哥欲神と黄金
King Midas and His Golden Touch
―彼が娘に触れると、娘は黄金になった。
―彼が川に触れると、その川砂は砂金になった。
ギリシア神話より
哥欲村と水銀
①物語のはじまり
まだ哥欲村が神の住む地であった頃より、山奥の泉には砂金が輝いていた。
そこへ朝廷を追われたとある貴人が迷い込み、神と交わり、やがてその地は村となった。
村人達は泉より水路を引いて砂金を流し、骨灰を用いて僅かばかりの金を得た。
遺骨の一部から精製されたその金には神の魂が宿るとされ、村人達は年に一度、魂を神の元へ還す儀式を行った。
やがて儀式が複雑化し村人達が独自の信仰形態を築いた頃、都よりの使者があった。
当時権力争いの渦中にあった羽嶋家の使いである。
彼らは皇族の子孫である村人達と再び手を結び、彼らを密かに取り立て呪術師として使役した。
そして村の金脈に目をつけると、より効率的な冶金術を彼らへ授けたのである。
アマルガム法、水銀による汚染と引き換えにより多くの金を得る方法である。
村は羽嶋家との繋がりにより、急速に豊かになっていった。
この頃より、村人達の信仰は徐々に形を変えていく事となる。
村人達は金鉱を開発し、砂金流しの跡地には辰砂(水銀)で見事な朱色に染め上げた鳥居を建立し、神のために設えた清めの井戸を祀った。
アマルガム法による冶金では、加熱によって気化した水銀が人々の肺から脳へと至り、また村の土壌を汚染した。
やがて村から畜産が絶え、地下茎から汚れを吸い上げた青苺が黄花へと変化し、人々は聞こえないはずの歌を聞く事となる。
②新町改革計画
莫大な財を築いた村人達は羽嶋家の手を離れ日本国内へ打って出たが、「新街改革計画」は数々の不幸に見舞われ頓挫する事となる。
・新街改革病棟
水銀中毒の重篤な症状に、神経障害がある。
それはカルテの中で村人達が苦しめられていた幻聴・幻覚の症状と一致する。
(村外の出身者であり冶金にも関わっていなかったと見られる羽山鳥・弥生にそれらの症状の記載は無い。)
ウタノがロッカールームで見つけた新聞記事には、村の出身者であろう「従業員及び関係者の不審死」が報じられていたが、その真相は新街改革ホテル601号室で明かされる。
・新街改革ホテル
601号室のテレビには、元従業員と思しき男性の独白が残されていた。
彼は「他の従業員がホテルの地下へ連れて行かれて戻ってこない」事と「地下の広さが建設予定図と一致しない」事を伝え、最後には正気を無くしてしまう。
これは「精神に異常を来した者が地下へ連れて行かれる」事と「ホテルに地下通路がある」事を示している。
つまりこの独白は、「水銀中毒の症状が出た患者がホテルの地下から密かに新街改革病棟へ移送された」と言っているのだ。
・新街改革工場
病棟カルテ・ホテル601号室の2つの情報から、「新街改革計画中に村人達に水銀曝露による中毒症状が出始め、その原因たる工場が閉鎖され、最後に病棟を閉院する事で水銀汚染の事実を隠蔽した」という推理ができる。
これは妹のノートにある小資料の時系列とも一致する。
新町改革計工場が何を生産していたかについての明確な記載は無い。
それはそこに真実が隠されているという明確な問いだ。
人体模型、金、アスベスト。
工場の生産ラインが一つであったとは限らない。
・佐藤総合病院
水銀による汚染を経て村人達が行き着く先は「異常子保管室」である。
所狭しと並ぶ新生児用ベッドに記された彼らの名前は、その影響の深刻さを物語っている。
佐藤総合病院の閉院理由は「アスベストによる患者の大量死」とされているが、表向きの理由がそれならば、それを公にしてまで隠し通したかった真実が他にあるという事だ。
その真実とは「哥欲村に端を発した周辺地域の水銀汚染」である。
産婦人科をはじめとする佐藤総合病院の診療分野は医療貢献を口実にした症例研究であり、施設柄患者を隔離し内々に処理する事が可能であった。
水銀に関する真実は日本に帰化した元村人達にとってだけでなく、村と繋がりのあった羽嶋家にとっても絶対に知られてはいけない真実だったのだ。
故に、この真実はどこからも漏れず、隠蔽されるに至ったのである。
かつて新街改革ホテルに「不運の事故」が起こったように、佐藤総合病院もまたその歴史を閉じた。
その中で犠牲となった人々への考察は尽きないが、今回は哥欲村が水銀に汚染された当時の、第五号室の少女の話をしようと思う。
③謎のテープ「ヌシラタミ」
「哥欲村の主な資金源は金である」という仮説は、映像資料「ヌシラタミ」の地形が砂金流しの跡地に見えた事から思いついたものである。
この仮説は根拠に乏しく真偽を確かめる術も無いが、そう考えると色々なものが見えてきた。
「ヌシラタミ」では鬱蒼とした木々が撮影者の侵入を拒むかのように茂り、一瞬映されたダムの防波堤がここが哥欲村へと続く山道である事を教えてくれている。(妹のノート/「村はダムに沈んだという噂」)
撮影者がが再び森へと向き直り木に括り付けられた御札を捉えた時、映像にノイズが走り「第五号室」へ切り替わる。
まるで電波ジャックのように唐突なそれは、恐らく撮影者が結界に踏み込んだ事で呪術が発動した際のものである。
彼が新街改革計画の裏側を探っていた新聞記者であったのかは定かでは無いが、かなり深い所まで迫っていた人物であった事は確かだ。
撮影者の安否は不明だが、真実に触れた以上決して無事では済まなかっただろう。
彼の執念は「第五号室」に残っていた少女の呪いの力を借りて、テープ「ヌシラタミ」を真実を探る者達の元へ届けた。
テープを受け取ったのは、新街改革ホテルの怪奇現象の研究に生涯を捧げようとした3名の研究員であった。
彼らは研究所に届いた謎のテープを受取り、あるいはホテル探索中に不意に現れたそのテープを再生し、真実の一端を垣間見た。
朽ち果てた「第五号室」の中で笑う少女は、未だ自身が生贄となった1934年(1934第5回)に囚われながら、哥欲村の罪を現代に届けたのだ。
彼女は、自分達を生贄として殺めた村人達の不幸を笑っている。
彼らが水を汚し、その罪が子孫に及び、やがて世界中に広まっていく事を、彼女は知っているのだ。
彼女の願いは撮影者や研究員達を通じてウタノへと託さた。
神の血を引く彼女ならば、やがてかつての少女達の元へと辿り着き、あるいは次の世代へ罪を伝える事となるだろう。
④紀藤静音
「真実ヲ教エテヤルカラ
コッチニ来イヨ」
中島博に捕らえられ水銀を投与されたウタノは翌年にシズネとナナを出産し、院内の水は彼女の「祟り」によって汚染された。
佐藤総合病院は水銀汚染を隠滅するために院内の水洗施設を封鎖し、「アスベストによる患者の大量死」として片付けた。
ウタノは祟としての役割を終えて死に、神の血を色濃く受け継いだために隻眼で生まれたシズネは神として選ばれ、ナナは一族の女児として生贄となった。
多くの人々が急性曝露に苦しむ中、シズネはある一人の女性を母とし、祟から救った。
"清くなれ"と。
これはかつてイエス・キリストが神の力をもって病気を治癒し、その事を口止めした時の言葉である。(マルコ1・41)
シズネの母となった女性は、その時の出来事を「物語」として娘へ伝えた。
『人々が水に飢えていたとき
とつぜんと恵みの雨が降ってきた。
それと同時にあなたは舞い降りた。
美しい髪の毛
あなたは雨の天使なの。
あなたは私の天使なの。』
(天使のようなあなた/一部抜粋)
この物語はシズネが人々を癒す神=哥欲神である事を表し、水銀濃度が体内の300倍にも及ぶ「美しい髪の毛」こそが神の証であると伝えているのだ。(メチル水銀は血中のアミノ酸と結合し毛髪に蓄積されるため)
シズネは何も知らない。
だが幼い頃に移植された左目だけが真実を知っている。
⑤祟の行く末
水辺・水銀を表す「水色の玉」、遺灰・辰砂を表す「赤色の玉」、そして金の屏風の裏側にあった「黄色の玉」。
これらは新街改革計画最後の関連施設である「新 神社」の最奥に到達するために必要な3つの鍵である。
玉は哥欲村の持つ黒い歴史そのものであり、その先に待つ2つの箱はそれによって得られる未来を表している。
左右の本棚に並べられた神の力による恩恵の数々は、だが箱の中の真実が明るみに出れば途端に消え失せてしまうものだ。
村人の末裔であり神の血を引くシズネがそこへ辿り着きその手で未来を選び取る道程は、まさに「哥欲祟」という演目の終焉に相応しい演出と言えるだろう。
哥欲祟2のトゥルーエンドでは新 神社が火事になり、その後新街改革計画関連施設の眠る「地元周辺の山が1山燃えた」。
これにより建設物に隠されていた青い悪魔(青石綿)が飛散し、黄花の群生する土壌から揮発した水銀が大気を覆い、全ての場所に降り注いだ。
火事の捜査に関わった警察が「謎の死」を遂げたとされているのは、その「謎」の答えこそが物語の「真実」という事なのだろう。
彼らの死因が中毒症状によるものだとは断定出来ない。
だが、全てが科学的に説明できるものでも無い。
新街改革計画時代の亡霊の暗躍も、一つの真実である。
いずれにせよ、時は満ち、火は放たれたのだ。
「哥欲祟」はこれからも続いていくのである。
『拡散シテ
哥欲教ヲ蘇セヨウ
全テノ場所、哥欲村トナレ』
(哥欲祟2/BADエンドの一つより)
⑥黄花
万物之魂 之ニ集中 黄花魂成 答ヲ提示 (新 神社絵巻より)
この詩を「魂」=「答」と読み解き、黄花が向日葵や菜の花のように高濃度の汚染物質を蓄積する超集積植物であると考えた。
地下茎からメチル水銀を取り込んだ黄花が少女の喉に神の「魂」を宿らせるのだ、と。
黄花はその形態や生息地の分布状況から、青苺の亜種もしくは近縁種であると考えられる。
人類の発展は時に自然界に多大な影響を及ぼし、動植物に急速な進化を促す事がある。
汚染適応もしくは人為選択圧によって青苺が独自に進化したものが黄花なのでは無いだろうか。
近代まで外界と隔絶されていた哥欲村の激動の数十年は、およそ千年を圧縮したような劇的な変化でもって青苺を黄花へと変質させた。
新街改革計画から時代は移り、村人達が世代を重ね当時の何もかもが忘れ去られた中で、神となった少女の意思だけが昔と同じ姿で佇んでいる。
白い喉の奥に神を宿した少女は、哥欲教を広めるという呪を刻み込まれた人形である。
水銀の赤で染められた鳥居を潜った池の畔で、ただ可憐な花を咲かせるのみである。
あとがき
哥欲祟2で「弥生事件」関連の資料を発見してから約ニ年半、ようやく一から考察をし直し、形にする事ができました。
まだまだ考察の余地はありますが、少しは真実に近づけたのでは無いかと思います。
今回再々考察をするに当たって、水銀について改めて勉強しました。
考察を目的に調べる事には抵抗がありましたが(哥欲祟ってこんなのばっかり!)、何がきっかけであれ学ぶことは大切だと思います。
考察の中では水銀の恐ろしい面にばかり触れましたが、全ての水銀が必ずしも人体に悪影響を及ぼすわけではありません。
キャプションに環境省が公開している水銀に関するページのurlを記載しましたので、気になった方は読んでみるのも良いかもしれません。
私達の世界では、奇しくも哥欲祟2が発表された2013年に水銀に関する水俣条約が採択されました。
哥欲祟の世界では、神となったシズネ(哥欲祟2/特典)によって「祟り」は鎮められたのでしょうか。
私達があのマップの外の世界を窺い知る事は出来ませんが、案外それが私達の暮らす現実世界というオチなのかもしれません。