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    ごつサブで3歳のヴィと保護者ガのちょっとホラーなお話

    「……あれ、ここ」
    ふと気がつくと、見慣れた、けれどここ最近は閉め切られたままの部屋――ドクターのラボの前に立っていた。
    ドクターが三歳前後の幼児になってしまってから、この部屋のロックはかけられたままだ。
    一応、ドクターとはいえ幼児が入り込んで危ない目に遭わないようにとの配慮からだが、部屋の主が帰ってこないラボはなんとなく寂しい印象を受けた。
    ここのロックが解除されるのは、ドクターが元に戻ってからだ。
    それがいつになるかはノヴァ博士の頑張り次第だが、まだしばらくかかりそうと少し前に言われた。
    「いや、俺なんでここにいるんだ? ミニドクはどこに……」
    確か、さっきまでミニドク(幼児のドクターだから)と一緒にいたような。
    小さくなって、ちょっとだけ舌っ足らずだったり言動が子どもっぽくなってたりしてもドクターであることは変わらなくて、むしろ幼児特有の怖いものしらずがいかんなく発揮されて一瞬でも目を離すと視界から消えているなんてざらだ。
    今も目に見える範囲にいなくてさっと青ざめる。
    また何かに興味を引かれて追いかけて行ってしまったんだろうか。
    落下防止の柵はあるが、このフロアの渡り廊下なんか一番下までの吹き抜けで危険だ。
    階段だって手を繋いでやらないと降りられないのに。
    せめてノヴァ博士のラボにいてくれと願いながら慌てて捜しに行こうと踵を返すと、廊下の向こうから人影が現れた。
    「おや、ガスト? 私のラボの前で……私に何か用事でしたか?」
    「……え?」
    白衣を翻して、歩くのに合わせて長い髪が揺れる。
    俺より少し目線の高いそのひとは、紛れもなくドクターだった。
    「ドクター……?」
    「? そうですよ? 何ですかその呆けた顔は。私、何かおかしいことしていますか?」
    「え……い、いや……」
    目の前まで来て首を傾げるドクターに困惑して、まともな言葉が出てこない。
    「ドクター、元に戻った……のか」
    「? 元に戻る……? 何か変化があったでしょうか……、ガスト、どうも混乱しているようですね。中で話を聞きましょう」
    「ラボって今、ジャックがロックしてるはずじゃ」
    「出掛けていたのでロックはしましたが……なぜお掃除ロボさんの名前が?」
    ドクターはラボの扉の、指紋認証とパスワードを入力してロックを解除した。
    シュン、と軽い音を立てて開くラボの扉の奥は久しく見ていないドクターの整理整頓されたラボで、懐かしさを覚えた。
    「さあガスト、中へどうぞ。貴方が混乱している理由を聞かせてくださいますか? サブスタンスの影響なら暴かせてください、精神的なものなら医務室へ連行します」
    「連行って……」
    心なしかわくわくしているようなドクターに、目をきらきらさせてちょうちょを追いかけていたミニドクを思い出す。
    もしかしたら、目を離した一瞬で博士のラボに行って元に戻ったのかもしれない。ミニドクの頃の記憶がなくて会話が噛み合わないのだろうか。
    幼児のあんたの世話は大変だったと、からかってやろうと思ってラボに一歩踏み入れようとしたとき。
    くん、と。
    何かに後ろから足を引っ張られたような気がした。
    その感触があったのは、ミニドクが俺を呼びとめたいときにいつも握ってくる箇所で。
    下を見てもミニドクはいなかったけど、なんだか胸騒ぎがした。
    「ガスト、どうしました?」
    コーヒーを二人分用意しているドクターが、俺が入口に突っ立ったままなのを不思議そうに見てくる。
    ……いや、今目の前にいるドクターは、本当に俺が知るドクターか?
    「……ああ、と。悪い、ドクター。急用を思い出したんだ。話はまた今度聞いてくれよ」
    「? そうですか……。せっかく用意しましたし、コーヒーだけでも飲んでいきませんか?」
    「いや……いいよ、本当に、急いで行かなくちゃいけないから」
    「先ほどからずっとそこに立っているだけだったのに?」
    言いようのない違和感があって、少し後ずさる。
    ドクターは、こんなに食い下がってくる奴だったか?
    俺を実験台にしようとしてくるときは無理にでも引きずっていくし、話を聞くだけならこんなに引き留めない。
    何かが違う。何かが、ドクターと、ミニドクと違う。
    また、何かに引っ張られる感覚がした。今度はさっきよりも強く。
    ――ミニドクが呼んでる!
    「ッ、悪い、ドクター!」
    「!」
    根拠もない、ドクターも目の前にいるのに、直感でそう感じ取った瞬間、開きっぱなしだったラボの扉の鍵にめちゃくちゃな数字を打つ。途端ビーッとけたたましいサイレンが鳴り、ラボの扉は即座に閉ざされた。
    ラボは機密情報が多いから、設定したパスワード以外を第三者が打ちこんだら防衛システムが作動して扉が閉まりロックがかかる、と教えてくれたのは確かノヴァ博士だった。
    あてなんかないけど、踵を返して駆け出した。
    「待ちなさい、ガスト!」
    すぐに扉のロックを解除したドクターが追ってくる。
    振り返る余裕なんてなかったが、もはやそれはドクターの声ですらなかった。
    捕まったらやばい。
    本能がその危機だけを訴えて、ひたすら逃げた。
    「っ、なんだこれ……!」
    エレベーターなんて待ってられないと階段へ向かうと、階段になっているはずのフロアの角はドクターのラボの入り口だった。
    進んではいけない。
    くん、と引っ張ってくる感覚が、次第に強くなっていく。
    太腿の辺りにあったその感触は、次の瞬間には俺の手を握っていた。
    がむしゃらに引っ張られる方角へ駆け、一階のエントランスまで吹き抜けになっている渡り廊下に出た。
    「……っ、まさか、飛び降りろってか」
    ぐいぐいと手を引っ張られる。
    その方向は確かに柵の向こうを指していて。
    このまま飛び降りたら無事じゃ済まないことは明白だ。
    「ガスト、危ないですから、こちらへ来なさい」
    「……ッ!」
    迫ってきた何かの声と、必死に引っ張ってくる小さな手の感覚。
    どちらを選ぶかなんて、ひとつしかなかった。
    「信じるぞ……!」
    勢いをつけて柵に足をかけて飛び越えた。
    追いかけてきた何かが、もはや声にもならない恨み言を吐いていた気がしたが、キンと劈く耳鳴りで何を言っているかなんてわからなかった。
    エントランスの地面がどんどん近づいてくる。
    咄嗟にヒーロー能力を使って下から風を巻き上げて威力を殺したが、それでも勢いは止まらない。
    やばい、死んだかも。
    でも、多分。あのドクターの姿をしていた何かに捕まるよりはいいか。
    地面に叩きつけられる直前に、意識は暗転した。

       *  *  *  *  *

    はっと目を開けると、白い天井が視界に広がった。
    何度か世話になった医務室のベッドからの景色だ。
    なんだか全身が痛いしだるくて、起き上がれなかった。
    「! ガスト、気がついたのか」
    扉が開いた音と、驚いた声のする方向にかろうじて目線だけ送ると、マリオンとレンがいた。
    「……マリ、オン?」
    「……、はあ。レン、様子を見ていろ。ボクはノヴァと医療班を呼んでくる」
    「分かった」
    「……レ、ン。なにが……」
    入ってきて早々出て行ったマリオンを見送って近づいてきたレンに問いかけると、レンは俺をじっと見て深いため息をついた。
    安堵のため息のように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
    「……詳しいことは、医療班や博士が説明するだろうが……。端的に言うと、お前は死にかけてた」
    「死……っ」
    驚きの勢いで飛び起きようとした体は、瞬時に走った激痛で再びベッドに沈んだ。
    何が起こったのかさっぱりだが、どうも大けがをして死にかけていたということに変わりはないらしい。
    そんな危険なことをした覚えは……あ。
    「……研究部フロアの、渡り廊下から、飛び降りたんだった……」
    「は?」
    「ガストくん!」
    レンの馬鹿を見る目と、ノヴァ博士が駆け込んできたのは同時だった。

       *  *  *  *  *

    ノヴァ博士や医療班からの説明と事情聴取によって得た情報曰く、俺は渡り廊下から飛び降りたからではなく、普通にオフで出かけている時にイクリプスと遭遇、交戦して重傷を負ったらしかった。
    「うーん……その廊下から飛び降りたとか、直前に元の姿のヴィクに会ったとか……おれたちは知らないから多分夢なんじゃないかな。で、多分その悪い予感は当たってたと思う」
    「つまり……ほいほいラボに入ったりあれに捕まってたら……」
    「死んでたかもね」
    思わずひぇ……と息を呑んだが、仕方ないだろう。
    バイタルに問題がないと分かった途端、ノヴァ博士はいつもの調子に戻って淡々と説明するものだから、少し恐ろしい。
    「でも本当に、生死の境を彷徨っていたのは事実だよ。戻ってこられたのが奇跡と言っていいレベルだ。その夢、映画とかでよくある死神のお迎え的なものなんじゃないかな」
    「ええ……科学者がオカルト系を言うのかよ……」
    「おれはオバケ信じる系科学者なので。ヴィクは信じてない……というか、信じたい気持ちはあるけど確証がないものを信じるのはナンセンスってスタンスかな」
    「ふうん……あっ、ドクターは……」
    とりあえず、ラボにいたのが夢であれはドクターじゃないらしい、ということは分かった。
    じゃあ、ドクターは?
    尋ねると、ノヴァ博士は柔らかく笑った。
    「気づいてなかったのかい? ずっとそこにいるよ」
    「え……」
    ノヴァ博士が指したのは俺の右半身側で、視線を動かすと小さな両手が俺の手をしっかりと握ったまま眠っていた。
    目覚めたばかりの混乱や傷の痛みで感覚が鈍くなっていて、今の今まで気づかなかったらしい。
    「びっくりしたんだよ、きみのインカムからミニヴィクがSOSを出してきたから」
    「……ああ、なんか、思い出してきた……」
    久しぶりに俺が一日オフだったし、いつも居住区の中ぐらいでしかミニドクを遊ばせてやれてないから、ミリオンパークにでも連れて行ってやろうと思ったんだ。
    公園に行こうと言ったら、ミニヴィクはいそいそと昆虫図鑑を持ってきて俺に持たせた。
    図鑑で見るだけ、部屋に飾ってある標本を見るだけでなくて本物を見たい、と言ってきたから、じゃあ昆虫採集にしようとジャックに虫かごと網を用意してもらったんだ。
    公園に連れて行ったら、見かけた蝶を追いかけて走り出してしまったから、慌てて追いかけて……。
    「ミニドクと、イクリプスが鉢合わせちまって……。それで、戦ったんだった」
    幼児を抱えながら戦うのは圧倒的に不利で、じわじわと追い詰められていった。
    そこからの記憶はあいまいだ。
    「うん。ミニヴィクがきみのインカムを使って応援要請を入れて、近くにいたヒーローが駆け付けたんだ。その時にはきみはもう気を失っていて、緊急処置を施して今は三日目だね」
    「三日も寝てたのか……」
    「ガストくん」
    不意に、ノヴァ博士が居住まいを正した。博士がこんな顔をするのは珍しい。
    あんまり動けないけど、なんとなく背筋が伸びる気がした。
    「きみはとてもひどい怪我をしていたけれど、見てのとおりミニヴィクはほぼ無傷。ちょっと膝をすりむいたぐらいだった。きみが守ってくれたおかげだよ、ありがとう」
    「え……いや」
    改まって礼を言われるとなんだかむずがゆい。
    その時のこと、あんまり鮮明に覚えていないし。
    ただ、夢中だった気はする。この子を守らなくちゃって、そればかり考えていて、自分がどれだけの怪我を負っていたかなんてわからなかった。
    「大事をとって念のためとして、だけど。昨日まできみはICUにいてね。面会も難しかったんだ。ここに移れたのは昨日の夜中で、それからずっとミニヴィクはきみにくっついてるんだよ」
    「……」
    まだあまり手の感覚はないけど、右手を小さな手がしっかり握っているのは分かる。
    「ミニヴィクなりにすごく心配してたんだと思うな。ICUにいる間も、一日中ドアの前にいたっていうし」
    「……そっか」
    言いようのない愛しさがこみあげてくる。
    同時に、俺が死なずに済んだのがこの子のおかげだということも理解した。
    「……夢でさ。ラボに入ろうとしたとき、手を何かに引っ張られたんだよ。小さな子どもが引っ張ってるみたいな感触でさ。あれ、きっとミニドクだったんだろうなあ」
    あの時、俺を引っ張っていた感覚は、この子の小さな手のひらだったんだから。
    信じてよかった。
    「お互いを守ってたんだね」
    ノヴァ博士は笑って、すぅすぅと眠るミニドクの頭を撫でた。
    俺は撫でられない代わりに、小さな手をぎこちなく握り返す。
    少し後ろで聞いていたマリオンとレンも、ほっとしたような顔をした気がした。

       *  *  *  *  *

    完治するまでの間は医務室で寝起きすることになったが、その間ミニドクはずっと俺の傍にいた。
    検査やリハビリで離れなくちゃいけないときもぎりぎりまでついてきて、近くのソファで俺が出てくるまでじっと待っている。
    曰く、「ガストはひとりになったらあぶないから」らしいが、正直そんなことを言って傍を離れないミニドクが愛しくてたまらない。
    ミニドクを久しぶりに抱っこできたのは包帯が取れた一週間後だ。
    ミニドクの体重は変わっていないらしいが重く感じたのは、多分俺の筋力が多少落ちたせいだろう。
    俺が動けるようになってくると、ミニドクもちょっとは安心したのか植物図鑑(今は植物に興味があるらしい)を持ってきて読んだりしていた。
    「ミニドク、今度は花を見に公園行くか?」
    「ガストだけはだめです。みんなといきます」
    なんてちょっと怒られた。
    ミニドクなりに、今回みたいなことが起きないように気遣ってくれてるんだろう。
    そんなこんなで、完治して医務室を追い出されたのは目が覚めてから二週間後のことだった。
    久しぶりに帰ったチームの部屋はほとんど変わっていなかった。
    ある一点、俺のベッドの上に大量の折り紙がある以外は。
    「ミニドク、何これ?」
    「おてんばロボさんといっしょにつくりました」
    ふふん、とドヤ顔をされても、どうもぐちゃぐちゃの紙屑にしか見えない。
    いくつか形のいいものがあって、それで何となく折り紙の鶴を折っていたのだと分かった。
    「レンとマリオンもいっしょにつくりましたよ」
    「……日本にはお見舞いに千羽鶴を送る風習があると教えたら、作ると言って聞かなかったんだ。お前がICUにいた期間で三百ぐらい作ってた」
    一緒にいたレンが説明してくれて、ミニドクはうんうんと頷いている。
    「ガストも、つくってください」
    「え、これ俺のために作ってくれたんじゃないの?」
    「せんじゃないから、まだかんせいしてないんです」
    「あと七百? 俺が俺のために?」
    「言っておくが……作るのを拒否すると泣くぞ」
    「えっ」
    「マリオンも、泣かれたから渋々手伝っていた」
    たとえ元がドクターでも、マリオンも幼児の涙には弱いらしい。
    抱っこしているミニドクをそっと見ると、レンの言うとおりなんだかうるうるしている気がする。
    ミニドクは大声で泣くタイプではないが、声を押し殺してぎゅっと我慢するタイプなので、それはそれでとても罪悪感で胸がいっぱいになる。
    「わ、分かった分かった、作るから泣くな、な?」
    宥めると、途端に嬉しそうな顔をする。これだから、ついわがままも許してしまうんだ。
    それからはミニドクが飽きるまで折り鶴を一緒に折って、合間にジャックが作ってくれた晩御飯を四人で食べた。
    家族みたいだと思わず口にだすとマリオンもレンも渋い顔をしたが、ミニドクはどことなく嬉しそうだった。
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