おもいおもわれふりふられ 閣下は日和殿下を愛してらっしゃる。
見ていればわかった。
向けられる目線も触れ合う仕草も何もかも他とは違う、ああそれは特別な感情なんだな、と愛を知らない俺でもわかった。その熱を近くで見ていると、これが恋なんだと教えられる。教えられてしまった。多分俺は閣下を同じように見ていて、だから知ったと同時に失恋した。そうなんだ、この、もどかしい感情が、恋。
まあしょうがない、最低野郎の俺だし。初恋は叶わないらしいから。
恋とは相手の幸福を願うことらしい。だから俺は閣下に幸せになって欲しいと思う。閣下の恋が叶うといいなと思いながら、殿下との仕事を増やしたり、二人が一緒になれるよう配分したりしている。そうすると閣下は本当に嬉しそうにわらうから、よかったなぁと影で思っている。殿下は早くその恋に気がついて受け取ってくれればいいのにと思う、が、見ていてわかってしまった。
日和殿下はジュンを愛してらっしゃる。
……そんなことってある?
完璧な兵器にもなりうる閣下よりも、下僕のジュンを? なんで? なにもわからない。
ほら、閣下がいるのに殿下はジュンとじゃれあっている。そんなことしてほしくない。閣下が寂しそうに座っているのが見てられない。俺がもらうことのできない思慕を、どうしてそんな無碍にできるんだろう。
むねがくるしい。
「殿下、お話があります」
後日、仕事の終わりに控室で俺はプレゼンをした。丁度まだ閣下とジュンが帰ってきてないしいいだろう。閣下のいいところメリット長所、ジュンと比較して云々。どう考えても閣下を選ぶしかないアピールをした。これできっと殿下は閣下へ恋を移す。――だろうと思った。
「うるさいね、知ってる、そんなこと、どうして毒蛇がそんなこと云うの? ぼくのこと馬鹿にしてるの? なに。自分が愛されないから? 愛されているのを知らないくせに。僕はジュンくんが好き、――だから嫌いだね、君のこと大っ嫌い」
「……はあ、自分は誰にも愛されていませんが……?」
「自分のことになると鈍いんだね、だから君はジュンくんに――」
「おひいさん、やめてやってください、どうしたんすか、なんで茨にそんなこと云うんすか」
ジュンと閣下がやってきた。外までこえが漏れていたらしい。
殿下は張り裂けた表情をして、なにかをのみこむ。
「ジュンくんのばかっ!」
「ええ……」
そのまま外へ飛び出していってしまった。
「日和くん」
閣下がその後を追う。
……慰めてあげたら、情が移るとかないかなあ。いい感じになってくれたらいいのにな。
「……茨、大丈夫すか?」
「ええ、平気です。嫌われるのは慣れていますから。どうして怒らせてしまったのかはちょっとわかりませんが」
残された下二人で、とりあえず椅子に座った。
「茨」
「はい」
ジュンがこちらを見ていた。
「オレ、茨が好きです」
「は?」
「……でも茨はナギ先輩が好きでしょ。知ってます」「まって、待ってください、そうですけど、でも、……」
さっき殿下が怒ってたのって、これか?
好きな人の好きな人。そんなやつに提案されても。
「……閣下は、殿下が、好き、なんで、す……でも、でも、殿下はジュンのことが好きで……」
「え、おひいさんが? 嘘だあ」
「聞こえてなかったんですか? さっき言質取りましたので」
「はー? えぇ……、そうなんですか……」
二人、向けられた恋を知らなかったらしい。自分のことになるとわからないのは、よく云う。
「いやオレもさっきナギ先輩に茨のいいところプレゼンしたんですけどね、『知ってるよ』って云われちまいましたね。『それでも日和くんが好き』って」
「敵に塩を送ってどうするんですか」
「オレは茨が幸せになればそれでいいんで」
「はあ」
間接的にがっつりと俺はフラれてしまった。わかっていたけれど、少しつらい。
「……上のお二人は全て知ってたんですね」
「そうっすねえ」
欲しいものを手に入れる二人は、いま何をしているだろう。
「やっぱ茨はナギ先輩が好きかあ。あー」
「すみませんね、生憎、初恋なもので。失恋してますけど、簡単に忘れられませんね」
「オレだってフラれてますけど。まあ諦めてないんで」
「幸せになればってきれいなこと云ったのにハイエナ出てますよ」
「茨だってナギ先輩が出ていった背中、凄い悲しそうな顔して見てた」
「……ままなりませんね……」
草は地に抱かれ日は海を愛し地は日に焦がれ海は草を尊む。
楽園の喧騒は渦を巻いて止まりそうもなかった。
(210608)