Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    yukiilt

    @yukiilt

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    yukiilt

    ☆quiet follow

    くわまつ 二卵性双生児両親不在二人暮らし17歳現パロの小話

     四人掛けのダイニングテーブルに向かい合って座る。それが僕たち兄弟の定位置になったのは物心がつくよりも前だったかもしれない。
     松井の所作は綺麗だ。茶碗は右、汁物は左と決めていて、豆の一粒も落とさない箸の使い方は親戚や他所様の家で披露すればいつも褒められる。誰かへ向けられた「あなたも松井くんを見習いなさい」という定型文に遠慮がちなお愛想の笑みを返すのは松井も慣れたもので、その一連のやり取りを横から見る度に僕は兄弟として感心しつつ、けれど松井を褒めそやす周囲の大人たちに対して「そうでしょ」と得意げに続いた事はただの一度もなかった。それは別に、僕を差し置いて松井ばかりが褒められるのが面白くないだとか、そんなつまらない理由によるものではない。
    「……、明日は曇りだって聞いていたのに」
     よく噛んで、呑み込んで、不必要に音を立てない箸を一端置く。ここには松井の所作一つに口を出す人もいなかったが、もはや自然体として身に沁みついたそれは少々不満げに事を言う時ですら変わらない。豆腐入りの味噌汁を啜りながら松井の視線を追ってテレビを見やれば、番組と番組の隙間を埋めるように差し込まれた天気予報は横一列に青い傘マークを並べている。
    「あー、日に日に雨予報が前倒ししてきてたもんねえ」
    「堪え性の無い日曜日め」
    「でも月曜日は曇りのち晴れになったよ」
    「代わりに明日は休日だっていうのに朝から晩まで雨模様だけれど」
     自然のことだからそればかりは仕方がなく、運が無かったと諦める他にないだろう。とはいえ、明日に纏まった買い物の予定を控えていたらしい松井が残念に思う気持ちがわからないわけではなかった。僕だってもしも明日が晴天だとわかっていたなら朝から布団一式を干してしまおうかとかそういう計画を練りながら日曜日を楽しみにしていただろう。しかし現実問題、明日は差し迫ったものを選んで洗濯機にかけ、部屋干しのスペースを取るしかなさそうだ。何か先に洗わなければならないものはないかと松井に問うと、やっぱり乾燥機能のついた洗濯機があれば便利なのにと数か月に一度は聞く当分は叶いそうにない要望とともにあれとこれは桑名の服とは一緒に洗わないで、と注文を押し付けられる。僕は着られれば何でもいいしどうせ手伝いの畑仕事で汚してしまうから安価で動きやすいなら色物でもよくわからない絵のプリントされたシャツでも買ってしまうが、それで松井のお気に入りに色移りなどしようものならどれだけの怒声を浴びせられるかわかったものではなく、それはある意味で大雨や雷などよりも僕が気にかけなければならない事の一つである。
    僕らの間にある会話はいつもひどく生活感に塗れていた。それ自体は兄弟として生まれた時からずっと同じ屋根の下で生活をしているのだから当たり前なのだけれど、これがいま僕たち二人きりに独占されたものになっているのは、僕が『ちゃんと』していて、松井が『きちんと』しているからだった。二人でなら協力して恙無く真っ当に生活できるだろう、そういう信頼を受けて保護者不在の家に十七歳で二人ぼっち。子供二人には些か広すぎる世帯染みた一軒家の隙間を時折テレビ番組の音で埋めたりもする。けれども、両親のその判断自体は、けっして間違っていないと僕は思っていた。事実、僕らはよく出来た兄弟であったようで、毎日の生活は勝手を弁えてしまえば恙無くこなされている。夕飯と翌日のお弁当を準備するのは平等を期すべく緩い当番制で、来週からは僕の担当だから三日に一度は松井の苦手なものを入れる予定である。好き嫌いはあるよりもない方が良いに決まっているし、松井は僕の思惑に苦い顔をするけれどそれがまともな料理である限りは絶対に残したりしないから、いずれは慣れてしまう事を期待している。……ああ、慣れと期待。つい、それを思う度に、きちんとしなければいけないよ、と優しくかけられた声が僕の脳裏に呼び起されていた。テレビに映る稚いアザラシの赤ん坊を見て言葉が零れるように「かわいい」と呟く松井は、正しい。

    「明日、行くの? 買い物」
     灯りを落とした部屋でお互いに向き合って横たわり、掛布団を松井の肩までかけてやりながら僕は思い出したように先の会話の続きを口にした。松井は少し沈思したあと、どっちつかずの唸り声をあげている。あらかじめ立てていた計画を幾らかでも遂行してしまいたい気持ちと、悪天候による億劫さの間で揺らいでいるといったところだろうか。
    「もしどうしても明日行かなくちゃならないってわけじゃないんだったら、僕も一緒に行ってあげるから来週にしない?」
     勿論そうなれば出かけついでに僕の用にも多少は付き合わせる事になるが、その程度で気兼ねの要らない荷物持ちが増えるのだから松井にとってそう悪い話ではない筈だ。いいのか、と僕の提案に半ば了承の意を含ませながら今度は松井が伺いを立てる。来週は用事もないから好きなだけ付き合うよ、きっとその方が効率も良いだろうし。そう答えれば、松井は頭の中で改めて買い物リストを整理してでもいるのだろう。どうしても、が無いのを確かめながら先程自分がそうされたように掛布団を僕の肩がすっかり埋まるまで引き上げて「じゃあ、そうしようかな」と結論つける。ところで、松井にはちょうど良くともこれは僕には少し暑いのだけれど、せっかく彼のしてくれた事だからと暫くはこのままでいる事にした。こうして揃い合わせになっていると、僕はとうに覚えの無いはずの生まれる前を思い出すような安堵にも似た気持になる。
    「そのかわり、なんだけど……」
     本当は、きちんと分けられた互いの部屋にちゃんと一つずつベッドは与えられている。でも僕たちは双子の兄弟だから、僕のベッドは松井のもので、松井のベッドは僕のもので、当たり前のようにこうしている僕たちはただ自分の寝室で眠りに就こうとしているに過ぎない。そう、言いながらも、僕らはもう互いのことを「自分」と呼ぶのは間違っているのだととっくに気づいてしまっていた。正面に捉えた顔を寄せてひたりと肌を寄せ合っても心臓の鼓動が重ならない事の歪さと、二つに分かたれているものが解け合う熱っぽい感覚を知りながら、それらを周囲にひた隠しにしているのだ。
    「明日は、さあ、ずっとおらん?」
    「ん……」
    「お隣のおじいさんの畑の手伝いがあったけど、雨だから無くなるんだ、僕」
    「……ずっといるっていうのは、家に? それとも、一緒に?」

     ――きちんとしなければいけないよ。これは呪いというほど冷えた声色で浴びせられた言葉ではなかったし、たぶん、僕も、当の松井も、傷付いたりはしていないように思う。何よりこれを悪いものと思うよりも、ひとつふたつと人間に成ってゆくにつれこの言葉が僕らを助けた事の方がおそらく多かったからだ。面倒でも靴の紐は硬く結ばなければならないし、使った道具はその都度決まった場所にしまうべきで、靴下が裏返しになっていたら戻してから洗濯機に入れておくのがよい。箸と鉛筆の持ち方は図の通り。茶碗を持つのが左手で、お箸を持つのが右手です。それから小さく柔らかなものは可愛くて、兄弟は仲良く助け合っていきましょう。納得のできることにどうしてを問うのは難しい。
    二人一つでいなさいと手を繋がされて片手の塞がる機会も多かったものだから、僕が右利きになれば松井が左利きになるのもそう突飛な理屈ではないように思う。僕たちは他の誰よりも互いと過ごす時間が長く、特に幼い時分であるほど何をするにも一緒なのが自然であったので、僕が右手で鉛筆を握ればそのいちいちを真似る松井の手が僕と鏡合わせになるのは至極当たり前の事ではないだろうか。それ以前の理由があるなら、そう、僕と松井はきっと生まれる前からずっと向かい合っていて、胎の外に出てもなおその癖が抜けきらないままに物事を身体に覚えさせかけていたのだろうと僕たちは感じている。僕の右手は松井の左手と同じように動く。それを改めましょうと言われたのは、たしか小学校に上がるより前のことだった。矯正するのは苦労をしそうな左利きの松井だけで、松井は暫く悪戦苦闘を強いられていたがそれで僕に対する不平不満を吐いた事は僕の記憶にある限りは無かったように思う。どうして、は含みのないただただ純朴な疑問だった。きちんとしていなければ、きっと苦労をするだろうから。与えられた答えに松井はそういうものかと頷いてみせ、僕は……、あの時はどうしたのだったか。今ではもう、松井は鉛筆も箸もなんだって器用に右手で持つことができて、彼がかつて僕と反対の利き手だったことなんてもしかするともう思い返す人間はいないのかもしれない。
    「……じゃん、けんっ」
    「えっ」
     唐突に声を張った僕に驚いて、松井は奇襲がけに対応できないまま咄嗟に力んだ手をこぶしの形にして振り翳す。ぱし、と軽い音を立てながら僕の開いたてのひらはまるで分かっていたように松井の握りこぶしを受け止めて、まだ暗闇に目が慣れきってはいなかったが、きっといま彼は困惑に目を丸くしているのだろうと想像はついた。軽く振り払おうとするくらいでは解けない僕の戯れにやがて松井は少しおかしそうに喉を震わせて、僕もつられて小さく笑い声を漏らしていた。僕に握られたまま左右にゆらゆらと遊ばせる松井の腕は同じ夏を幾つ越えても夜の帳のなかではひとり仄白んで浮き上がる。松井の親指を自らのそれでまさぐるように探るのがいつから僕に染みついた癖であるのかは自分ではよくわからない。あ、左手だ。
    「僕の勝ち」
    「もう、なに、桑名」
    「僕が勝ったから、明日は一緒にいようね」
     鏡面は歪み剥がされ、僕らは双子の兄弟といえども成長期を迎えるたびに形も在り方も正しく離れていった。だのに今なお夜に隠れて互いを正面に捉え続けるのはなぜなのだろう。どうして。変声期を迎える前の幼く舌足らずな僕が小首を傾げながら慣れ馴染みの流れを眺めてやまない。どうしてなんだろうね、と周囲と同じように松井へ慣れを求めるその僕が返す。何がどう変わろうと、僕らを鎖骨で縫い留めていた針の痕は消えやしないままで、引きちぎられた糸はまだ肌の内側に残り続けている。
    気が付けば指と指のあわいを埋めるように手を握り直していたのを、松井は制しなかった。呼吸とともに瞬きを重ねながら、心のどこかが癒着しているのを確認していた。僕らはそれを正しいとも誤っているとも言わないで、ただ存在を認めていたかった。



    (やることやっているしこれからやるので別にきちんともちゃんともしていないです)
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    yukiilt

    DOODLEくわまつ 二卵性双生児両親不在二人暮らし17歳現パロの小話 四人掛けのダイニングテーブルに向かい合って座る。それが僕たち兄弟の定位置になったのは物心がつくよりも前だったかもしれない。
     松井の所作は綺麗だ。茶碗は右、汁物は左と決めていて、豆の一粒も落とさない箸の使い方は親戚や他所様の家で披露すればいつも褒められる。誰かへ向けられた「あなたも松井くんを見習いなさい」という定型文に遠慮がちなお愛想の笑みを返すのは松井も慣れたもので、その一連のやり取りを横から見る度に僕は兄弟として感心しつつ、けれど松井を褒めそやす周囲の大人たちに対して「そうでしょ」と得意げに続いた事はただの一度もなかった。それは別に、僕を差し置いて松井ばかりが褒められるのが面白くないだとか、そんなつまらない理由によるものではない。
    「……、明日は曇りだって聞いていたのに」
     よく噛んで、呑み込んで、不必要に音を立てない箸を一端置く。ここには松井の所作一つに口を出す人もいなかったが、もはや自然体として身に沁みついたそれは少々不満げに事を言う時ですら変わらない。豆腐入りの味噌汁を啜りながら松井の視線を追ってテレビを見やれば、番組と番組の隙間を埋めるように差し込まれた天気予報は横一列に 4331