Doppelgänger「あ、昶くん」
「……!」
焔緋が珍しく焦った様子で光の王宮に訪れて、とにかく影へ来いというから来てみたらこれだ。
俺に気づいてくるりと振り返る白銀は、ロングコートと三つ編みをなびかせてにこりと笑う。
俺がまだ人間だったころ、正体を封じていた頃の白銀の姿だ。
あの決戦の日以降、白銀がこの格好をしたこともなければ、胡散臭い笑顔と口調になることもなかった。
何の前触れもなくこうなったから、焔緋も慌てたのだろうか。
「……なんの、真似だ」
「なんの……?」
きょと、と目を丸くして首を傾げる仕草は、あの頃の白銀がよくやっていた。
だがそれも演技だったと今は知っている。白銀も分かっているだろうに、今更そんなことをする意味があるのか。
素があれでよくあんなキャラを作り上げて貫き通したものだと王宮入りしてからすぐの頃は感心したものだ。
それだけ、自分を捻じ曲げてまで、白銀が劉黒を取り戻したかったということでもあるのだが。
だから、考えられるとすれば嫌がらせだ。
そうして困惑する周囲を見て楽しみ憂さ晴らしにでもしたいのだろう。実際、焔緋は動揺している。
「なんで今更、そんな恰好してんだ」
「いけませんか? 割とこれも馴染んでたんですケド」
「嫌がらせのつもりか」
「え? いえ……昶くん、なんか怒ってます?」
困ったように白銀は笑う。どうも少し、会話がかみ合わない。
雲を相手に話をしているようだ。投げた言葉は素通りして、返ってくる言葉は靄がかかっている。
言葉を濁すことは多々あったが、それともまた違う気味の悪さを感じた。
「お前……本当に白銀か?」
青い目がぱちぱちと瞬く。いつまで、白々しい演技を続けるつもりだ。
「ヤだなぁ……、ワタシは白銀ですよ。君の対の、シンの直結王族です」
「……お前は、まだ俺を対とは認めてない」
これだけは、揺るがない事実だ。
あの日、俺は白銀と対になった。けれどそれは事実上の話で、白銀が納得しているとは思っていない。少なくとも、俺はまだ白銀に試されている。
今までの言動もそう捉えられるものが多かった。きっと白銀が俺を本当に対だと認める日が来るのはもっと果てしなく遠い未来の話だ。
白銀が劉黒と過ごした時間。これを越えない限り、白銀は対が俺だと認めない。
本人がそう言っていたわけではないが、態度がそう言っていた。
そもそも、白銀は俺のことはもちろん、王宮に残った面子のことも、世界のすべてのことも、嫌っている。
「……それは、昨日までのワタシの話でしょう? 確かに『俺』は、世界のすべてを拒絶していました。けれどそれは、王としてあるまじき不要な感情です。だからね、昶くん」
「っ」
距離を詰めて、白銀は、白銀の姿をした誰かは、これ以上ないほど綺麗にほほ笑んだ。
青い目は、恐ろしいほどに澄んでいた。
「ワタシはその相応しくない感情を持った『俺』を、殺したんです」