明日何食べる?2日目
リドルは頭を抱えていた。以前とは見違える程綺麗になったオンボロ寮の客室のベッドの上で。リドルが頭を抱える程の難問。それは、
明日の夕食の献立である。
今日から療養という名目でオンボロ寮にお世話になる事になったリドルは、監督生から「明日の晩ごはん食べたいもの考えといてくださいね〜」とゆるっと言われた。
そうは言われたものの何も思いつかない。そもそも自分で食事の献立を考えるのは初めてではないだろうか、と考えながら気づいた。実家では母が朝食から夕食、間食に至るまで毎日の献立を摂取カロリーと必要な栄養素で考え、食べる量すらグラム単位で決められていた。食べたいものをリクエストをする機会なんてなかった_したとしても全て却下されるというのが正しいが_ので、自分で献立を決めるなんてしたことがなかった。学園で過ごすようになってからも自分で献立を決める機会はなかった。食堂にはあらかじめ決められたメニューが並んでいて、そこからいつもカロリーや栄養素をふまえて選んでいた。ハーツラビュルの何でもない日のパーティーでも、副寮長であるトレイを筆頭に担当の寮生達が何を出すかが考えられ、ハートの女王の法律に抵触していないか、品目が被ったりしていないかなどの最終確認をするくらいだった。普段もトレイが今日のおやつだぞと出されたものを食べていたのだ。なのでこれまでなんとも思っていなかったが、いざリドル一人で何もない状態から「何が食べたいか」を考えるとさっぱり何も浮かんでこない。何ということだ。本当に何も浮かんでこない。1から10生み出すよりも0から1生み出す方が苦労するとはよく言ったものだ。
ちなみに就寝前にオンボロ寮の親分であるグリムからは、
「何でもいいっていうと子分は不機嫌になるからちゃんと考えるんだゾ。この前エースはそれで『何でもいいが1番困るんだよね〜』って笑顔でその辺の草出されてたんだゾ」
と、ありがたいお言葉を頂いた。「食事における何でもいいは禁句」とオンボロ寮の新たなルールを頭に入れた。入れたとてその代わりに明日の献立が出てくるわけでもない。どうしたものだろうか。リドルは頭を悩ませた。
いちごタルト…はあくまでもおやつに該当するものだ。夕食ではない。却下。ミートパイ?確かこの前トレイがパイはパイ生地の加減が難しくてちょっとしたコツが必要なんだと笑いながら話していたな。パイは薔薇の王国ではメジャーなものだけれど監督生は薔薇の王国の人間ではない。あの子にとっては難易度が高く負担になる可能性がある。却下。
…そもそも夕食に該当するメニューとは何なんだ?例えばサンドイッチなどは朝食や昼食、軽食として食べるもので夕食には該当しないのでは?それにボクは今日突然押しかけてきたようなものだ。居候と言っても差し支えないこのボクが食事のリクエストだなんて、あまりにも不躾なのではないだろうか。ひょっとすると重大なマナー違反になるのでは?でもここで夕食のリクエストを辞退するのは監督生の心遣いを無下にする事になるだろうし…
思いついては却下し、思いついては却下し…を繰り返しているうちに気がついたら眠っていたらしい。リドルはいつも通りの時間に目が覚めた。いつもと違うのはここがハーツラビュルではなくて、学校へ向かう準備をする必要がないという事。そして一刻も早く今日の夕食のリクエストを決めなくてはならないという事だ。
「おはようございます、リドル先輩。朝ごはんは食べられそうですか?」
「おー!起きたかリドル!どーだ?新しいオンボロ寮のベッドの寝心地は!サイコーなんだゾ!」
「…おはよう。うん、ちゃんとよく眠れたよ。朝食もキミ達と同じもので問題ない。」
朝からテンションの高いグリムが椅子の上で飛び跳ねている。その後ろのキッチンから監督生が顔を出した。…なんだかむず痒い気持ちになった。
朝食の準備を手伝おうかと声をかけるともうできましたからそっち運びますねと返ってくる。明日はもう少し早く起きよう、とリドルは思った。
「やったー!ツナサンドなんだゾ!」
「グリム、行儀が悪いよ。…ありがとう、監督生。キミ一人に食事の用意をさせてしまってすまないね」
「いーえ。毎日の事なので」
昨日の「リドル先輩専用のお皿」に三角形に切られたサンドイッチが乗っている。断面からこちらをのぞいているレタスが鮮やかだ。三角形と呼ぶには少し形が歪んでいるが、見ているとやっぱり何故だかソワソワとした、こそばゆい感覚を覚える。お腹が空腹を訴えているからきっとそれだろう、とリドルは結論づけた。
その皿の横にマグカップが置かれた。
「こっちは先輩用のカップです。ハーツラビュルにあるようなオシャレでちゃんとしたティーカップと紅茶じゃなくて申し訳ないですけど…」
白くてシンプルなマグカップには、これまたシンプルにただの水がなみなみ注がれている。
「構わないよ。毎回紅茶を飲んでいるわけではないしね。」
「えっそうなんですか。てっきり先輩は常に紅茶を飲んでいるものだと」
「なんだいそのイメージは…」
「だって先輩私が見る限りではいつも紅茶飲んでますもん」
「そうかな…」
「そうですよ」
くすくす笑う監督生を横目に少し歪な三角形の頂点をかじる。さっきグリムが言っていた通り、ツナサンドだ。レタスがシャキシャキしていて、胡椒が振ってあるのか舌がピリピリする。グリムはその間にハグハグとサンドイッチを平らげて皿を持って行っていた。
「先輩、お昼は昨日のカレーでも大丈夫ですか?自分で温められます?」
「あぁ、それで大丈夫だよ。…待って、キミはボクを何だと思ってるんだい?そのくらいできるよ」
「そしたらごはんだけ炊いておきますね」
さっきから監督生はこちらをなんだかからかっているようだ。リドルはなんだか面白くなくてじろりと監督生を見る。
「いいよ、自分でできる」
ムスッと口が少しとんがっているリドルを見て、監督生はまたくすくす笑った。
「そういやよぉリドル、オメー今日の晩ごはん決めたのか?」
「うっ」
教科書を抱えて戻ってきたグリムに痛いところを突かれた。本の角で突っつかれた気分だ。あれから結局リクエストは何も決まっていない。由々しき事態だ。グリムはニンマリ笑う。
「オメーが決めねーならオレ様が決めてやるんだゾ。なんたってオレ様は美食研究会だからな!子分のメシはめちゃくちゃうめーからな!とっておきをリクエストしてやる!」
「グリムに毎回リクエストされてたらお金がいくらあっても足りないっていつも言ってるでしょ。それに胃がもたれそうからやだよ」
「にゃにおう!?子分はそんなんだからへなちょこなんだゾ!オレ様の胃袋はめちゃくちゃ頑丈だから胃もたれなんてしないもんね!」
よく朝からこうも騒げるものだ、とリドルはグリムを眺めながら今繰り広げられている会話を反芻する。確かにグリムは食堂でもこんがりと焼いたローストチキンやらバターとチーズのたっぷり入ったトロトロのスプライングルエッグやら、ザクザクの大きなメンチカツが挟まったデラックスメンチカツサンドなど、味が濃くてボリュームがあって…とにかくガッツリこってりしたものを好んで食べている記憶がリドルにもある。そんな食事ばかりだと胃に優しくないのは確かだ。体にもよくない。
「ボクももう少し、さっぱりしたものが食べたいかな。」
こぼしてからハッとした。これはもしかすると「夕食のリクエスト」に該当するのではないか。いやでもあまりにも抽象的すぎないだろうか。リドルが悩む間にそれを監督生はリクエストだと認識したらしい。
「じゃあ決まりですね。今日はさっぱりしたものを作ります!」
「えぇ〜!オレ様のリクエストは!」
「それは昨日聞いたでしょ。」
「えぇ…」
いいのか、そんなざっくりしたリクエストで。リドルは拍子抜けした。
一人と一匹が学校へ登校し、リドルはオンボロ寮に一人になった。先程までの賑やかさが嘘のようだ。完全に手持ち無沙汰だった。何をしようか、と腕を組んで考える。
「…あの子達用にテスト対策のテキストでも作ろうか。」
そうだ、それがいい。リドルは名案だと言わんばかりにウンウンと一人頷いた。これなら監督生達への礼になるだろう。分からないところは自分が側についてみっちり教えてやればいい。一年生で学んだ内容は全部頭に入っているから、参考書や教科書が手元になくても問題ない。これはあくまでも彼らへのお礼であって寮の仕事ではない。それにハードな勉強でもない。ちょっとした復習の為に紙に覚えていることを書き出すだけだ。ちゃんと休んでいる事になる。何の問題もないだろう。そうと決まれば早速テキスト作り…もといお礼に取り掛からなくては。監督生達が帰るまで、時間はたっぷりある。
「…ついでにうちのトランプ兵達の分も作っておこう。」
きっと自分が寮にいない事で気が緩んでいるに違いない。それが理由で成績が下がったなんてお話にもならない。彼らにも逐一課題を与えておかなくては。「それ休んだ事になんねーし!というかオレらとんだとばっちりなんですけどぉ?!」とハートのトランプ兵がいたらツッコミが飛んできそうだがここにはリドル一人だった。止める人はいない。仮に止めようとする人がいたとしてもアクセルを踏み出したら自分が納得するまで止まらない、リドル・ローズハートはそういう男だった。
「グリム様のお帰りなんだゾ〜!」
「手洗ってね。ただいま〜」
「…おかえり」
のしのしと気分良さげに紙袋を抱えてグリムがキッチンへ入っていく。その後ろに続いて監督生も。紙袋にはミステリーショップのロゴが入っている。帰りに購買へ寄ったらしい。
「先輩、特に何もなかったですか?ごはんもちゃんと食べました?」
「うん、ちゃんと食べたし何事もなかったよ。皆授業を受けているのだから何もなくて当たり前だけどね」
「じゃあ今日はレオナ先輩は昼寝に来てないんですね。リドル先輩がいるから流石に遠慮したんですかねぇ」
「待て待て待て待て。今何とお言いだい」
監督生は時々何でもないような顔でサラッととんでもない事を言う。
「あのレオナ・キングスカラーが?授業中であるにも関わらず?他寮に入り込んで??堂々と昼寝?!いったいどういう神経をしているんだあの人は?!」
「オンボロ寮がオンボロの時からわりといますよあの人」
「なんだって!?!?!?」
リドルの怒りのバロメーターが一気に跳ね上がる。色んな事があったとしても、リドルの沸点は変わらず低いままだ。
「まーまー、落ち着いてくださいよ。だいだいその後わりとすぐラギー先輩がすっ飛んできて引きずって連れて行くんで」
「落ち着ける要素がないんだけど?!」
ウギギギ…!と唸るリドルを監督生は慣れた様子でまーまーと流す。紙袋から買ったものを取り出しながら。リドルをそこそこ知る人がこの光景を見ればきっと恐れ慄くのだろうが、監督生からすればそれよりもっと恐ろしいものを見てきているのでこのくらいなんてことはない。監督生は変な所で肝が据わっている。猛獣使いの名は伊達ではないのだ。
そんな事よりも、と監督生は話題を変えた。
「先輩、これからリクエストどおり晩ごはんを作りますからね。リドル先輩もちょっとだけお手伝いお願いします。」
「リクエスト…」
…そういえばそうだった。もう少し監督生を問い詰めたかったが今監督生に詰め寄っても意味がなさそうだ。仕方がない。次にレオナ先輩に会ったら問答無用で首をはねよう、躾のなっていない猫には首輪をつけておくべきだ、とリドルは諸悪の根源の首をはねることを決意して息を吐いた。一旦怒りを収めることにした。それから魔法の使用許可が出たらオンボロ寮に厳重に施錠魔法をかけることも今後のやる事リストに付け加えておいた。
「オレ様は宿題してくるんだゾ。子分とあとリドルも!あとでオレ様の手伝えよ」
「はいはい。先輩、それでいいですか?」
「…仕方ないね。何をすればいいの?」
「昨日と同じくご飯を炊いてほしいです。3合でお願いします」
「わかったよ」
監督生は紙袋から取り出し、棚から調理器具も出していく。大根、薄切り肉、ピーマン、ツナ缶…グリムが気分良さげだったのはこれか、とリドルは納得する。監督生は手際よく大根の皮をピーラーで剥き、スライサーで薄切りにし始めた。まんまるく薄くスライスされた大根がどんどんボウルに積み重なっていく。紙の束みたいだなとリドルは思った。思っているうちにリドルの作業はあっという間に終わってしまった。
「…終わったよ。ボクがそれ、代わりにするよ」
「駄目です。スライサーって油断すると大怪我するので」
「ボクが油断するとでも言うのかい?」
「慣れてない人はもっと怪我しやすいので駄目です。先輩スライサー触ったことないでしょう」
「う」
「そもそも先輩は一応病人なので駄目です」
「うぎ…」
間髪入れずにお断りされリドルはちょっとへこんだ。何もそこまで言わなくても。
そうしているうちに大根は皆ペラペラでまん丸の薄切りになった。フライパンに大根を敷き詰め、敷き詰めきれない分もその上に積んでいく。その上にさらに薄切り肉を被せていった。大根はすっぽり肉に覆われて見えなくなってしまった。その上からボトルに入った液体を一回し。塩を少々。水も少々。火にかけてフライパンに蓋をした。これで終わりらしい。
「今何をかけたの?」
「料理酒ですね」
「そういえばマスターシェフでも使ったな…たしか肉の臭みを消したり、柔らかくするために使うんだろう?」
「へーそうなんですか?初めて知りました」
「…キミ、今何のためにそれを使ったんだい…」
呆れた様子のリドル。監督生は料理酒の入ったボトルをしばらく眺めた後…リドルを見て肩をすくめてみせた。なんとなく、ということらしい。監督生はかなり大雑把だった。リドルはちょっと監督生が心配になった。本当によくここまで生きてこれたものである。
「今度のは先輩でもできますよ。ピーマンをちぎってください」
「ちぎる…?」
監督生はピーマンを一つ取り出すと、ヘタの部分を親指で押し込んでみせた。そのまま中に指を突っ込んで開くと、裂け目からピーマンが真っ二つに裂けて中身が見えた。リドルはおお…と思わず感嘆の声が漏れた。
「中の種とかワタもまぁ食べられますけど…今日作るのとは合わないので全部取っちゃってください。あとは一口サイズくらいにこう、ちぎってください。」
種とワタはあっという間に取り除かれ、ブチブチと容赦なくちぎられ、ピーマンの原型はあっという間になくなってしまった。
「…監督生」
「はい?」
リドルはちぎられたピーマンを神妙な顔で見つめていた。
「一口サイズっていうのは具体的に底辺と高さそれぞれ何cmなんだい?」
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
そういやそういう人だったなと監督生は改めて思った。ざっくり、とか適当に、って言っても通じないだろうなこの人。そういう人だ。
監督生はしばらく考えたのち、今しがたちぎったピーマンの破片の中から一つを適当選び取った。選ばれしピーマンの破片である。
「……っと…これと同じサイズでお願いします。数ミリ程度なら誤差です。」
「これだね?…うん、わかった」
リドルは素直にそれを受け入れた。よし、なんとかなった。監督生は心の中で小さくガッツポーズをした。リドルはピーマンを手に取った。先の監督生の動きを思い出し、ピーマンを真っ二つに割る。それから監督生から掲示されたピーマンと同じサイズになるように、慎重に慎重にピーマンをちぎっていった。
「失敗した、って思っても捨てないでくださいね。もったいないので」
「…わかった」
リドルがピーマンと対峙している間に監督生はツナ缶をパキャッと開封した。手早く油を切りボウルへ。そこに調味料をさくさく混ぜ込んでいく。
「……………………………………」
リドルは未だにピーマンを慎重にちぎっている。監督生の渡したピーマンの破片と見比べながらそれはもう丁寧にちぎっている。監督生はリドルの作業が完遂するまでのんびり待つ事にした。ピーマンの数はそんなに多くない。片手で数えられる程度だ。別に急ぎでもないし、生憎待つのには慣れている。監督生は気長だった。
一方でフライパンの火を止め、蓋をほんの少し開けて中をのぞく。肉にもう火は通っているだろうが、念の為そのまま余熱で置いておく事にした。その横に水を入れた手持ち鍋を置いて火にかける。サムさんに頼んで入荷してもらったダシをふりかけ、沸くまでのんびり待つ。その間に卵を溶いておこうと冷蔵庫を開けた。
「…監督生、その」
「はぁい。ピーマンできましたか?」
「全部終わったけど、その、大きさが不揃いになってしまって」
おずおずリドルが差し出したボウルをのぞき込む。言われた通り誤差の範囲から外れたものも捨てずにちゃんと置いてある。
「バッチリです。ありがとうございます」
「でも、大きさはかなり不揃いで」
「大丈夫です。ちゃんと混ぜたら味染みるので」
不安そうなリドルから笑顔でボウルを受け取った。調味料と合わせておいたツナの入ったボウルにそのままピーマンを入れてまた混ぜる。ラップをかけて電子レンジ(オルトいわく正確には最新型魔導電子加熱装置らしい)に突っ込んだ。タイマーを2分セットしてスイッチオン。あとは鍋だけだ。
ぽこぽこと沸いてきた所にミソを溶かし入れて火を弱め、ささっと溶いておいた卵を流し込む。
「よし、大体できました!お皿用意してください」
リドル専用の皿に、透き通った大根と肉の小山が綺麗に盛り付けられている。その脇にリドルが不揃いだと気にしていたピーマンも添えられている。ご飯と汁物が入った椀も側に置かれている。監督生とグリムの前にも同じものがそれぞれ置いてある。極東の国特有の料理配置によく似ている、とリドルは思った。
「なんというか、見たことない料理だね。何ていう料理なんだい?」
「豚バラと大根の蒸したやつ…と無限ピーマンですね。あと卵のおみそ汁」
「むげん…?なんだって?」
「私がつけたわけじゃないし、私に聞かないでくださいよぉ」
「もうオレ様腹減ってガマンできねぇ!いっただっきまーす!なんだゾ!」
バクッと頬張るグリムに続いて監督生も「いただきます」と食べ始めた。リドルもそれに倣って食事に手をつけた。
「ふな〜!この大根と肉のやつ、大根に肉のうまみと塩っけがジュワ〜ってしみててうまいんだゾ!でも味がちょっと薄いんだゾ」
「そりゃあ味つけって言ったら塩振っただけだからね。味変でポン酢つけていいよ」
「ふなっ!?これすっぺーんだぞ!でもこれはこれでさっぱりしたお味!」
「このツナ缶とピーマンもうまいんだゾ〜!しんなりしたピーマンにツナ缶のうまみがじわ〜ってしててぇ…でもまだちょっとパリパリ歯ごたえもあって〜…ごはんに合うんだゾ!ミソシルも卵がふわふわでほかほかでホッとするお味なんだゾ〜…」
「相変わらずよくそんな食レポできるねぇ」
「…でも本当だね、おいしい」
リドルは不揃いなピーマンが心配だった。見本通りの大きさにできなかったから。監督生の言う通りちゃんとどの大きさのものも味が染みている。あれだけでこんな味になるのか、と感心した。白い紙の束だった大根はうっすらと透き通っている。ミソシル、と言っていたスープには雲のような卵がふわふわ浮かんでいる。
「改めて思うけど、料理って不思議だね。一つひとつの食べ物がこんな風に見たこともない色んな姿形に変わるんだもの。魔法みたいだ。」
トレイがケーキやタルト、お菓子を作っているのを見ている時も、リドルはそう思う。そこには魔法なんて一つも使っていないのに、魔法にかけられたように姿形も匂いも、何もかもを変えていく。食べていてこんなに暖かくて、ふわふわとした満たされた気持ちになる。食事とは本来必要な栄養素とエネルギーを補給する為の行為なのに、こうして魔法のような手を加えなければ食べたいと思わない。不思議だな、とリドルは思うのだ。
「そういえば、今日の料理には包丁は使っていなかったね。ほとんど調理器具を使っていないのにこんなにおいしいものができるんだね。」
「使うものによりますけどねぇ」
「昨日のカレーもおいしかったけど、ボクはこっちの方がおいしい気がするよ。ふふ、どっちもキミが作ったのにね」
そんなリドルを見て監督生はきょとんとしている。
「?だってそれはそうでしょう?」
「え?」
何をおかしな事を言っているのか、というような風に監督生は続けた。
「昨日のグリムとエースやデュース達の為に作った料理と、今日のリドル先輩の為に作った料理が同じな訳ないじゃないですか」
「へ」
「リドル先輩の為に作ったんだから、そりゃ昨日のよりおいしいに決まってますよ」
…監督生は時々何でもないような顔でサラッととんでもない事を言う。
リドルはフリーズした。そんなフリーズしたリドルの皿からグリムがにゃははと笑いながらツナを掠め取っていく。ので食後の勉強でグリムはリドルお手製のテスト対策テキストを追加で3枚する羽目になった。