」
「おはようございます、閣下。もうすぐできますのでお席にお座りになっていてくださいね」
「……うん、ありがとう、茨」
「いえいえ!」
俺は火を止めて椀に味噌汁をよそった。ご飯を盛って、おひたしを小鉢に……。
――こんなにしあわせでいいのだろうか?
「……」
俺は、いつもいつも大事な大場面で詰めが甘い。閣下にも云われている。そう――気を抜くと、それは失敗になる。
今回――うまくいきすぎている。俺は閣下が好き、閣下は俺が好き、Playは最高、Sub欲も満たされて充足している……。
これは失敗するフラグだ。
だから――気を付けなくてはいけない。あんまり、甘えたりPlayをねだったりするのは、控えたほうがいいのではないか。調子に乗って浮かれていると、最悪の展開になるのは目に見えている。俺は――この幸せを、壊したくはない。
「……茨? 手伝おうか」
「い、いえ。大丈夫であります。いまお出しいたしますね」
「……うん」
俺はテーブルに膳を出して、自分の分も置いた。そうしたら――閣下が手を開いてにこにこ立っていた。
「……抱きしめていい?」
「……っ」
朝からそんな幸せなことをしていいのだろうか。俺はその胸に飛び込み――たかった。だけれど、でも。
「だ、誰かに見られたら、その……っ、なので、お、お控えください!」
「……? ……わかった。茨は恥ずかし屋さんだね」
閣下はそろそろと椅子に座った。
舞い上がっていてはいけない。今は幸せの絶頂だから――警戒しないといけない。あんまりはしゃいで、閣下に呆れられて捨てられたら――死んでしまうと、そう思った。
***
それからも俺は閣下からの愛撫を避けて、我慢して過ごした。閣下って、こんなに愛情表現をしてくれる人だったんだな、と、もだもだする。全部ほしい、全部に応えたい。でも――そんなにはしゃいだら、きっと最悪がある。我慢。我慢して、この関係をずっと続ける。そのほうがいいに決まっている。
「凪砂くん、ぎゅうぎゅう!」
「……日和くん、ぎゅ」
共用スペースで休憩を取っていたところに殿下がやってきた。俺は紅茶を運び、お二方の戯れをシンクに食器を置きながら遠くから眺める。ほんとうに仲がいいなと思う。朝我慢した、抱きしめられるその温かさを、見ていて感じるほどだ。
俺も――ああいうふうにされるのを望んでいるのだろうか。その場所は俺だと、なんだかいってしまいそうになってくちを抑えた。閣下は――殿下より俺を、好いている、はずだ。だから――だから俺のDomになってくれた。Switchの殿下を選ばずに、俺を選んでくれた。だから……。
「……日和くん、Good boy」
「ふふ、凪砂くんだけのSubになってあげてもいいね♪」
「……うん……そうだね――」
俺はそこまで聞いて、さっと体の中心が冷えるのを感じた。
閣下のSubは俺なのに、でも、だけれど――。
「……っ」
ほんとうは、誰でもいいのかもしれない。
嫉妬なんて、醜い。ばれたら――呆れられる。
俺は意識が遠い宇宙に引き延ばされていくような感覚に襲われた。息が苦しくなって――立っていられない。
重い体を引きずって、俺は隠れられる場所に――逃げた。
***
「……うん……そうだね。……でもね、私のSubは、茨だから」
「え! ちゃんと告白できたの?」
「……そう。私たち、両思いだよ。ねえ、茨――」
私は顔を上げて茨を見ようとした。だけれどそこに茨はいない。
「……茨?」
「あれ、どうしたんだろうね、見当たらないね」
「……ごめんね、日和くん、ちょっと探してくる」
私はなんだか嫌な予感がして、茨を探した。
***
トイレや副所長室にもいなくて、あとは――仮眠室。その薄暗い部屋に入れば、隅っこの方に――うずくまる薔薇色。
「……茨?」
「……っ、は、……かっか……」
「……SubDropになってる、茨、Look」
「……っ」
茨は張り詰めた顔でいやいやと顔を振った。Commandを拒否すればまた深いSubDropに落ちてしまう。それなのに――茨は震えながら私を拒否する。
「……茨、いいこだから、ね、どうしたの、Say」
茨は苦しそうに息を吐いて、それから、ちいさく泣きそうに云った。
「お、おれじゃなくても……かっかは……」
「……私は茨がいい。茨をたくさん甘えさせたい」
「かっかに、呆れ、られる……捨てられる……から……失敗、する、から……」
それだけでわかった。両想いになってから、茨が触れ合いを我慢していた。その理由。
「……私とのPlayを避けていたの、そういうことなんだ」
「……っ」
私は茨を引き寄せて抱きしめた。その背を撫でる。耳元で囁く。
「……大丈夫だよ。茨。たくさん愛し合おう。私は茨が大好きだよ。茨しかいない、茨が一番だよ。日和くんとじゃれてたら不安になっちゃうくらい、茨は私が好きなんだね。嬉しい。ごめんね、Sub Dropにさせて。息を吐いて、私はきみの、きみだけのDomだから」
「は、は……っ」
茨の心音が聞こえる。息がだんだん落ち着いてきた。そうして、茨は弱弱しく――私の背に手を縋らせてくれた。
「……私のGood boy。ちゃんと云えて偉いね。大好きだよ。Say」
「あ……閣下……、おれ、も……」
「……うん、Good boy。云うこと聞けて、偉いね」
「……っ」
互いの熱が混ざり合う。茨の顔を覗けば、ふわふわとSub spaceに入っていた。よかった。
失敗すると不安になる、おねだりを我慢する茨を、きっと的確にCareあげないといけない。そうして、いつか自然に甘えてくれたらいい。だって私は茨のDomだ、たった一人の、大好きなSubの。
大丈夫だよ、と伝えるように、私は茨を抱きしめ、その背を撫で続けた。
Request
凪茨の日リクエスト企画ありがとうございます…!!DomSubが好きです。茨がsubDropする凪茨が見たいです。えっちありでもなしでも構いません。sub Drop のシチュエーションは何でも Playを蔑ろにして後回ししすぎた茨でも お仕置きプレイの程度を見誤る凪砂でも 最終的にちゃんとsub space で安心してくれれば…
宜しくお願いいたします!
(240918)