嘘の味
「いい写真ですね。幸せを噛み締めてるって、笑い方」
「うんうん、そうだね!」
内祝いの家族写真がデジタルフォトフレームを流れていく。
「ジュンくんは結婚しないの?」
出産祝いの体重ベアをベビーベッドに飾って、僕はジュンくんに尋ねる。優しい顔で、赤ちゃんを見つめる太陽の色。ジュンくんの抱っこが上手いから、娘はメリーを聴きながらすやすやと寝てしまった。
「……オレ、好きな人いるんすよねぇ」
聞きたくなかった、けれどずっと待っていた台詞が、ぽつりと浮かんだ。
「だれだれ? 僕の知ってる人?」
「よく知らないんじゃないすかね、おひいさんは」
困った顔で笑うから、切なくなってしまう。
「……じゃあ早く付き合って、結婚するといいね! スピーチしてあげるからね! ジュンくんもしてくれたからね!」
「おひいさんこえでけえ。起きちまいますよぉ」
ジュンくんは娘を撫でて、ベビーベッドから離れる。ベランダに出て、風に当たる。陽の光がやさしかった。
「結婚しちまったからさぁ。もう人のものなんすよね」
「……そうなんだ」
はやく、ジュンくんも、誰かのものになったらいいのに。そうしたら、全て終わる。そうしないと、意味が、ない。
「ジュンくんは、その、子のこと、好きなの? ずっと? ……大好きなの? いつから?」
「出会った時から好きですよ」
むねがくるしい。
ジュンくんの優しい目が、誰かを見ている。
「ずっとずっと、好きです。多分、死ぬまで」
そう云ってジュンくんは遠くを見た。もどかしかった。決めたことなのに、つらくて、くるしい。
「実らない恋は捨てて、さっさと享受できる愛をした方がいいね。ジュンくん、そんな生き方、苦しいだけだね……」
泣きそうだった。のどがかわく。頭がいっぱいになって、切なかった。
「そんなんじゃ、僕が、結婚した、意味がない……」
「……オレのために結婚したっていうんですか」
「……」
僕が結婚して、誰かと一緒になったら。
「だって、僕がいたら、ジュンくんずっと、僕のそばから離れないでしょ?」
赤ちゃんが生まれたら。
「僕から解放してあげたくて」
ジュンくんは自由になるんだって、思った。
「オレは」
きらきら輝くジュンくんの太陽が、にごる。にごって、鋭く、僕を刺す。
「オレは一生、あんたのものだ。オレが愛せるのはあんただけ、おひいさん。あんたは、わかってないよ、何にも。自分のこともわかってない。幸せだねって云って、なんでそんな苦しそうな顔するんですか。オレは、あんたの幸せを願ってる。ずっとずっと、死ぬまで。――だからオレは結婚しない、出来ないよ、そんな嘘」
ひどい顔をしている、多分、僕も。――何を言えばいいかわからない。どこから間違ったのかも、なにも、わからない。
「……僕だって、ジュンくんが、幸せになって、欲しくて、……」
「オレは幸せにならない。あんたのせいで。だから一生、その傷を負って、オレのこと考えて。それなら、ずっとあんたの中にオレは居られる」
「……ジュンくん……」
酷い仕打ちだ。けれど、もっともっと、酷いことを最初にしたのは、僕。これは罰。ジュンくんのことも、自分のことも、何も理解していなかった、僕への、罰。
かれの匂い。
触れるだけのキス。
「おひいさん……」
噛み締めているのは何なのか。
太陽が陰る。メリーの音が、止まった。
(201211)