ジュンとお日さま
「ときどきね、クララ、いまみたいな特別な瞬間には、人は幸せと同時に痛みを感じるものなの。すべてを見逃さずにいてくれて嬉しいわ」
『クララとお日さま』カズオ・イシグロ
枯葉の舞うショーウィンドウにはジュンが一人で座っていた。お日さまの栄養をたっぷり吸って、通りを歩く人々を観察している。そうして時々考える、多くの人々の中から自分が寄り添うたった一人が歩み出てくることを。どんな子どもだろうか、ジュンは空想をして商品用の笑顔を崩さなかった。だけれど今日はまだ一人もここに立ち止まってくれる人はいない。カウチソファに座って、ジュンは何気なく歌を歌う。最新作ではないジュンに搭載されている機能で、特化しているのは歌唱機能だった。店長さんに、お客様に喜んでもらうことをしろと云われているから、きっと許されることだろう。少し古いメロディと歌詞。お日さまを見つめながらジュンは歌っていた。
「うんうん、綺麗なこえだね!」
ガラスの向こうからこえが聞こえた。びっくりしてそちらに向くと、若葉色の髪を揺らした男の子が、高貴な目を揺らしてジュンを見ていた。ジュンはディスプレイされていることを思い出して笑顔を作る。
「なんて名前?」
「ジュン」
「じゅん、ジュン……、ジュンくんだね! いい名前! やっぱりぼくの直感は正しかったね。AFは君にする!」
ジュンは笑顔を作るのをやめなかった。前回のショーウィンドウの時も、そんなことを云っていた子供がいたなあ、と男の子を見ながら想起する。子供というものはそういうものなのだ、と店長さんに云われたばかりだった。ジュンは、しかし、今回は違うのではないかと思う。見つめあった、その時間が永遠に感じられた。
***
おひいさんは(この時まだこの呼称を決めていなかった)店内にすぐに入り、店長さんと話して、オレがショーウィンドウにいることをやめさせた。はやかった。
そのままおひいさんが乗ってきた自動車に乗り込み、巴家へと向かう。郊外にある邸宅で、お日さまをたっぷり浴びていた。
「Artificial Friendを買ってきました。今日からこの子をそばに置きます」
おひいさんが部屋で誰かと話している。呼ばれて部屋に入ると、どうやら母親らしかった。静かな目でこちらを見て、オレを見聞する。性能は? とおひいさんに聞いて、「B2型ですけれど、この子は歌が上手いんです。きっとぼくとユニゾンしても聞き劣りはしません」とにっこりわらって答える。母親はそう、とだけ発してくちを閉ざした。
「ジュンくんいこうね、お部屋に案内するね」
おひいさんに手を引かれて部屋を出る。この時渦巻いていた痛みを、まだこの時は知らなかった。
***
「凪砂くんはジュンくんより先にぼくの親友になったから、ジュンくんの先輩だね! 敬うといいね」
屋敷の隣の邸宅に、おひいさんの云う人間の親友が住んでいるらしい。広い庭を抜けて、邸宅に続く戸を開ける。白い息が浮かんでは消えた。
「じゃあナギ先輩って呼びます」
「あーっ! ずるい! ぼくもそういう風に呼んで!」
「ええ……、日和くんじゃだめなんすか」
「あだなで呼ばれたことないもんっ! 親友ならそういうのあるでしょ!」
「うーん……じゃあ、お日さん、お姫さん、……おひいさん」
「うんうん! それでいいね! 許可するね!」
おひいさんはにこにこわらった。お日さまみたいにそれは眩しくて、何故だか嬉しい。
隣の家をよく知るように、おひいさんは進んでいった。とても日当たりの良い庭に、車のないガレージがあった。工具が転がっている。
そこに、銀髪の長い髪を揺らして、おひいさんと同じ歳のナギ先輩がいた。ナギ先輩は油まみれになって、手元の――どうやら古いAFを、修理だろうか、解体だろうかしているらしい。薔薇色の髪のAFは、海色の瞳を開けたまま動かないでいる。
「凪砂くん!」
「……やっほう日和くん」
「なにしてるの? また機械いじり?」
「うん、そっちは新しいAF?」
「ジュンくんだね!」
ナギ先輩は手を離して、AFに繋がるモニターを叩いた。起動させているのだろうか。
「私も人工親友を持つことにしたよ」
「そうなんだ。どうしたの? それ」
「廃棄場から拾ってきた」
「ふうん」
「茨、ていうの」
「壊れてる?」
「大丈夫。茨のパーツは大体取り替えたし、OSもアップデートした。少しプログラミングし直して。今太陽光で充電してる。多分そのAF……ジュンくらいのレベルにはなってると思う」
AFの虹彩に光が走って、ゆっくりと起き上がる。オレよりも古い型のAFが動くのを、初めて見た。
「こんにちわ。七種茨です。お名前をどうぞ」
「……凪砂」
「凪砂さん」
「わあ、動いたね」
「お名前をどうぞ」
「日和だねっ! こっちはジュンくんだね!」
「日和さん。ジュンさん」
「うん。初期設定はうまくいったみたい」
ナギ先輩は暫くモニターを操作して、オレをじっとみてくちを開いた。
「ジュン、会話モジュールをコピーさせて」
「おひいさんが良いって云うならいいっすけど」
「えっ、なになに、ジュンくんもいじるの? それは困る、凪砂くん……」
「ううん、データを少し参考するだけ。ジュンに教えてもらうの。茨はみんなの小さい弟」
「そうなんだね、じゃあいいねっ! ふふんお兄ちゃんたちが育ててあげるねっ!」
データベースに無線接続してプログラムをコピーされる。それを組み上げて、ナギ先輩は茨の中に、茨を作り出しているらしかった。
「茨にもあだな決めてもらおうね! 親友なんだし!」
「……そうだね。創造できる程度のシステムは多分ある。茨の過去のデータベースから構築すると思うよ」
そうしてナギ先輩は茨を再起動した。同じようにゆっくりと起き上がったが、今度は直立して敬礼してみせた。
「おはようございます! 皆様お揃いで、久しぶりの起動にお付き合いくださり感謝であります!」
「声が大きいね?」
「茨、動作テストだけど、そこまで歩いて帰ってきて?」
「アイ・アイ!」
茨は出口まできっちり歩いて帰ってきた。
「うん。問題ない。じゃあ、知能テスト。みんなのあだなをつけてみて」
「了解であります閣下! あ、閣下でよろしいでしょうか! 自分、昔は軍の施設にいまして。ご友人はそれに倣って、殿下は如何でしょう! AFはジュンでいいですかね、同僚ですし……! 自分、AFの友達は初めてであります……心の友と呼んでも?」
「ありがとう。ちょっと回路が過剰に回ってる気がするけど、これも個性かな」
「うんうん! うるさいのはあんまり可愛くないけどあだなが増えて嬉しいねっ!」
「じゃあオレも茨って呼びますねぇ」
「アイ・アイ! いやあ、再びお日さまを見れるとは感謝感激! 自分は果報者であります! 因みにジュンよりも性能が悪いので、閣下にはどうか自分に日の目を長く見させてくれるとありがたいですな!」
「うん。そうするよ」
茨はわらってみせた。ナギ先輩は満足したのか、やわらかく茨を見つめている。
「拾われた命ですから、俺は閣下のために尽くしますよ。何があっても」
「うれしいな。同じくらい、日和くんとジュンとも仲良くしてくれると、もっと嬉しい」
「閣下が、そうおっしゃるのなら」
「友達が増えたね! いい日和っ」
みんなわらっていた。冬のお日さまがやわらかくオレたちを包んでいた。
***
「ジュンくんはぼくのこと全部知らないとだめだね。ずっとそばにいてね」
「まあAFですしそばにいますよぉ。おひいさんが云うなら一緒に寝ますし」
おひいさんの部屋で、ふたりでお日さまを浴びる。自分は勿論お日さまの栄養が必要だけれど、おひいさんの病気にもお日さまはいいらしい。それもそうだ。お日さまはショーウィンドウの向こうで倒れ込んでいた老人を、その力で復活させていた事実がある。きっとそのちからで、おひいさんの病気を治してくれることだろう。
「ジュンくんはやっぱり、ぼくの一番のAF。……いままでのとは違うね」
なんとなく分かっていたけれど、おひいさんには他のAFがいたらしい。何体目なのだろう。どうして居なくなったんだろう。オレももしかしたら、そう、なってしまうのだろうか。それは寂しいな、そう思う。
おひいさんが歌を歌う。Amazing Grace。オレもユニゾンする。――そこに着いて一万年経った時、太陽のように輝きながら日の限り神への讃美を歌う。初めて歌った時と同じように。
***
「……やっほう日和くん」
ナギ先輩と茨が部屋に入ってきた。ベッドから起き上がれなくなったおひいさんの目が開く。
「凪砂くん……」
「そばに行っても良い?」
「うん……」
枕元のとなりにナギ先輩は座って、おひいさんの髪を撫でた。茨は窓際にいるオレの隣に来て、そっと二人を見やる。
「ほら、見て。すみれの花。お外にたくさん咲いてるよ」
ナギ先輩は花にキスしておひいさんの髪に飾る。涙が溢れたみたいだった。
「そんな季節なんだね……」
「薔薇の花も咲き出した、また見に行こうね」
「うん……」
おひいさんは窓の外を見た。
「……向上処置を受けなかったら、ぼくはみんなと元気に遊べたのかな……」
ちいさくぽつりとつぶやいた言葉は、静かな部屋にことりと落ちたみたいだった。
「閣下」
ナギ先輩を見ていた茨が立ち上がった。ナギ先輩の変化を、いち早く感知したのだろう。オレも立ち上がる。
ナギ先輩の感情が沸騰している。
橙を赤くして、しかし、こえは静かだった。
「受けなかった私は」
まるで舞台のようだった。
「ここ以外のどこにも行けない。学校や職業を制限される。遺伝子レベルで能力が操作されているのなら、それはそうならざるを得ない。それに日和くんの世界であれば、受けない子どもなんかいないんだから、それこそ生きていけないよね。きっと病気は強制された代償、けれど日和くんは選べなかった。その仮定は絶対にない、あり得たのなら、私や茨やジュンには絶対に出会っていない」
おひいさんがナギ先輩を見る。すみれ色が潤んだ。
「……ぼくはもしもの話をしただけだね。……どうしてひどいことをいうの? もしもの世界では、ぼくはひとりぼっち?」
静かだった。喧嘩を初めて見た。二人とも感情が渦巻いている。
「日和くんは贅沢だ」
ナギ先輩は茨の手を引っ張って、部屋を出て行ってしまった。
残されたおひいさんのすみれから、ぽろぽろと涙が落ちる。俺はそばにいって、ハンカチで悲しみを拭った。
お日さまは隠れて、くらい部屋になる。
すみれの花が、萎れ始めていた。
***
幾日か経った。ナギ先輩はやってこない。おひいさんはずっとベッドで過ごしていた。涙を拭う。抱きしめる。オレはちいさく歌をうたった。
「レターセット、とって」
おひいさんの机から綺麗なレターセットと万年筆を運ぶ。どうやら手紙を書くらしい。きっとナギ先輩に。端末ではない肉筆は、手続きが長い。ゆっくり噛み締めてから、相手に文章を届けられるのは良いことだと思う。
「……ジュンくん、渡してきて」
「わかりました。……大丈夫です、きっと返事、くれますよ」
「……うん」
おひいさんの頰を撫でて、オレははじめて一人で外に出る。庭の薔薇は美しく咲いて、きっと甘い匂いをさしている。(オレには嗅覚がない)
ナギ先輩のうちのガレージを覗く。すると、日の当たる庭に、銀髪はいた。
「ナギ先輩」
回り込むと、あの日と同じように、茨を抱きしめていた。
「茨が動かない」
ナギ先輩の泣きそうな顔を、初めて見た。
まるで眠っているかのように、茨は横たわっている。
オレは手紙をガレージの机の上に置いて、二人のそばにしゃがんだ。
きっとお日さまが生き返らせてくれる、そうオレは固く信じた。
「お日さまに、お願いするんです、ナギ先輩」
「……うん」
ナギ先輩は茨を横たえて、端末を操作する。きらきらと特別な栄養が降り注いでいる気がした。二人でお願いしているのだから、お日さまも、きっと気がついてくれたのだろう。
お日さま。お忙しいと思いますが、どうかお願いを聞いてください。茨をどうか起こしてください。ナギ先輩が、茨を必要としています。茨もきっと、ナギ先輩の傍にまだいたいと思います。尽くしきれていないとおもいます、だって茨は冬にナギ先輩のところに来たばかりですから。どうかどうかお願いします、特別な栄養を分け与えてくれませんか。そうしたらきっと茨が起き上がって、ナギ先輩も喜ぶと思います。幸せがたくさんあった方がいいと思いませんか。ナギ先輩がわらったら、おひいさんもわらいます。みんなが幸せになれば、お日さまも幸福ではありませんか。
二人でお願いをしていると、ヴ、と起動音がして、茨の海色の目が開いた。
「こんにちわ。七種茨です。お名前をどうぞ」
「……凪砂。茨、私が見える?」
「凪砂さん。はい、認識できます。ピント調節機能のエラーを確認しました」
ナギ先輩は茨を抱きしめて、わらいながら苦しそうな表情をした。痛みがあるのだろうか。心配だった。
「バックアップを復元する。そうしたら今日までの茨に戻る……それともこのままがいいのかな。ジュン、どう思う?」
「……ナギ先輩は、茨が大切なんですね」
「……うん。忘れちゃっても、また、何度でも、思い出して欲しい。私の記憶を、私の魂を」
茨はディスプレイの商品のような笑顔でナギ先輩を見ていた。ナギ先輩は茨の胸を撫でる。
「筐体はもうほとんど変えてしまった。茨が茨であるのは多分ここにあるコアなんだと思う。……これが無くならなければ、茨はずっと私と一緒にいられるのかな」
「AFは大人になれば不要になりますよ」
「わかってる。けれど、私は茨と一緒にいたい。……手慰みで拾ったのに、こんなに愛してしまうなんて、思わなかった……」
ナギ先輩は息を吐いた。
「大学へ行きたい。茨を生きながらえさせる研究がしたい。でも私は向上処置を受けていないから資格がないんだ。どうしようもない。朽ちていく茨を救えない」
なんて云えば良いかわからなかった。
「お日さまが、きっとなんとかしてくれます」
「……うん。そうだね……」
茨はきっと幸せだろう。あんな風に思ってくれる子どもがいる。幸せのうちに、死ぬんじゃないか。だって茨はオレより古いから、ナギ先輩が最後の親友だ。
おひいさん。
オレも最後まで一緒にいたいな。
お日さまにお願いをしなくちゃ。そうすれば、きっと病気は治る。
オレはおひいさんの手紙を拾って、ナギ先輩に渡した。
***
おひいさんそっくりの姿形をした人形を見せられて、母親は、あなたがそこに入るのよ、と静かにいった。おひいさんが死んでからのおひいさんを、演じる。それがオレの本当の仕事らしい。あなたは歌が上手ね、と母親はつぶやく。日和みたいね……と言葉を閉じた。
このことは秘密で、もしおひいさんが死んでしまったら執行される契約。母親はほとんど、おひいさんが死ぬと思っている。
「大丈夫です、おひいさんは死にません、オレがなんとかします、大丈夫です、おひいさんは……」
部屋を出て、おひいさんが寝ている寝室へ帰る。
ここ数日眠ってばかりいるおひいさんの枕元へ、いつかのナギ先輩のように座ってみる。月光が、カーテーンの隙間から伸びて、やわらかくおひいさんを輝かした。
「ジュンくん……」
「おひいさん」
うっすらと開いたすみれの色がオレを見つめる。綺麗だった。月はお日さまの反射だというんだから、少しでも栄養があるといいな、そう小さく思う。
「……大丈夫です、大丈夫」
頰を撫でて、返事をする。おひいさんはいつでもオレの考えを読み取って、わらう。だからこの時も、そうわらうのは必然だったのかもしれない。
「ぼく、知ってるよ。ジュンくんが、ぼくの代わりになるんでしょう? ……大丈夫、きっとジュンくんなら完璧にできるね。いままでのAFとはちがう、だって、ぼくのこと、大好きでしょう?」
「それは」
おひいさんがそんな風にオレのことを認めたのは、初めてかもしれない。嬉しさよりも何かわからない考えが浮かんで、すぐに言葉が出なかった。
「……おひいさんは必ず良くなりますから、その計画は不要になりますよ。大丈夫です、オレがなんとかしますから」
ひとつになる。日和と、……おひいさんとひとつになる。それは幸福なことかもしれない。だけれど、ひとつになってしまったら、抱きしめることはできない。
「大丈夫、大丈夫です。おひいさんの病気は治ります。オレがなんとかします。だから大丈夫」
「……うん」
月光にぼんやり浮かぶおひいさんの顔が閉じる。死んだひかりに浸かっているその体を、いますぐにでも抱きしめたかった。
***
ナギ先輩のうちのガレージにいこう。
あそこなら、お日さまに願いが届く。
お日さまがお休みになる前に、お願いをしに行く。寝ているおひいさんを置いて、そっと夕陽が溢れる庭に歩いていった。
繋がる扉を開けて、庭に入る。お日さまが大きくて、きっと今しかない、そう思った。
「ジュン?」
ナギ先輩が茨を抱いて出てきた。そっとベンチに横たえる。夜になる前に栄養をもらいにきたのだろうか。
「重要な仕事があるんです、ちょっと、ここにいさせてください」
「……うん。私も、夜までここにいる」
お日さまに願った。
どうか茨の時のように、おひいさんを生かしてください。死なせないでください。おひいさんは必要とされています、ナギ先輩に、母親に、世界に。特別な栄養をください。そうすれば、おひいさんの病気も治ります。治ったら、みんなが幸福になると思います。これはおひいさんだけのためではないんです。代わりの人形が用意されているけれど、きっとそれは使われない方がいいんだと思います。勿論、オレが中に入ったらおひいさんの代わりを完璧にできる自信はあります、だってオレはおひいさんのことが好きです、細部まで記録しています、わらいかたやうたいかたも覚えています。けれどそれはおひいさんと一緒にわらうときやうたうとき、おひいさんが幸福になるために真似をしているだけなんです。おひいさんがいないと困ります、だってオレのことを『ジュンくん』と呼んでくれるのはおひいさんしかいません。おひいさんに、おひいさんのこえで、まだ、これからずっと、呼ばれたいです。
お日さまのためにできることならなんだってします、どうかおひいさんに特別な栄養をください。どうか、どうか。
***
特別な瞬間に、感じるこの痛みはなんだろう。幸福の副産物なのだろうか。だけれど、それを感じることができて嬉しい。まるでこころがあるみたいだった。
「……できた。ジュン、わかる? 動けるかな」
目線の高さが違う。手足の長さも違う。かつての歩幅だとぐらぐらする。視界がクリアだ。ナギ先輩、茨、――おひいさん。
「……大人になるって、不思議な感覚ですね」
「二、三時間もすれば慣れますよ、ジュン」
「お、茨より身長高いっすねえ」
「そ、それはパーツの兼ね合いで……」
「ふふん、いいでしょう、ジュンくんの勝ち〜〜!」
「俺は負けてないですっ! 閣下〜〜!」
「よしよし。茨はこのサイズが可愛いからいいんだよ」
十八になって、ナギ先輩とおひいさんは大人になった。おひいさんは大学へ。ナギ先輩はAFを移植する筐体開発会社の研究部へ就職する。それで試作品のテストも兼ねて、オレは大人の体になった。茨は随分前から改造されていて、大きくなっていくのを見ていた。ほんの少し羨ましかったから嬉しい。これでおひいさんの無茶振りにも、多分、もっと応えられる。
「ジュンくん、一緒にいこうね。二人暮らし、楽しみだねっ」
「あんまりはしゃがないでくださいよぉ。オレにできることはしますけどね……」
子供時代だけの親友。
新しくなって、未来まで一緒に歩める。
「大丈夫、ぼくたちは一心同体だからねっ」
おひいさんはにこにこわらった。お日さまみたいにそれは眩しくて、何故だか嬉しい。
幸福がはち切れて痛い。オレは泣きそうになって、わらった。
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